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監修医師:
林 良典(医師)
目次 -INDEX-
呼吸器感染症の概要
呼吸器感染症は、呼吸器系を構成する器官(鼻腔、咽頭、気管、気管支、肺など)が、病原微生物(細菌、ウイルス、真菌など)によって感染されることにより引き起こされる疾患の総称です。
これらの感染症は風邪やインフルエンザのように軽度なものから、肺炎や慢性閉塞性肺疾患(COPD)の急性増悪など、重篤な疾患まで幅広い症状を呈します。
感染のメカニズムは、病原体が気道や肺に侵入し、免疫系が反応することで炎症が生じることです。この炎症反応により、気道の閉塞や痰の産生、発熱、呼吸困難などの症状が引き起こされます。呼吸器感染症は季節的な変動が見られることが多く、特に冬季にはインフルエンザや風邪、夏季には喘息やアレルギー性の症状が悪化することがあります。また、高齢者や免疫力が低下した人々に感染が広がりやすい傾向があります。
呼吸器感染症の原因
呼吸器感染症を引き起こす病原体には、細菌、ウイルス、真菌などがあり、それぞれの原因を詳しく見ていきます。
細菌感染
代表的な細菌には、肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)、インフルエンザ桿菌(Haemophilus influenzae)、結核菌(Mycobacterium tuberculosis)、マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)*などがあり、これらは免疫系が弱っている場合や慢性呼吸器疾患がある場合に感染が悪化しやすいです。細菌による感染は、肺炎や気管支炎として現れることがあります。
*マイコプラズマは、生物学的には細菌に分類されますが、ほかの細菌と異なり細胞壁を持たないのが特徴です。
ウイルス感染
呼吸器感染症で最も多い原因はウイルスです。インフルエンザウイルス、ライノウイルス、アデノウイルス、RSウイルス(呼吸器合胞体ウイルス)などが代表的な病原体です。ウイルス性の呼吸器感染症は、通常は軽症の風邪(鼻水、咳、咽頭痛)として始まりますが、免疫力の低下や基礎疾患がある場合、細菌の二次感染が起こり、重篤な肺炎を引き起こすことがあります。
真菌感染
真菌による呼吸器感染症は、免疫不全の患者さんや長期間にわたって抗生物質を使用している患者さんに多く見られます。代表的な病原菌にはカンジダ(Candida)、アスペルギルス(Aspergillus)、クリプトコッカス(Cryptococcus)などがあり、免疫抑制状態にある患者さんでは、これらの真菌感染症が重症化する可能性があります。
呼吸器感染症の前兆や初期症状について
呼吸器感染症の初期症状には、咳や喉の痛み、発熱、鼻水、喉の違和感、軽い呼吸困難、痰の増加などがあります。これらの症状は、風邪やインフルエンザのような軽い感染症の兆候であることもありますが、肺炎など重症化する病気の前触れである可能性もあります。
特に、発熱が続いたり、咳が長引いたりする場合や、また呼吸困難や胸の痛み、異常な呼吸音が聞こえるといった症状が出た場合は、適切な抗生物質治療や入院が必要な可能性があるため、総合診療科や呼吸器内科などの医療機関での診察が必要です。
呼吸器感染症の検査・診断
呼吸器感染症の診断は、病歴の聴取や身体検査を基に行われます。診断確定には以下の検査が必要です。
血液検査
感染症の指標として、白血球数の増加やCRP(C反応性蛋白)の上昇が見られることがあります。これらの所見は炎症の兆候ですが、病原体の特定には限界があります。
胸部X線検査
肺炎や結核などの診断においては、胸部X線が基本的な画像検査として行われます。肺炎の場合、浸潤影(肺の白く見える部分)が確認されることがあります。
CTスキャン
より詳細な画像診断が必要な場合に検査を行います。疾患の広がりや空洞病変(結核など)や膿瘍などを評価することができます。
