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胸部打撲
高宮 新之介

監修医師
高宮 新之介(医師)

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昭和大学卒業。大学病院で初期研修を終えた後、外科専攻医として勤務。静岡赤十字病院で消化器・一般外科手術を経験し、外科専門医を取得。昭和大学大学院 生理学講座 生体機能調節学部門を専攻し、脳MRIとQOL研究に従事し学位を取得。昭和大学横浜市北部病院の呼吸器センターで勤務しつつ、週1回地域のクリニックで訪問診療や一般内科診療を行っている。診療科目は一般外科、呼吸器外科、胸部外科、腫瘍外科、緩和ケア科、総合内科、呼吸器内科。日本外科学会専門医。医学博士。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)修了。ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)。BLS(Basic Life Support)。

胸部打撲の概要

胸部打撲とは、外部から強い衝撃(鈍的外力)が加わることで、胸の骨や軟部組織、さらには心臓や肺などの臓器に損傷が生じる状態を指します。
交通事故や転倒、スポーツ中の衝突など、日常生活からレジャー・競技・作業現場まで、さまざまな場面で起こります。胸部は重要な臓器が集中しているため、一見軽傷にみえても思わぬ合併症を招くことがあります。
胸部打撲で気をつけなければならないのは、肋骨などの骨格損傷だけでなく、肺挫傷や心筋挫傷といった内臓障害が潜在的に起こりうる点です。呼吸困難や不整脈などをきたす可能性があり、重症化すると呼吸不全や循環不全につながる危険も否定できません。このため、胸部を強打したあとに息苦しさや強い痛み、意識状態の変化がみられる場合は、早めに医療機関を受診することが大切です。

胸部打撲の原因

交通事故による衝撃

自動車やバイク、自転車での衝突・転倒事故では、ダッシュボードやハンドル、地面との強い衝突で胸部を打撲することがあります。高速道路などでの衝突はエネルギーが大きく、骨折や臓器損傷を伴う場合が少なくありません。シートベルトやエアバッグは命を守るうえで重要ですが、それでも胸部に大きな衝撃が加わることがあります。

転倒・転落

高齢者の転倒や、作業現場・建設現場での高所からの転落などで胸部を強打するケースがあります。特に高所からの落下事故は受傷メカニズムが激しく、胸郭が圧迫され肺や心臓に損傷を起こすおそれがあります。

スポーツでの衝突・打撃

ラグビーやアメリカンフットボールのようなコンタクトスポーツや、野球などでボールが高速で胸部に当たる場合です。心臓震盪(commotio cordis)のように、胸への直撃が特定のタイミングと重なると致命的な不整脈が起こることもあります。

圧迫外傷

工事現場などで重い器具に挟まれたり、重機や機械に巻き込まれることで胸部が圧迫される事故です。圧迫の強さや時間が長いと肋骨の多発骨折や、肺・心臓への深刻な損傷につながる可能性があります。

胸部打撲はこのように多彩な場面で発生します。重大な衝撃を受けた場合は、見た目に異常が少なくても内部にダメージを負っていることがあるため、受傷後の経過観察と医療機関での評価が大切です。

胸部打撲の前兆や初期症状について

胸部打撲の症状は受傷直後から顕著に出ることもあれば、時間の経過とともに悪化する場合もあります。代表的な初期症状や前兆は以下のとおりです。

胸の痛みや圧迫感

息を吸うと痛みが増す、胸を捻ったり動いたりすると強い痛みを感じるなどの症状があります。痛みがある部分を押すと強い圧痛がある場合は、肋骨骨折や軟骨損傷を疑います

呼吸困難感

肺挫傷や肋骨骨折による痛みで呼吸が浅くなると、息苦しさを覚えます。肺そのものが損傷していると、血中酸素が低下して呼吸困難が進行することがあります。とくに呼吸数が増えたり、呼吸が不安定になったりする場合は要注意です。

腫れや内出血(皮下出血)

衝撃による毛細血管の破壊で皮膚に赤紫から青紫のあざができることがあります。打撲の範囲が大きい場合は、腫れが広がり皮膚表面に熱感を伴うこともあります。

咳や痰に血液が混じる

肺や気道へのダメージがある場合には、咳に血が混じることがあります。血痰が出る場合は肺や気管支の損傷を示唆するため、ただちに医療機関を受診したほうがいいでしょう。

胸の動悸や不整脈、めまい

心臓に外力の衝撃が加わった場合は心筋挫傷の可能性があり、不整脈や胸の重苦しさ、めまい、場合によっては失神につながることもあります。

上記のような症状がみられる場合、まずは整形外科や外科を受診することを考えるとよいでしょう。救急の場合は救急科(ER)で検査を受けるのも一般的です。もし呼吸状態が悪いときや心臓の症状が強く疑われるときは、呼吸器外科や心臓血管外科の診察が必要になる可能性があります。

胸部打撲の検査・診断

胸部打撲を疑うケースでは、受傷のメカニズムや症状に基づき、以下のような検査が行われます。

胸部X線検査(レントゲン)

