

監修医師:
伊藤 規絵(医師)
目次 -INDEX-
遠位型ミオパチーの概要
遠位型ミオパチーは、主に体幹から離れた部位の筋肉が侵される遺伝性の筋疾患の総称です。
この疾患群には、少なくとも9つの異なるタイプが存在し、日本では特に「縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー」(GNEミオパチー)や「三好型ミオパチー」、および「眼咽頭遠位型ミオパチー」が報告されています。
「縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー」は、GNE(GlcNAc-2-epimerase:GNE)遺伝子の変異によって引き起こされます。この遺伝子は、シアル酸という糖の合成に関与する酵素をコードしており、両親から受け継いだGNE遺伝子に変異がある場合に発症します。これは常染色体潜性(劣性)遺伝(Autosomal Recessive inheritance:AR)の形式をとります。三好型ミオパチーも同様にARであり、特に下肢の後面筋群が侵されることが特徴です。症状は通常、成人期または老年期に出現し、進行性の筋力低下や筋萎縮が見られます。具体的には、前脛骨筋や腓腹筋など、足首や指先を動かす筋肉が最初に影響を受けます。これにより、歩行障害やつまずきが生じることがあります。また、嚥下障害や誤嚥性肺炎も合併することがあります。患者さんは平均して10数年で車椅子生活を余儀なくされることが多いようです。
診断は、臨床的特徴や筋生検による病理学的所見に基づいて行われます。特に「縁取り空胞」が特徴的な所見として認識されています。
治療法については、現在根本的な治療法は確立されておらず、対症療法が中心となります。遠位型ミオパチーは進行性であり、長期的な療養が必要です。
遠位型ミオパチーの原因
1)GNE遺伝子の変異
「縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー」は、GNE遺伝子のミスセンス変異によって引き起こされます。この遺伝子はシアル酸の合成に関与する酵素をコードしており、両方の親から受け継いだGNE遺伝子に変異がある場合にのみ発症します(AR)。シアル酸は細胞膜や神経系に重要な役割を果たす糖であり、その合成能力が低下することで筋肉の機能が障害されます。
2)三好型ミオパチー
DYSF遺伝子の変異により、この遺伝子は筋肉細胞の膜修復に関与するジスフェルリンというタンパク質をコードしています。これもまたARであり、両親から受け継いだ変異が必要です。
3)その他のタイプ
眼咽頭遠位型ミオパチーは、LRP12やGIPC1などの他の遺伝子変異が関与していることが報告されていますが、その原因はまだ完全には解明されていない部分もあります。
遠位型ミオパチーについて
厚生労働省の特定疾患(神経難病)に指定されており、治療費の助成を受けることができます。
遠位型ミオパチーの前兆や初期症状について
体の遠位部(手足の先端)、特に下肢や上肢の遠位筋から始まります。最初に前脛骨筋やふくらはぎの筋肉が影響を受けます。これにより、足首を持ち上げる力が低下し、小さな段差でつまずくことが増えます。患者さんは「足が上がらない」と感じたり、歩行時に不安定さを覚えることがあります。物を持つ際の握力が低下したり、細かい作業が難しくなったりします。例えば、ボタンをかけることや小物をつかむ動作が困難になることがあります。また、階段の昇降やつま先立ちができなくなるなど、日常生活においても支障をきたすようになります。
「眼咽頭遠位型ミオパチー」では、顔面や咽頭の筋肉も影響を受けるため、眼瞼下垂(まぶたが垂れる)や嚥下障害が見られることがあります。このタイプでは歩行以外にも、飲み込みにくさや視覚的な問題も伴うことがあります。
これらの症状は徐々に進行し、放置するとさらなる機能障害を引き起こす可能性があります。
遠位型ミオパチーの病院探し
脳神経内科(または神経内科)の診療科がある病院やクリニックを受診して頂きます。
遠位型ミオパチーの検査・診断
臨床的特徴、病理学的所見、遺伝子検査などを総合的に評価することによって行われます。主に下肢の遠位筋に影響を与える進行性の筋疾患であり、いくつかの異なるタイプが存在するので、患者さんの症状を詳細に評価することです。一般的には、筋力低下や筋萎縮が見られ、特に前脛骨筋や腓腹筋が影響を受けます。患者さんはつまずきやすくなり、物を持つ際の握力低下も報告されることがあります。これらの臨床的特徴は、発症年齢や進行速度によって異なります。
