

監修医師:
岡本 彩那(淀川キリスト教病院)
目次 -INDEX-
毒蛇咬傷の概要
毒蛇咬傷(どくじゃこうしょう)とは、有毒種のヘビに咬まれた際に発生する、外傷および毒素による障害のことです。主に、山林や田畑で野生のヘビに咬まれることで生じます。
毒蛇咬傷の症状の原因となるのはヘビの持つ毒であり、ヘビに咬まれた際に体内に入ることで、創部の膨張、壊死、出血障害などさまざまな症状を引き起こすほか、重症では急性腎不全などで死亡することもあります。症状の強さは各ヘビが持つ毒素の種類や、注入された毒液の量によっても変わります。
世界的には、毎年300万件近くの毒蛇咬傷が発生し、10万人前後の人が命を落としているとの報告があります。日本国内においては、それほど発生頻度は高くないものの、毒蛇咬傷の原因となりうる有毒ヘビとして、ハブやマムシの仲間、ヤマカガシなど数種類が知られ、死亡事故の報告もあります。
毒蛇咬傷の治療は、原則として入院のうえ慎重に経過を観察しながら行われます。患者の症状や全身状態に応じた対症療法を中心として、感染予防のために抗菌薬を投与します。重症例では抗毒素(血清)の投与を検討するケースもあります。
抗毒素を使用する場合は被害の原因となったヘビの種類を特定することが重要になります。一方で、屋外で遭遇したヘビの種類を短時間で見分けることは、相当に困難とされています。
毒蛇咬傷は偶発的な事故として誰にでも起きる可能性があります。しかし適切な予防策をとることで発生リスクを下げることができます。有毒ヘビの生息地に近づく場合は、服装や行動に気をつけることが重要です。
国内に生息する有毒ヘビに限れば、アレルギー反応によるアナフィラキシーを除くと、毒素によって短時間で命を落とすようなことはないとされています。もしヘビに咬まれてしまった場合でも、落ち着いて行動し、すみやかに医療機関を受診することが大切です。

毒蛇咬傷の原因
毒蛇咬傷が発生する原因は、有毒種のヘビに咬まれることです。
有毒種のヘビに限らずヘビは基本的におとなしい生物で、日本でみられる毒ヘビの中で攻撃性が高いとされるハブでさえ、積極的に人間を襲うようなことはありません。しかし、驚いたり威嚇されたりして危険を感じると、自己防衛のために攻撃姿勢をとり、近づいた人間に咬みつくことがあります。
日本国内でも山林や田畑には、多くのヘビが生息しています。その中でも有毒種は限られますが、農作業やレジャーなどで偶発的にヘビに遭遇し、咬まれてしまうケースがあります。
毒蛇咬傷の症状の原因となるヘビの毒は、タンパク質を主とした複雑な混合物で、神経毒や出血毒などのさまざまな毒素を含むことが知られており、毒の特徴はヘビの種類によって異なります。
毒蛇咬傷の前兆や初期症状について
初期症状とその後の症状は、咬まれたヘビの種類と毒液の注入量により異なります。症状の程度には個人差があり、アレルギー反応によるアナフィラキシーショックが起きる可能性もあります。
以下に、日本に生息する主な有毒ヘビの生態や特徴、咬まれた場合の症状について紹介します。
マムシによる毒蛇咬傷
マムシ(ニホンマムシ)は日本でもっともよく知られている毒ヘビです。ほぼ日本全土に生息する体長数十センチ程度の小型のヘビで、山林、藪、水辺などで見られます。春から秋の活動期には田畑で見かけることもあります。
マムシは積極的に毒を用いた狩りをしており、自己防衛で咬みついた対象にも毒液を注入します。移動せずに獲物を待ち伏せする習性を持ち、周囲の植物などと見分けのつきにくい見た目でもあることから、人間が気づかずに近づいたり、踏んだりして咬まれる事故が起きるとされています。
マムシの毒は出血毒が中心で、受傷部位を中心に強い痛みが出て腫れあがります。マムシの毒そのもので命を落とすケースは少ないとされますが、腎障害やアナフィラキシーショック等のリスクもあり、治療が遅れると危険です。手指などの末端を咬まれた場合、コンパートメント症候群により患部の壊死などを引き起こす可能性があります。
マムシによる毒蛇咬傷は国内ではもっとも報告例が多く、毎年約2,000〜3,000件発生しています。
ハブによる毒蛇咬傷
ハブの仲間は、沖縄、奄美地方でのみ見られる毒ヘビです。成体は体長2mほどになり、咬みついた対象に長い牙から毒液を注入します。
ハブは毒そのものの強さではマムシに及ばないとされますが、マムシの数倍以上とも言われる大量の毒液を注入するため、咬まれた場合の危険度はかなり高く、猛毒のヘビとして有名です。ただし、生息域が限られていることもあって、ハブによる毒蛇咬傷は年間100件程度と多くはありません。
積極的に人を襲うわけではないものの、威嚇目的で攻撃してくる性質があり、田畑や人家近くでも出没することから、沖縄では常に警戒されている毒ヘビです。
