

監修医師:
岡田 智彰(医師)
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昭和大学医学部卒業。昭和大学医学整形外科学講座入局。救急外傷からプロアスリート診療まで研鑽を積む。2020年より現職。日本専門医機構認定整形外科専門医、日本整形外科学会認定整形外科指導医、日本整形外科学会認定スポーツ医、日本整形外科学会認定リハビリテーション医、日本整形外科学会認定リウマチ医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター。
目次 -INDEX-
下腿コンパートメント症候群の概要
下腿(膝から足首までの部位)において、筋肉は4つの『筋区画』という部屋にわかれており、それぞれは筋間中隔や筋膜という厚い膜で囲まれています。下腿コンパートメント症候群は、このすねやふくらはぎの筋肉や神経を包む『筋区画』の中で圧力が異常に高くなることで起こる病気です。この圧力上昇によって血液が十分に流れなくなり、筋肉や神経がダメージを受ける可能性があります。下腿コンパートメント症候群の原因
主な原因
- 骨折 すねの骨折(下腿骨骨折)は、この病気の最も一般的な原因です。骨が折れることで骨折部から出血したり、周囲の組織が腫れたり出血したりし、筋区画内の圧力が上がります。
- けがによるダメージ 筋肉を強く打撲し血管が損傷すると、その部分が腫れ上がり、圧力が高まります。
- 長時間の圧迫 事故で車の中に閉じ込められたり、建物の倒壊に巻き込まれたりすると、長時間圧迫を受けて筋区画内の圧力が上昇することがあります。また、手術中に長時間特定の姿勢(特に足を高く上げた「砕石位」)で圧力がかかることも原因になります。
- 熱傷(やけど) 重いやけどによる組織の腫れが、筋区画内の圧力上昇を引き起こすことがあります。
- 血流の再開による影響 一度血流が止まった状態(虚血)から血流が再開されると、組織が腫れて圧力が高くなる場合があります。この状態を「再潅流障害」といいます。
その他の原因
以下のような状況も、筋区画内の圧力を高めるリスクになります。- 血友病による出血や筋肉内の血腫(血のかたまり)
- 血管の病気や高エネルギー外傷(激しい事故など)
- 長時間圧迫された状態が続くこと
- 大量の点滴や輸血
- パーキンソン病などで動けない状態が続くこと
下腿コンパートメント症候群の前兆や初期症状について
下腿コンパートメント症候群は、すねの筋肉や神経を包む部分の圧力が異常に高まり、血液の流れが妨げられることで起こる病気です。この状態が進行すると、筋肉や神経の細胞が酸欠に陥り、組織が壊死するという取り返しのつかないダメージに発展してしまうため、早期の発見が重要です。以下に、この病気の初期症状をわかりやすく説明します。 初期に現れる主な症状- 強い痛み(疼痛) 特徴: 初期に現れる最も重要な症状で、激痛を感じます。 ポイント: 鎮痛薬を飲んでも痛みが治まらないことが多く、骨折がある場合はその痛みと区別がつきにくい場合があります。
- 動かすと痛い(他動運動時の痛み) 特徴: 筋肉を他人に動かしてもらったり、無理に伸ばそうとすると、激痛が生じます。 例: 足の指を上に動かそうとすると、ふくらはぎの裏側に強い痛みが走ることがあります。
- 腫れや硬さ(腫脹・緊満) 特徴: 患部(特にすね)が腫れたり、触ると硬く感じることがあります。 ポイント: 腫れは早期に見られることが多いですが、場合によっては外見だけでは分かりにくいこともあります。
- しびれや感覚の低下(知覚異常) 特徴: 神経が圧迫されることで、しびれたり、感覚が鈍くなることがあります。 ポイント: 患部を針で軽く刺したときに感覚が鈍い場合は、要注意です。
- 筋力の低下(筋力低下) 特徴: 筋肉を動かしにくくなり、力が入らなくなることがあります。 注意点: この症状が出ると、回復が難しいこともあるため、早急な治療が必要です。
- その他の症状 蒼白: 皮膚の色が青白くなる。 冷感: 患部が冷たく感じる。 脈拍の変化: すねより下の脈が触れにくくなることがあります。ただし、初期には脈が正常に感じられることも多いです。
下腿コンパートメント症候群の検査・診断
下腿コンパートメント症候群は、すねの筋肉や神経を包む部分(筋区画)の圧力が異常に高まる病気です。診断を正確に行うためには、症状の観察と必要な検査が重要です。以下に、一般の方にもわかりやすい形で説明します。筋区画内圧の測定
症状に加えて、「筋区画内圧」を測定することが診断を補完する重要な方法です。- 測定の方法 特別な針を筋区画に刺して、圧力を測定します。圧力が50mmHg以上の場合は、手術が必要と判断されます。圧力が30~50mmHgでも、症状がある場合は手術を検討します。
- 測定のタイミングと場所 症状がある筋区画を中心に測定します。必要に応じて、手術中や術後にも圧力を確認します。