1) 問診
症状の経過や家族歴などを詳しく聞き取ります。
2) 身体検査
筋力テストや反射テストが行われ、特に下肢の筋力低下が確認されます。また、Barthel Indexなどの評価スケールを用いて日常生活動作の能力を測定し、重症度を分類します。
3)血液検査
血清クレアチンキナーゼ(CK)値の測定も重要です。遠位型ミオパチーではCK値が高値を示すことが多く、特に三好型ミオパチーでは1,000 IU/L以上になることがあります。この数値は筋肉の損傷を示す指標として利用されます。
4)筋生検
筋生検は診断において重要な役割を果たします。生検で得られた筋組織は病理学的に分析され、「縁取り空胞」や筋線維の壊死・再生変化が確認されることがあります。これにより、特定のタイプの遠位型ミオパチーを鑑別する手助けとなります。
5)遺伝子検査
遺伝子検査は、特定の遺伝子変異(例:GNE遺伝子やDYSF遺伝子)を確認するために行われます。これにより、疾患のタイプを特定し、家族内での遺伝的リスクを評価することが可能です。
診断基準
日本では「遠位型ミオパチー診断基準」が制定されており、「Definite」と「Probable」の2つのカテゴリーに分類されています。「Definite」は臨床的特徴と遺伝子検査結果が一致する場合、「Probable」は臨床的特徴のみで診断される場合です。これらの基準は、疾患の早期発見と適切な管理に寄与します。
遠位型ミオパチーの治療
現在、根本的な治療法は確立されていませんが、最近の研究により新たな治療薬が開発されつつあります。
1)薬物療法
2024年3月に承認されたアセノイラミン酸(商品名アセノベル®徐放錠500mg)は、GNEミオパチーに対する初の治療薬です。この薬剤は、シアル酸という糖の一種を補充するもので、GNE遺伝子の変異によってシアル酸の合成が低下する患者さんに対して効果を示します。臨床試験では、アセノベルの投与によって上肢筋力の低下が長期間にわたり軽減されることが確認されました。
2)対症療法
根本的な治療法がないため、対症療法が重要です。リハビリテーションや物理療法を通じて筋力維持や機能改善を図ります。特に、拘縮を防ぐためのストレッチや運動療法が行われます。また、歩行能力を維持するために装具を使用することもあります。HAL(ハイブリッドアシストリー:医療分野で使用されるロボット技術の一つ)医療用下肢タイプによる歩行リハビリテーションは保険適用となっており、患者さんの歩行能力を向上させる手助けとなります。
3)患者さん支援と生活改善
患者さんには長期的な療養が必要であり、生活の質を向上させるためには医療チームとの連携が不可欠です。定期的なフォローアップや心理的サポートも重要であり、患者さん自身や家族への教育も含まれます。これにより、自らの病状を理解し、適切な対策を講じることが可能になります。
遠位型ミオパチーの対処法
厚生労働省の特定疾患(神経難病)に指定されており、治療費の助成を受けることができます。
遠位型ミオパチーになりやすい人・予防の方法
遺伝性の筋疾患であり、特に「縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー」や「三好型ミオパチー」はARをとるため、両親から受け継いだ遺伝子に変異がある場合に発症します。したがって、遺伝的要因が主なリスク要因となります。特に血縁者間での結婚(血族婚)では、両親が保因者である可能性が高くなり、子供への遺伝リスクが増加します。GNE遺伝子やDYSF遺伝子など、特定の遺伝子に変異を持つ人は、疾患を発症する可能性があります。これらの遺伝子変異は、一般的には無症状の保因者でも見られることがあります。
遠位型ミオパチーの家族歴がある場合、遺伝カウンセリングを受けることで、リスク評価や妊娠時の選択肢について理解を深めることが重要です。特に結婚前や妊娠前にカウンセリングを受けることで、リスクを把握し適切な対策を講じることができます。遺伝的要因による発症を完全に防ぐことはできませんが、健康的な生活習慣を維持することで筋肉の健康を促進し、症状の進行を抑えることが期待されます。適度な運動やバランスの取れた食事は重要です。また、定期的な健康診断や筋力評価を行うことで、早期に異常を発見し適切な対策を講じることができます。特に筋力低下や運動機能に変化が見られた場合は、専門医への相談が推奨されます。
関連する病気
- 筋ジストロフィー
- ファシオスカピュロヒューマン型筋ジストロフィー
- ポンペ病
参考文献




