

監修医師:
井林雄太(井林眼科・内科クリニック/福岡ハートネット病院)
目次 -INDEX-
前十字靱帯損傷の概要
前十字靱帯(Anterior Cruciate Ligament、ACL)損傷は、主にスポーツ活動中に発生し、再建術が一般的な治療法とされています。近年、手術技術の進歩により、術後の成績は向上しています。しかし、スポーツ復帰後の再損傷やパフォーマンスの完全な回復には、依然として課題が残っています。
前十字靱帯損傷の原因
前十字靱帯損傷は、主に以下の要因によって引き起こされます。
スポーツ活動中の受傷
ACL損傷の多くは、バスケットボールやサッカー、スキーなど、急停止や方向転換、ジャンプ後の着地を伴うスポーツ中に発生します。特に、ジャンプ後の着地や走行中の急停止、方向転換などの動作がリスク要因となります。
非接触型の損傷
ACL損傷の大部分は、他者との接触がない状況で発生します。具体的には、ジャンプ後の着地や急停止、急な方向転換などの動作中に、膝関節に過度な負荷がかかることで損傷が生じます。
膝の動きと姿勢
膝が内側に入る(knee-in)動作や、体幹が外側に倒れる姿勢、体幹と下腿が後方に傾くなどの不良姿勢が、ACL損傷のリスクを高めます。これらの姿勢は、膝関節に不適切な力学的ストレスを与える可能性があります。
受傷時の状況
ACL損傷時には、膝関節内で「ポップ」という音や感覚を感じることが多く、その後、膝の腫れや痛み、関節の不安定感が現れます。
力学的要因
膝外反(膝が外側に曲がる動き)による膝外側への圧迫、脛骨の前方への引き出し、内旋トルク(内側へのねじれ)などが、ACL損傷に関与しています。
前十字靱帯損傷の前兆や初期症状について
膝前十字靱帯(ACL)損傷の前兆や初期症状は以下の通りです。
受傷時のポップ音
受傷時に膝関節内で「ポップ」という音や感覚を感じることが多いです。
膝関節の腫れ
受傷直後から膝が腫れ、数時間以内に顕著になります。
膝の不安定感
膝が不安定になり、日常生活や運動中に膝が「抜ける」ような感覚を覚えることがあります。
可動域制限
膝の痛みや腫れにより、膝の曲げ伸ばしが制限されることがあります。
膝崩れ
歩行中や立ち上がり時に膝が崩れるような感覚を経験することがあります。
スポーツ活動の制限
ACL損傷後、膝の不安定感や痛みにより、スポーツや日常活動が制限されることがあります。
これらの症状は、受傷直後から現れることが多く、放置すると半月板損傷や関節軟骨損傷などの二次的な障害を引き起こす可能性があります。そのため、早期に整形外科を受診し、診断と適切な治療を受けることが重要です。
前十字靱帯損傷の検査・診断
膝前十字靱帯(ACL)損傷の検査と診断について、以下にまとめます。
1. 問診
受傷機転、既往歴、身体活動性を聴取します。スポーツにおけるジャンプ後の着地や走行中の急停止、方向転換などによる非接触型の損傷が多いです。受傷時に「何かが切れた音(ポップ)」を感じることが多いです。
2. 視診・触診
下肢アライメント(外反膝、内反膝)、全身弛緩性、関節不安定性、合併損傷の有無を評価します。膝内側の疼痛や可動域制限が認められることがあります。
3. 徒手検査
Lachmanテスト
信頼性の高い徒手検査。膝を約20°屈曲させ、下腿を前方に引き出し、ACLの緊張を確認します。
Pivot shiftテスト
大腿骨に対する脛骨外側顆の前方亜脱臼を再現するテスト。新鮮例では筋性防御により検査が困難なことが多いです。
前方引き出しテスト
膝を90°屈曲させた状態で下腿を前方に引き出し、移動量を評価。陳旧例で陽性となることが多いです。
外反ストレステスト
軽度屈曲位での外反ストレステストが陽性となる場合があります。
脛骨外旋テスト(dial test)
後外側支持組織損傷の診断に有用です。
後方引き出しテスト
膝を90°屈曲させた際に脛骨が後方へ落ち込む徴候(sagging)がみられた場合、後十字靱帯(PCL)損傷の可能性があります。
4. 画像診断
単純X線検査
大腿骨外側顆の陥凹(lateral femoral notch sign)が認められることがあります。裂離骨折(脛骨顆間隆起骨折)やSegond骨折(外側関節包の脛骨付着部裂離骨折)の有無を確認します。ACL損傷の間接的指標の有無を確認します。
MRI検査
ACLの連続性の途絶やPCLの角度変化(buckling)を確認します。脂肪抑制像では、大腿骨外側顆および脛骨外側顆後方に骨挫傷(bone bruise)が認められることが多いです。半月板損傷や関節軟骨損傷の合併を把握するのに有用です。
5. その他の検査
膝動揺性検査装置やストレスX線
膝の前方安定性を定量化するために用いられます。
スクリーニングテスト
drop jump testやsingle leg squat testが有効なスクリーニングテストとされています。
