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アッシャー症候群
柳 靖雄

監修医師
柳 靖雄(医師)

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東京大学医学部卒業。その後、東京大学大学院修了、東京大学医学部眼科学教室講師、デューク・シンガポール国立大学医学部准教授、旭川医科大学眼科学教室教授を務める。現在は横浜市立大学視覚再生外科学教室客員教授、東京都葛飾区に位置する「お花茶屋眼科」院長、「DeepEyeVision株式会社」取締役。医学博士、日本眼科学会専門医。

アッシャー症候群の概要

アッシャー症候群とは、遺伝子の異常によって、難聴に加えて網膜の異常を伴う疾患です。

アッシャー症候群は、症状の程度によって「タイプ1」「タイプ2」「タイプ3」に分けられます。いずれのタイプも生まれつき難聴があることが多く、程度は患者さんによってさまざまです。網膜の異常は学童期頃からみられ、徐々に進行します。

アッシャー症候群では、難聴に加え網膜色素変性症という疾患を合併します。網膜色素変性症を発症すると、暗いところでの見え方や視野の広さ、眼球中心の色覚や視力を調整する「視細胞」が障害されます。その結果、視野が狭くなったり光を感じなくなったりして、徐々に視力が低下します。

アッシャー症候群では、聴覚と視覚が損なわれるため、他者とのコミュニケーションが障害されるなど、日常生活に大きな支障を伴います。

現在のところ、アッシャー症候群に対する有効な治療法はありません。そのため、発症を認める場合には、視力や聴力を補うための治療が行われます。

アッシャー症候群

アッシャー症候群の原因

アッシャー症候群は、遺伝子の異常によって発症することが分かっています。

遺伝子は体を構成する設計図のようなもので、「染色体」という細胞の中に多数存在しています。染色体は、両親から1本ずつ受け継ぎ、2本一対で合計46本の「常染色体」と、性別を決定する「性染色体」に分けられます。

アッシャー症候群では、多数存在する遺伝子のうち10個(ADGRV1(GPR98)、CDH23、CLRN1、USH1G、USH1C、USH2A、HARS1、MYO7A、PCDH15、WHRN(DFNB31))に異常があることが分かっています。

遺伝形式は「常染色体劣性遺伝」で、両親はアッシャー症候群でないにも関わらず、子どもやその兄弟に発症することがあります。

アッシャー症候群の前兆や初期症状について

アッシャー症候群では、タイプによって症状が異なります。タイプ別の症状は以下の通りです。

タイプ1

生後間もない頃から高度の難聴があり、体のバランスを司る「前庭機能」に異常を伴うケースが多くみられます。目の症状は10歳前後からみられ、多くの場合暗いところでものが見えにくい「夜盲」から始まります。

タイプ2

生後すぐから高音が聞き取りにくい「高音難聴」がみられます。タイプ1と異なり前庭機能は正常であることが多く、目の症状は思春期以降にみられ始めます。

タイプ3

聴力が徐々に低下する進行性の難聴を認めます。目の症状や前庭機能は患者さんによってさまざまです。

アッシャー症候群の検査・診断

生後すぐに行われる「新生児聴覚スクリーニング検査」で異常が確認されたり、成長に伴って視力や聴力の低下を認めたりする場合には、原因や病態を詳しく調べるための精密検査が行われます。

精密検査では、網膜を含む目の奥の状態を観察する「眼底検査」や、造影剤を用いて眼底部の状態をさらに詳しく調べる「蛍光眼底造影検査」、近赤外線を用いて網膜の断層像を観察する「光干渉断層計(OCT)」、異なる高さの純音を使い、患者さんが聞き取れる最も小さな音を測定する「純音聴力検査」などが行われます。

確定診断のためには、原因となる遺伝子を同定するため、血液を採取して行う「遺伝学的検査」が必要です。

アッシャー症候群の治療

現在のところ、アッシャー症候群を根治させるための治療法は確立されていません。そのため、発症を認める場合には、症状の程度に応じて聴力や視力を補うための治療法が考慮されます。

難聴に対する治療

聴力の程度に応じて、人工内耳や補聴器を用いた治療が行われます。

タイプ1など、生まれつき高度の難聴を認める場合には、補聴器だけでは十分に聴力を補うことができないため、早期から人工内耳による治療法が考慮されます。
しかし、いずれのタイプでも、徐々に視力低下が進行していくことを想定し、早期に人工内耳を使用することで生活の質を保つことにつながると考えられています。

人工内耳は人工臓器の一種で、外科的手術によって聴力を補う器具を耳の内部に埋め込み聴力を補う治療法です。
耳掛け式の補聴器に似た「体外式」のほか、耳にかけず、マイク部分を頭部に装着するものがあります。

補聴器は、聞こえが悪くなった時に音を明確に聞き取るために用いる医療機器です。機能や形はさまざまで、軽度の難聴を補うものから、ほとんど聞こえない高度難聴に対するものもあります。そのため、患者さんの聴力の程度によって適切なものを選択する必要があります。

網膜色素変性症に対する治療

現状では、網膜色素変性症に対する有効な治療法も確立されていません。

対症療法として、βカロテンの一種である「ヘレニエン製剤」やビタミンA、循環改善薬の内服療法のほか、遮光眼鏡の装用などが行われています。

アメリカではビタミンAの内服により網膜色素変性症の進行を遅らせたとされる報告があるものの、全ての症例に当てはまるわけではなく、効果は限定的と考えられています。また、過剰摂取によって副作用のリスクもあることから、内服は慎重に判断する必要があります。

循環改善薬に関しても網膜色素変性症の治療に用いられることがありますが、明確な効果は確立されていません。

一方、遮光眼鏡は急に暗くなった際に生じる「暗順応障害」を和らげる効果が期待できるほか、眩しさを軽減させたり、コントラストを鮮明にしたりする効果も期待できます。

このほか、「拡大読書器」を用いて読み書きをしたり、音声ソフトを用いてメールの送受信やインターネット閲覧をしたりする方法があります。

網膜色素変性症には有効な治療法が確立されていない一方、進行がやや遅い傾向にあります。そのため、将来予測される視力の低下を見越して早期から視力を補うための対策を講じることが有効です。

アッシャー症候群になりやすい人・予防の方法

アッシャー症候群は遺伝子の異常によって生まれつき発症するため、予防することは困難です。

生後間もなく視力や聴力の異常を指摘された場合には、その後の対応について主治医の指示に従うことが重要です。


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