監修医師:
井林雄太(田川市立病院)
耳下腺腫瘍の概要
耳下腺腫瘍は、唾液を分泌する最大の唾液腺である耳下腺に発生する腫瘤性病変です。
これらの腫瘍は良性と悪性に分類され、約80%が良性腫瘍とされています。
最も一般的な良性腫瘍は多形腺腫(混合腫瘍)で、全耳下腺腫瘍の約70%を占めます。
その他の良性腫瘍には、腺リンパ腫(ワルチン腫瘍)や基底細胞腺腫などがあります。
悪性腫瘍は稀で、粘表皮癌、腺様嚢胞癌、腺癌などが含まれており、早期発見と適切な治療が重要です。
耳下腺腫瘍の原因
耳下腺腫瘍の原因は、完全には解明されていません。しかし、いくつかの要因が考えられています。この章ではその要因を解説します。
遺伝
一部の耳下腺腫瘍、特に多形腺腫では、特定の遺伝子変異が関与している可能性が考えられています。
放射線被曝
環境要因の1つとして、放射線被曝は耳下腺腫瘍のリスク因子とされています。
特に、頭頸部領域への放射線治療を受けた患者さんで、後年耳下腺腫瘍を発症するリスクが高くなることが報告されています。
ウイルス感染
ウイルス感染が原因で、一部の耳下腺腫瘍発生の可能性があります。例としては、Epstein-Barrウイルス(EBV)感染がワルチン腫瘍の発生と関係していると示唆されています。
喫煙
喫煙者はワルチン腫瘍の発生リスクが高くなることが報告されています。
喫煙による慢性的な炎症や細胞傷害が、腫瘍発生の一因です。
ホルモン因子
一部の研究で、ホルモンバランスの変化が耳下腺腫瘍の発生に影響を与える可能性が考えられています。
特に、女性ホルモンの関与が疑われていますが、明確な因果関係はありません。
年齢と性別
年齢や性別も耳下腺腫瘍の発生に考えられる要因です。
多くの耳下腺腫瘍は中年以降に多く見られ、また一部の腫瘍タイプでは性別での差も確認されています。
これらの要因が単独もしくは、複合的に作用して耳下腺腫瘍の発生に寄与していると言えるでしょう。
耳下腺腫瘍の前兆や初期症状について
耳下腺腫瘍の前兆や初期症状は、腫瘍の良性か悪性、大きさ、発生部位によって異なります。この章では、耳下腺腫瘍の前兆や初期症状について紹介します。
無痛性の腫れ
一般的な初期症状は、耳の前方や下方に現れる無痛性の腫れです。
これは特に良性腫瘍に見られます。腫れは通常、緩徐に進行し、数ヶ月から数年かけてゆっくりと大きくなります。初期段階では、患者さん自身が気づかないほどのサイズです。
耳たぶの持ち上がり
耳下腺の深葉に腫瘍が発生すると、耳たぶが少し持ち上がったように見えます。
腫瘍が耳下腺の深部で成長し、表面に現れる前の初期症状です。
間欠的な痛みや不快感
良性のものは無痛性ですが、稀に軽度の痛みや不快感を感じることがあります。
特に食事の前後に多いです。
唾液分泌の変化
腫瘍が唾液腺の導管を圧迫したり、閉塞したりすることで、唾液の分泌量が変化することがあります。
患者さんは口の渇きや、逆に唾液が増えたような感覚を経験する可能性があります。
顔面神経の軽微な症状
耳下腺内を走行する顔面神経が腫瘍に圧迫されると、顔の表情筋に軽微な変化を見ることがあります。
わずかな口角の下垂や、目を閉じる際の違和感などが有名です。
皮膚の変化
稀に、腫瘍が皮膚に近い部分に出る場合があります。その部分の皮膚に、色の変化と質感の変化が確認できます。
悪性腫瘍特有の症状
悪性腫瘍だった場合、良性腫瘍よりも急速に進行する傾向です。
そのため比較的短期間での腫れ、急速な増大、皮膚への固着、疼痛の増加、顔面神経症状の進行などが考えられます。
これらの症状は、ほかの疾患でも似たような症状で現れることがあります。
気になる症状がある場合は耳鼻咽喉科を受診しましょう。
耳下腺腫瘍の検査・診断
耳下腺腫瘍の検査は、以下のポイントを抑えて行います。
- 腫瘍の性質
- 大きさ
- 位置
- 周囲組織
実際に行う手順を解説します。
視診・触診
医師による視診と触診で、顔面の対称性、腫瘤の有無、大きさ、硬さ、可動性、顔面神経機能の評価を行います。
超音波検査
簡便な検査法です。腫瘤の大きさ、内部構造、血流の状態を評価できます。