ACL損傷の診断は、徒手検査とMRIを組み合わせることで高精度に行われます。特に、急性期の徒手検査では筋性防御により評価が難しいことがあるため、画像診断が重要となります。
前十字靱帯損傷の治療
膝前十字靱帯(ACL)損傷の治療法には、保存療法と手術療法の2つの選択肢があります。
1. 保存療法(手術を行わない治療)
適応
- 半月板損傷のリスクが低い場合
- 減速動作や方向転換動作を頻繁に行わないスポーツ種目の場合
- 日常生活で膝の不安定感が少ない場合
治療内容
受傷直後の対応
RICE処置(安静(Rest)、冷却(Ice)、圧迫(Compression)、挙上(Elevation))を行い、炎症を抑える
運動療法
- 等尺性筋力訓練を行い、筋力の維持に努める
- ハムストリングの筋力強化、大腿四頭筋とハムストリングの同時収縮訓練を実施
- 膝軟性および硬性装具を使用し、二次損傷を予防
運動療法プログラム
- 初期リハビリ:下肢挙上訓練、自転車エルゴメーター、静止skating
- 筋力強化:Leg curl訓練、Calf raise訓練、大腿四頭筋等張性訓練
- 動作改善:Half squat訓練、速歩、ジョギング、股関節周囲筋の等尺性収縮訓練
2. 手術療法
運動をよくする方や、膝を使うことの多い方は早期に膝を安定させるために手術を検討します。
主に行われるのは、自身の組織を用いて再建する自家腱移植です。自家腱移植では膝を曲げるための腱である、膝の内側の膝屈筋腱を使用します。
膝屈筋腱を用いた前十字靱帯損傷の手術では、膝関節を構成する大腿骨と脛骨の適切な部位に穴をあけ、正常な膝前十字靱帯と同じ位置になるように採取加工した膝屈筋腱を通し金具で固定します。
膝屈筋腱を移植したことによる膝への影響は少なく、適切なリハビリテーションによりスポーツへの復帰も可能です。
手術の翌日から車椅子または松葉杖で移動できるようになり、2日目からは歩行訓練が開始されます。
退院の目安は手術後4~7日程度です。退院後は1週間から1ヶ月の間隔でリハビリテーションを行い、5~8ヶ月でスポーツにも復帰できます。
前十字靱帯損傷になりやすい人・予防の方法
ACL損傷になりやすい人の特徴
1. スポーツ活動者
ACL損傷の多くは、ジャンプ、急停止、方向転換を伴うスポーツ(バスケットボール、サッカー、スキーなど)中に発生します。
2. 性別
女性アスリートは男性よりもACL損傷のリスクが高いことが知られています。これは、膝外反(knee-in)の発生率や、ホルモンの影響、筋力バランスの違いが関与している可能性があります。
3. 年齢
ACL損傷は若年層(特に10〜30代)に多く発生します。これは、活動量が多いことや、競技レベルの向上に伴う負荷の増加が影響しています。
4. 解剖学的要因
骨の形状や膝のアライメントによって、ACL損傷のリスクが変わることがあります。
5. 神経筋因子
不良な神経筋コントロール(適切な動作制御ができない状態)は、ACL損傷のリスクを高める要因となります。
6. 家族歴
ACL損傷の既往がある家族がいる場合、遺伝的な要因が関与する可能性があります。
7. 身体的要因
- 股関節内旋モーメントの増大
- 膝外反角度の増大
- 膝関節の伸展・屈曲モーメントの非対称性
- 片脚立位での安定性低下
8. 修正可能なリスクファクター
- 膝が内側に入る動作(knee-in)
- 体幹が外側に倒れる動作
- 体幹と下腿の後傾による後方重心
- 着地時の股関節や膝関節の屈曲不足
- 股関節外転筋の筋力低下
ACL損傷の予防法
1. 教育
受傷メカニズムや回避すべき動作を理解することが重要ですビデオを活用し、選手にリスクのある動作を認識させることで、予防意識を高めます。
2. 神経筋協調トレーニング
バランスボードなどを使用して体性感覚を刺激し、姿勢の安定性を向上させます。
3. プライオメトリックトレーニング
ジャンプや着地のトレーニング(プライオメトリックトレーニング)を通じて、神経筋の協調性を改善し、着地時の膝の安定性を向上させます。
4. 筋力トレーニング
ハムストリングスや股関節外転筋の筋力低下はACL損傷のリスクを高めるため、これらの筋力を重点的に強化します。
関連する病気
- 半月板損傷
- 変形性関節症
- 膝蓋腱炎
- 腰痛
参考文献
- 日本整形外科学会/日本関節鏡・膝・スポーツ整形外科学会 監, 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会,前十字靱帯 (ACL)損傷診療ガイドライン策定委員会編. 前十字靱帯
(ACL)損傷診療ガイドライン2019. 改訂第3版. 東京:南江堂; 2019. p.15. - 遠山晴一, 安田和則, 田辺芳恵. 膝十字靱帯損傷の治療. 理学療 法 1998;15:978-83