溺水
林 良典

監修医師
林 良典(医師)

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名古屋市立大学卒業。東京医療センター総合内科、西伊豆健育会病院内科、東京高輪病院感染症内科、順天堂大学総合診療科を経て現職。診療科目は総合診療科、老年科、感染症、緩和医療、消化器内科、呼吸器内科、皮膚科、整形外科、眼科、循環器内科、脳神経内科、精神科、膠原病内科。医学博士。公認心理師。日本専門医機構総合診療特任指導医、日本老年医学会老年科専門医、禁煙サポーター。

溺水の概要

溺水とは、液体に沈んだり浸かることで呼吸ができなくなる状態を指します。溺水は世界中で多くの死因となっており、特に子供の事故死の主な原因の一つです。日本でも、交通事故や窒息に次いで多い事故死の一因です。

溺水の発生状況

世界では年間約50万人が溺水で死亡しており、交通事故死(約130万人)に次ぐ重大な死因となっています。日本では、年間約8,000人が溺水で死亡しています。小児の溺水事故は、浴槽、海、川などさまざまな場所で発生し、特に0~1歳児では浴槽での溺水が多く、5歳以上では自然水域での溺水が多い傾向があります。

溺水の病態

人が水に沈むと、最初に息をこらえようとしますが、やがて限界がきます。息をこらえられなくなると、息を吸い込む反射と嚥下反射が起こり、大量の水を飲み込んでしまいます。気道に水が入ると喉頭けいれんが起こり、窒息に至ります。肺に水が入ると、肺水腫(肺に水が溜まる)、サーファクタント(肺の内壁を保護する物質)の不活化、無気肺(肺が潰れる状態)が発生します。これらの結果として酸素が不足し、呼吸性および代謝性アシドーシス(体が酸性になる状態)が進行し、最終的には心停止に至ることもあります。

溺水の原因

溺水は主に不慮の事故として起こりやすく、特に乳幼児や子供で発生率が高いです。以下、年齢ごとの主な原因を紹介します。

乳幼児における溺水の原因

運動機能の未発達
乳幼児は水中で体のバランスを取る能力が未熟なため、転倒した際に自力で立て直すことが困難です。
危険性の認識不足
水の危険性を認識する能力が未熟であるため、浴槽や水辺で事故が起こりやすいです。
保護者の不注意
目を離したすきに溺水が発生することがあります。

子供における溺水の原因

プールや自然水域での遊び
成長とともに行動範囲が広がり、屋外での水遊びの機会が増えるため、リスクが高まります。
健康状態
てんかん発作、自閉症、心臓の不整脈(QT延長症候群など)による意識障害で溺水することがあります。

溺水の前兆や初期症状について

溺水の初期症状は、以下のようなものが考えられます。

呼吸困難
水が肺に入ったり、喉がけいれんを起こすことで呼吸が苦しくなります。

気道に水が入ることで咳が誘発されます。
意識障害
酸素不足が進むと意識がぼんやりしたり、失神することがあります。
チアノーゼ
酸素不足がひどくなると、皮膚や唇が青紫色になります。
嘔吐
呼吸困難や咳に伴い、嘔吐することがあります。
けいれん
酸素不足がさらに進むと、けいれんが起こることもあります。

これらの症状は、溺水の程度によって異なり、軽症では咳や呼吸困難だけで済むこともありますが、重症化すると急速に意識が低下し、心肺停止に至る可能性もあります。

溺水の検査・診断

溺水事故後の検査診断は、患者さんの状態を正確に把握し、適切な治療を進めるために重要です。以下の検査が一般的に行われます。

一次診療での主な検査

胸部X線写真
肺の状態を確認し、肺水腫や肺炎などの有無を調べます。ただし、初期段階では異常が見つからないこともあります。
血液検査

  • 血液ガス分析酸素が十分に供給されているか、酸性とアルカリ性のバランスが正常かを評価します。
  • 電解質チェック:重症例での異常がないかを確認します。

頭部CT/MRI
頭部へのケガや長い時間の蘇生が必要だった場合、または意識障害がある場合に行います。
注意点

  • 初期の検査結果が正常でも、時間が経つと肺水腫や肺炎が発生することがあるため、6~12時間の経過観察が必要です。
  • 海水と淡水の溺水の違いは理論的にはありますが、実際の治療には大きな差はありません。