咬まれた場合は、30分ほどで受傷部位を中心に大きく腫れあがるのが特徴です。現代では抗毒素(血清)による治療が発達し、治療すれば死亡することはまれとされています。
ヤマカガシによる毒蛇咬傷
ヤマカガシは北海道や一部の離島を除き、日本全土に生息するヘビです。
体長は成体で1〜1.5mほどで、カエルなどを好んで捕食するため、活動期には水田や河川付近でよく目撃されます。
マムシなどと比べても非常におとなしい性格で、人間を見かけた場合は逃げ出してしまい、咬みつくことはまれとされています。そのため、ヤマカガシによる毒蛇咬傷の発生数は年間に多くても数件程度です。
さらに、口の前方に大型の牙を持ち毒液を注入するマムシやハブと異なり、ヤマカガシは口の奥にある小さな牙から毒を放出します。そのため、軽く咬まれただけで毒素が体内に入らないケースもあります。
ただし、ヤマカガシの毒は危険性の高い毒として知られています。咬まれた直後には顕著な症状はないことが多いですが、数時間から数日後になって脳出血や腎臓障害などを引き起こす恐れがあります。マムシのように痛みや腫れが強くないため、軽症と勘違いして治療が遅れてしまわないよう注意する必要があります。
毒蛇咬傷の検査・診断
日本国内で見られるマムシ・ハブ・ヤマカガシについては、抗毒素(血清)が開発されています。抗毒素は各毒ヘビにそれぞれ対応するものを用いる必要があるので、毒蛇咬傷の検査・診断では、ヘビの判別が重要です。
しかし、夜間や草むらでは、咬まれたのがヘビかどうかでさえ、患者自身が判断できないケースがあります。ヘビに咬まれたとの認識があっても、短時間でヘビの種類までを正確に判別するのは困難です。また、毒蛇咬傷による動揺から、患者が状況をうまく思い出せないケースなどもあります。
そのため、咬み跡の特徴や、さまざまな臨床的所見から毒蛇咬傷を疑う必要があります。
血液検査で凝固系(血小板・フィブリノゲン)をチェックすることも判別の重要な手掛かりとなることがあります。他に尿検査や腎機能の検査がおこなわれることもあります。
毒蛇咬傷では、アナフィラキシーショックの兆候にも注意する必要があります。
毒蛇咬傷の治療
毒蛇咬傷の治療は、原則入院治療となり、噛まれたヘビの種類や症状に合わせた対症療法がおこなわれます。受傷部位や毒素の注入量、経過した時間などにより対応が異なるほか、症状のあらわれ方には個人差があります。排毒やコンパートメント症候群の予防のため、患部周辺の切開処置を試みるケースもあります。
アナフィラキシーショックの兆候が見られる場合は、気道確保やアドレナリンの注射などをおこないます。
毒蛇咬傷の応急処置について
国内に生息する毒ヘビでは、アナフィラキシーショックを除くと、咬まれた直後に重篤な症状が出ることはまれとされています。万一ヘビに咬まれてしまったとしても、必要な応急処置を施し、できるだけすみやかに適切な医療処置が受けられるよう、落ち着いて行動することが大切です。
咬まれた直後であれば、流水で傷口を洗い毒をもみだすようにすると、体内へ入る毒素の量を減らすことができます。市販されているポイズンリムーバーなども正しく使えば有効です。
アレルギー反応の兆候に注意したうえで、医療機関に連絡します。
患部は過度には動かさず、腕時計や指輪など、受傷部位周辺が腫れたときに身体を締め付ける恐れのあるものは外しておきましょう。手や足の根元をきつく縛るような対処は必要ありません。
ヘビの判別のため、咬んだヘビを写真に撮ることができると、診断や治療で役立ちます。
毒蛇咬傷になりやすい人・予防の方法
毒蛇に噛まれやすいのは、山林や農地で仕事をする人や、登山やキャンプ、川釣りなどのレジャーを趣味にする人です。一般的に、自然と触れ合う機会が多い人は、毒蛇咬傷への注意が必要と言えます。ヘビの目撃例があるような場所では、やぶや草むらには不用意に近づかないことが賢明です。
毒蛇咬傷を確実に予防する方法はありませんが、行動や服装に気をつけることで大きく発生リスクを下げることができます。
ヘビと遭遇しそうな場所では慎重に行動し、ヘビを見かけた場合も近づいたり驚かせたりしないようにすることが大切です。特に、毒蛇咬傷は夕方や日が陰ってくる時間帯に多く発生するため、この時間帯の行動にはより注意が必要です。
山林などへ出かける際は、できるだけ肌の露出を減らし、厚手の靴下やズボン、軍手などの着用を心がけます。
また、万一毒蛇に咬まれてしまったとしても、正しい知識をもとに落ち着いて行動することで、被害を最小限に抑えることができる可能性があります。
関連する病気
- マムシ咬傷
- ヤマカガシ咬傷
- ハブ咬傷
- 動物咬傷
- 播種性血管内凝固(DIC)
- 急性腎不全
- アナフィラキシーショック
- コンパートメント症候群
参考文献