喀痰検査
痰を培養して、細菌、ウイルス、真菌などの病原体を特定することができます。また、培養だけでなく、PCR検査で病原体の遺伝子の特定を行うことがあります。
血液ガス分析
重症化した場合には、呼吸不全の評価として血液ガス分析が行われます。酸素分圧(PaO2)や二酸化炭素分圧(PaCO2)などが測定され、治療方針が決まります。
呼吸器感染症の治療
治療は病原体の種類や感染症の重症度、患者さんの年齢や基礎疾患に応じて異なります。主な治療法は薬物療法ですが、重症の場合は入院や手術が必要となることもあります。
薬物療法
抗生物質
細菌感染症の場合、抗生物質が処方されます。例えば、肺炎球菌やインフルエンザ桿菌による感染症にはペニシリン系やセフェム系の抗生物質が使われます。これらの薬は細菌の細胞壁合成を阻害し、細菌を死滅させます。マイコプラズマに対しては、マクロライド系やテトラサイクリン系の抗生物質が使われます。
抗ウイルス薬
ウイルス性の感染症は、基本的には抗ウイルス薬は不要で、自然治癒を待つ対応が一般的です。ただし、免疫不全の患者さんや重症の患者さんでは抗ウイルス薬を使用することがあります。例えば、インフルエンザウイルスに対してオセルタミビル(タミフル)など、コロナウイルスに対してニルマトレルビル・リトナビルやレムデシビルなどが使用されます。
咳止め薬・去痰薬
咳がひどい場合には去痰薬や咳止め薬が使われますが、ウイルス性の咳の場合は、症状を悪化させることがあるため注意が必要です。
入院
重症の呼吸器感染症には入院が必要であり、特に高齢者や免疫力が低下している患者さんには迅速な治療が求められます。重症度の判断には、例えば市中肺炎においてA-DROPスコアが使用されることがあります。A-DROPスコアは市中肺炎の重症度を分類する方法の一つで、以下の5つの危険因子に基づいて点数が加算されます。(A)年齢、(D)脱水、(R)呼吸、(O)意識、(P)血圧です。点数は1〜2点で中等症(外来または入院治療)、3点で重症(入院治療)、4〜5点で超重症(ICU入院)と分類されます。このスコアを用いて入院適応を慎重に評価します。
治療期間
軽度の風邪や気管支炎の場合、症状は1~2週間以内に改善しますが、重度の肺炎やCOPDの悪化の場合は、治療期間が数週間にわたることがあります。抗生物質や抗ウイルス薬は通常5〜10日間使用されますが、症状が改善しても服薬を中断せずに指示通りに続けることが重要です。
呼吸器感染症になりやすい人・予防の方法
呼吸器感染症は、高齢者、慢性疾患を持つ人々(COPD、喘息、糖尿病、心疾患など)、喫煙者や免疫抑制状態の人々(免疫抑制剤の使用、HIV感染者など)は、細菌やウイルスへの抵抗力が低く、呼吸器感染症にかかるリスクが高まります。
呼吸器感染症を予防するためには、いくつかの方法があります。まず、手洗いやうがいをこまめに行い、マスクを着用することが推奨されます。また、健康的な食事を心がけ、十分な休養を取ることも免疫力を維持するために重要です。加えて、インフルエンザや肺炎球菌のワクチン接種が予防に効果的です。風邪やインフルエンザの流行時には、人混みを避けることも感染予防につながります。
参考文献
- 日本呼吸器学会:市中肺炎診療ガイドライン
- 菅谷 憲夫, インフルエンザの診断と治療 最新のWHOガイドラインから, 感染症学雑誌, 2023, 97 巻, 2 号, p. 42-46
- Metlay JP, et al. Diagnosis and Treatment of Adults with Community-acquired Pneumonia. An Official Clinical Practice Guideline of the American Thoracic Society and Infectious Diseases Society of America. Am J Respir Crit Care Med. 2019 Oct 1;200(7):e45-e67.