その他の検査

  • 痰培養:細菌性肺炎が疑われる場合に行い、肺炎の原因菌を特定します。

溺水の治療

溺水の治療は、酸素不足による体へのダメージを改善することが目標です。

溺水現場での初期対応

  • 心肺蘇生(CPR):意識や自発呼吸がない場合、人工呼吸と心臓マッサージをすぐに開始します。水を吐かせる必要はありません。
  • 保温:低体温に注意し、濡れた衣服は脱がせて体を温めます。
  • 頸椎の保護:首のけがが疑われる場合以外、通常は首を固定しません。

救急外来での対応
溺水後の患者には「ABCDEアプローチ」で治療を進めます。

  • 気道(A):分泌物があれば取り除き、呼吸を確保します。
  • 呼吸(B):酸素を十分に与え、必要に応じて気管挿管を行います。
  • 循環(C):脈や血圧を確認し、点滴で体液を補充します。
  • 神経(D):意識レベルをチェックし、繰り返し評価します。
  • 体温管理(E):体温が低すぎると回復が難しくなるため、温めます。

集中治療室での管理
重症の場合は集中治療室でさらに詳しい治療が行われます:

  • 呼吸管理:肺に負担をかけない方法で呼吸をサポートします。
  • 循環管理:体液量の減少に注意し、必要に応じて薬を使用します。
  • 神経保護:首のけががなければ、頭を少し高くして脳の保護を行います。
  • 感染管理:汚い水を飲み込んだ場合や感染症が疑われる場合、抗菌薬を使用します。

溺水になりやすい人・予防の方法

溺水は多くの場合、予防できる事故です。乳幼児の家庭内での事故防止と、プールや自然水域での対策を紹介します。

乳幼児の家庭内での溺水予防

浴室へのアクセス制限
乳幼児が浴室に近づけないよう、ドアに鍵をかけるかベビーゲートを設置します。
残し湯の排除
浴槽に水を残さず、わずかな水でも乳幼児が溺れる可能性があるので注意します。
浮き輪の使用禁止
浴槽での浮き輪や首浮き輪の使用は安全性が確保されていないため、使用を避けましょう。
入浴中の監視
入浴中は常に目を離さず、短時間でも浴槽から出すようにしましょう。
洗濯機や洗面器の水
水を溜めたまま放置せず、危険を避けましょう。

プールや自然水域での溺水予防

常時監視
子供が水辺にいる際は、腕の長さの範囲内で常に見守りましょう。
ライフジャケット着用
水辺では子供も大人もライフジャケットを着用します。
水泳の習得
子供に水泳を習わせ、危険があった際の対処法も教えます。
危険性の認識
川や海の危険を理解させ、危険な場所には近づかないよう指導しましょう。
心肺蘇生法の習得
保護者や周りの大人は心肺蘇生法を習得しておくことが重要です。
周囲の助け
溺れている人を見つけたら、一人で助けず周りにも助けを求めます。
救助用具の活用
救助には浮き輪やロープを使い、安全に行いましょう。

その他のポイント

着衣水泳
服を着たまま水に落ちたときの対処法を学ぶ「着衣水泳」は子供の安全に役立ちます。


関連する病気

  • 急性呼吸窮迫症候群(ARDS)

参考文献

  • 消費者庁.事故防止ハンドブック
  • 制野勇介:小児内科 47(Suppl):1044-1048,2015
  • 日本救急医学会:医学用語解説集:溺水

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