リアルタイムで観察しながら穿刺吸引細胞診を行うのにも適しています。
CT検査(コンピュータ断層撮影)
腫瘍の詳細な位置、大きさ、周囲組織との関係を3次元的に把握します。
また、深部の病変や、リンパ節転移の診察にも有用です。
MRI検査(磁気共鳴画像法)
軟部組織のコントラストに優れ、腫瘍の内部構造、周囲組織との関係をより詳細に確認できます。
特に、顔面神経との関係を把握するのに有用です。
PET-CT検査(陽電子放射断層撮影)
主に悪性腫瘍の全身転移検査に用いられます。
穿刺吸引細胞診(FNA)
細い針を腫瘍に刺入し、細胞を吸引して顕微鏡で観察する検査です。
腫瘍の良性・悪性の鑑別に有用ですが、確定診断には限界があります。
これらの検査は、複数の検査を組み合わせて総合的に評価します。
特に、画像検査と細胞診・組織診を組み合わせることで、より正確な診断が可能です。
耳下腺腫瘍の診断
- 主要な症状がある
耳下腺の腫脹を確認できる
顔の片側が他方より膨らんでいる
口の渇きや、逆に唾液が増えたような感覚を経験している - 検査初見
耳下腺の腫脹の観察が行われます。基本的に良性で無痛の症状が多いため、顔に現れる変化の観察が大切です。 - 除外されるもの
耳下腺の腫脹が確認できても、別の病気が原因の場合もあるため、経過観察の必要があります。
例えば、耳下腺腫瘍の腫れはゆっくりと進みますが、急速に成長や腫れ方に異常を感じた場合は、早急に耳鼻咽喉科の受診が必要です。
耳下腺腫瘍の治療
耳下腺腫瘍の治療は、腫瘍が良性か悪性かを含めた全身状態を考慮して行います。
手術療法
耳下腺腫瘍の一般的な治療法です。良性腫瘍、悪性腫瘍ともに、多くの場合で手術が第一選択となります。
- 良性腫瘍:通常、腫瘍の完全摘出が行われます。最も一般的な術式は浅葉切除術です。腫瘍の位置によっては部分切除や全摘出術も行います。
- 悪性腫瘍:腫瘍の完全摘出と、安全域確保のため周囲の健常組織も含めて切除します。進行例では、顔面神経の犠牲や頸部リンパ節郭清の切除を実施したことがあります。
手術の注意点としては、顔面神経の温存が重要になります。顔面神経モニタリングを用いて神経の走行を確認しながら手術を進めます。
放射線療法
主に悪性腫瘍の治療に用いられ、以下のような場合に適用されます。
- 手術後の補助療法
- 手術不能例や手術拒否例の根治的治療
- 転移・再発例の姑息的治療
強度変調放射線治療など最新の技術を用いることで、周囲の正常組織への影響を最小限に抑え、腫瘍に対して高線量の照射が可能です。
化学療法
進行期や転移性の悪性腫瘍に対して用いられます。単独で使用されることは少なく、手術や放射線療法と組み合わせて用いられることが多い傾向です。
分子標的療法
特定の遺伝子異常や蛋白質の発現が認められる腫瘍に対して、それらを標的とした薬剤を用いる研究段階の治療法です。唾液腺癌の一部で有効性が報告されています。
免疫療法
免疫チェックポイント阻害薬などの免疫療法が、一部の進行性唾液腺癌に対して効果を示すことが報告されています。
治療方針の決定は、腫瘍の特性だけでなく、患者さんの年齢、全身状態、社会的背景なども考慮して、総合的に判断されます。
また、治療に伴う顔面神経麻痺、唾液瘻などの合併症リスクについても説明し、患者さんの理解と同意を得ることが重要です。
耳下腺腫瘍になりやすい人・予防の方法
耳下腺腫瘍になりやすい人とその予防の方法についてこの章で解説します。
耳下腺腫瘍になりやすい人
- 50歳以上の高齢者
- 放射線被曝歴のある人
- 喫煙者
- 遺伝的素因のある人
予防の方法
耳下腺腫瘍の多くは原因不明であり、完全な予防は難しいですが、以下の方法でリスクが低減できます。
- 禁煙
- 放射線被曝の最小化
- 健康的な生活習慣
- 定期的な健康診断
- 自己検診(顔の異常確認)
- ストレス管理
- 十分な水分摂取
これらの方法は、耳下腺腫瘍の予防効果が科学的に証明されていませんが、全身の健康維持につながり、結果として腫瘍のリスクを低減させる可能性が考えられます。
関連する病気
- 唾液腺腫瘍(唾液腺癌)
- ムンプス(流行性耳下腺炎)
- 唾液腺結石
参考文献