胸部打撲を診断するうえで基本的な検査です。肋骨骨折、肺の虚脱(気胸)、胸腔内の出血(血胸)などを確認します。しかし微小な骨折や初期の肺挫傷、または心筋の損傷などはレントゲンでは写りにくい場合があります。

CT検査(コンピューター断層撮影)

骨折や臓器損傷をより正確に把握したいときに行います。肺挫傷の程度や、血管の走行、大動脈に異常がないかを詳細に観察できます。高エネルギー外傷(激しい衝突や転落など)の患者さんには、受傷直後の評価として胸部CTがしばしば選択されます。

エコー検査(超音波)

心臓や胸膜腔(きょうまくくう)内に血液が溜まっていないか(心タンポナーデや血胸など)を迅速に確認できる方法です。ベッドサイドで行えるのが利点ですが、骨や空気がある部位は画質が低下しやすいため、CT検査などと併用して評価されます。

心電図および血液検査(心臓マーカー)

胸部打撲の程度によっては、心筋挫傷が生じているかどうかを確認するため心電図を測定します。不整脈の有無やST-T変化などをチェックし、同時にトロポニンなどの心筋マーカーを測定して心筋細胞の損傷を調べます。初期の検査が正常でも、後から異常が出る場合もあるため一定期間モニタリングすることがあります。

胸部打撲の治療

胸部打撲の治療は、大きく分けて保存的な治療(対症療法)と、外科的な介入(手術)に分類されます。具体的には以下のような方法が選択されます。

安静と痛みのコントロール

胸の痛みが強いと、無意識のうちに呼吸が浅くなるため、肺内に痰がたまりやすくなり肺炎や無気肺が起こりやすくなります。このため、十分な鎮痛は治療の要です。

経口鎮痛薬

アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)など。

硬膜外麻酔・神経ブロック

肋骨多発骨折などで痛みが強いときに実施される場合があります。

呼吸管理

肺挫傷や複数の肋骨骨折を伴う胸部打撲で、呼吸が明らかに苦しそうな場合は酸素投与や人工呼吸管理(気管挿管、もしくは非侵襲的換気)が必要になります。

非侵襲的陽圧換気(NPPV)
マスクで一定の陽圧をかけて肺を広げる方法です。
気管挿管・人工呼吸管理
重症例で呼吸が維持しづらい場合に行います。

肋骨固定術(手術)

連続した肋骨多発骨折などで胸郭が不安定になる「フレイルチェスト」の状態では、外科的に肋骨を金属プレートで固定して安定化を図ります。これにより胸の変形を抑え、呼吸機能の改善が期待できます。研究報告では、重症のフレイルチェストに対して手術を行うと、肺炎やICU滞在期間の軽減につながるとの結果が示されています。

合併症対策

気胸・血胸
胸腔内に溜まった空気や血液を抜くため、胸管ドレーンを留置して肺を再び膨らませる処置を行うことがあります。

心筋挫傷
不整脈や心不全が起きた場合は、抗不整脈薬や昇圧薬などの薬物治療やペーシングが検討されます。

呼吸リハビリテーション

痛みがあってもできる範囲で深呼吸を促し、痰の排出を助けるための呼吸訓練や体位管理が行われます。肺炎予防や回復促進に重要なステップです。

胸部打撲になりやすい人・予防の方法

胸部打撲は日常的に起こりえる外傷ですが、とくに以下のような方や状況ではリスクが高まります。一方で、対策をとることで重症化を防ぎやすくなります。

1. 胸部打撲になりやすい人

高齢者や骨粗しょう症のある方
スポーツ選手(コンタクトスポーツ、球技など)
建設現場や工場など危険作業に従事する方
交通事故のリスクが高い方

2. 胸部打撲の予防策

胸部打撲の予防策として、シートベルトとエアバッグの正しい着用、点検が有効です。
自動車事故による胸部打撲リスクを低減する基本であり、シートベルトを装着することで重症化を防ぐ効果が期待できます。エアバッグは顔や胸への直接的な衝撃を緩和する仕組みですが、展開時の衝撃で胸を打撲する場合もあるため注意が必要です。

スポーツ中の防具着用と安全指導

競技特性に応じた胸部プロテクターなどの防具を使用し、ルールや安全対策を守ることが重要です。心臓震盪を完全に防ぐことは難しいものの、何も保護具がない状態よりは衝撃を軽減できる可能性があります。

作業環境の整備と保護具の使用

建設現場や工場などでは、保護具(ヘルメットや転落防止装備など)の着用義務を守り、足場の安定化や危険ゾーンの明確化などを徹底します。重機を扱う現場では、作業手順や安全教育を行い、万が一の圧迫事故が起こりにくい環境を作ることが不可欠です。

転倒予防と筋力維持

高齢者の場合、家庭内での転倒が原因で胸部を強打することがあります。住環境の整備(段差解消、手すり設置など)や、普段からの軽い運動による筋力維持が転倒リスクを下げます。

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