その他の検査
以下の検査も診断や治療計画に役立ちます。- 血液検査 筋肉の損傷を示す数値(クレアチンキナーゼの上昇)が確認されることがあります。腎臓への影響(ミオグロビン尿による腎障害)もチェックします。
- 画像検査(超音波やCT) 血栓の有無や筋肉の腫れを確認するために行われます。造影剤を用いたCTで動脈が切れている部位を確認することもあります。
下腿コンパートメント症候群の治療
下腿コンパートメント症候群は、早期診断と迅速な治療が必要な病気です。治療が遅れると筋肉や神経が損傷し、後遺症が残る可能性があるため、注意が必要です。以下に治療法をわかりやすく説明します。治療の基本方針
- 早期診断と治療が最重要 症状に気づいたらすぐに医療機関を受診し、治療を始めることが大切です。
- 筋膜切開術が主な治療法 筋区画内の圧力を下げ、血液の流れを回復させるために、筋膜を切開する手術が行われます。
筋膜切開術(手術)
- 目的 筋区画内の圧力を減らして、筋肉や神経への血流を回復させること。
- 手術の方法 切開部位 下腿には「前方」「外側」「浅後方」「深後方」の4つの筋区画があります。原則として、すべての筋区画を開放します。切開する場所は、腓骨や脛骨を目安に行います。圧力をしっかり下げるために、切開は十分な長さで行います。
- 手術の流れ 麻酔をかけた後、筋膜を切開し、血液や腫れた組織を減圧します。切開後は生理食塩水で洗浄し、感染を防ぐための処置を行います。
- 術後の管理 開いた部分(創部)は手術後すぐにはあえて縫合しません。ガーゼや専用の治療器具を使って管理します。腫れが引いたら創部を閉じますが、必要に応じて皮膚移植が行われることもあります。
- 術後の管理と他の治療 感染予防と創管理 創部を定期的に洗浄し、感染を防ぐ処置を行います。ガーゼや専用の治療法(陰圧閉鎖療法やshoelace法)を用いて創部を閉じます。
- 疼痛管理 強い痛みがある場合は、鎮痛薬を使用します。
- 全身管理 圧挫症候群が併発している場合、腎臓の機能を保つための治療(輸液や透析など)を行います。
- 骨折の治療 骨折を伴う場合は、外固定器やプレート、髄内釘を用いて骨を安定させます。感染のリスクを避けるため、手術創と筋膜切開創を分けることがあります。
- リハビリテーション 創が治癒した後、早期からリハビリを開始し、関節の動きや筋力を回復させます。
下腿コンパートメント症候群になりやすい人・予防の方法
下腿コンパートメント症候群になりやすい人
- 外傷を受けた人 下腿骨骨折がある人: 特に開放骨折がある場合、リスクが高くなります。 高エネルギー外傷: 交通事故や転落などの大きな衝撃を受けた場合。 軟部組織の損傷がある人: 筋肉や血管が傷つくことで圧力が高まる可能性があります。 多発外傷を負った人: 複数箇所にけがをしている場合。
- 圧迫を受けた人 事故などで長時間圧迫された人: 倒壊した建物や車内に閉じ込められた場合。 手術中に特定の姿勢を長時間取った人: 特に婦人科手術などで5時間以上「砕石位」と呼ばれる姿勢を取った場合。 長時間同じ姿勢を続けた人: 倒れて動けない状態が続いた場合。
- 血管に問題がある人 血管が傷ついている人: 血行再建後の再灌流障害や深部静脈血栓症など。 動脈の閉塞症がある人: 血液の流れが妨げられる病気を持つ場合。
- その他のリスクがある人 若い人や男性: 年齢や性別がリスクに関係することもあります。 抗凝固薬を使っている人: 血液をサラサラにする薬が影響することがあります。 意識障害や鎮静状態の人: 自分で異変に気づけない場合。 熱傷(やけど)を負った人: やけどによる腫れが原因となることがあります。
下腿コンパートメント症候群の予防法
- 手術中の体位管理 長時間「砕石位」を取らないようにする。 2時間ごとに姿勢を変える: 下肢を少し下げるなどの工夫をします。 下腿への圧迫がないか、定期的に確認します。
- 外傷時の注意 外傷後、すねやふくらはぎの腫れや強い痛みを感じた場合は早めに医師の診察を受けてください。事故後に長時間圧迫された場合は、早急に専門的な診察を受けてください。
- 日常生活での注意 長時間同じ姿勢を避ける: 例えば、デスクワーク中は定期的に足を動かすように心がけます。 血管の健康を保つ: 動脈硬化などの基礎疾患がある場合は、定期検診を受けましょう。
- 早期診断と治療 下腿に強い痛みや腫れを感じたら、すぐに医療機関を受診してください。早期の治療が後遺症を防ぐ鍵になります。
関連する病気
- 脛骨骨折
- 筋挫傷
- 血腫
- 動脈閉塞
参考文献
- 神田倫秀, 三宅喬人, 水野洋佑, ほか. 下腿筋膜切開創の閉創方法 とタイミング~下腿コンパートメント症候群を合併した脛骨骨 折~. 骨折 2021;43:1102-7.
- 峰原宏昌,他 : 術後コンパートメント症候群.臨泌 72 : 370- 375, 2018




