

監修医師:
山田 克彦(佐世保中央病院)
目次 -INDEX-
トリーチャーコリンズ症候群の概要
トリーチャーコリンズ症候群は、顔面骨と聴覚器の形成不全を主症状とする先天疾患です。1900年にイギリスの医師であるトリーチャーコリンズ氏が症例を報告したことが名前の由来で、日本での発生頻度は約5万人に1人であり男女差はありません。
知能は正常であることがほとんどです。
患者さんに特徴的な顔面の症状は、主に以下の4つです。
- 頬骨と下顎骨の形成不全
- 外耳ときに中耳の奇形
- 下眼瞼と睫毛欠損
- 毛髪位異常
それぞれの内容を確認しましょう。
頬骨と下顎骨の形成不全
患者さんのほとんどが、頬骨と下顎骨の形成不全により特徴的な顔貌となります。頬骨と眼窩外側の形成不全により、目が外側下方に傾斜して、鼻が相対的に大きく見えるのが特徴です。下顎骨が正常に発達しないことにより、歯並びの乱れや口腔機能の低下が見られ、新生児では気道の狭窄や哺乳がうまくできない場合もあります。
外耳奇形
患者さんの77%に、外耳ときに中耳の奇形がみられます。耳や耳たぶが小さいか、ない場合もあり、外耳道閉鎖を含む外耳形成異常の割合は36%です。罹患者の40-50%に伝音性難聴があり、その原因は主に耳小骨の奇形と中耳腔の低形成です。
下眼瞼と睫毛欠損
下瞼の欠損または亀裂は、患者さんの69%に見られます。瞼がないことにより目が外側下方に傾斜し、目がうまく閉じられないことで視力障害が生じることも少なくありません。睫毛が欠損し、涙器の形成不全も見られるため、目の二次障害には特に注意が必要です。目の組織が先天的に欠損していることをコロボーマといい、トリーチャーコリンズ症候群では眼瞼コロボーマとして扱われます。
毛髪位異常
毛髪位の異常は、患者さんの26%に見られます。耳の前方から頬骨にかけてまで髪が生えるのが特徴です。
トリーチャーコリンズ症候群の原因
患者さんの40%は親からの遺伝で、罹患者の親がいます。新生突然変異が全体の60%で、両親が健常者でも発症するケースは少なくありません。
遺伝による浸透率は90%以上と高くなっていますが、遺伝子変異を有するにも関わらず極めて軽微な症状しかなく診断されない例も報告されています。遺伝子の変異が起こる原因は、現在のところ不明です。
トリーチャーコリンズ症候群の前兆や初期症状について
トリーチャーコリンズ症候群は先天性の疾患で、特徴的な外見を有していれば、新生児期から診断が可能です。かかりつけの小児科医に相談しましょう。
顔面骨と聴覚器の形成不全以外には形成不全以外には身体障害がなく、知能も正常であることがほとんどです。トリーチャーコリンズ症候群に伴う初期の症状は、主に以下の3つです。
- 気道閉塞
- 視覚障害
- 聴覚障害
それぞれの内容を押さえておきましょう。
気道閉塞
下顎骨の形成不全や奇形により、気道閉塞の危険がある場合には、新生児の段階で速やかな治療が必要です。トリーチャーコリンズ症候群による新生児死亡のほとんどが、閉塞性睡眠時無呼吸によるものです。生後に症状がある場合は、小児科を受診してください。
視覚障害
眼窩外側・下瞼コロボーマ・涙器の欠損・睫毛の欠損などにより、視覚障害を伴う場合があります。形成不全の程度や二次障害の有無によって、視覚障害の程度も大きく異なります。視力喪失となる患者さんの割合は、全体の約37%です。視覚に問題がある場合には、眼科を受診してください。
聴覚障害
外耳の形成不全は、36%の患者さんに見られます。耳がないか極めて小さく、外耳道が閉鎖されていることがあります。罹患者の40-50%に伝音性難聴があり、耳小骨や内耳腔の低形成や欠損によるもので、外耳の形成不全と中耳の障害の間には強い相関がありますが、内耳は正常であることがほとんどです。先天性の奇形に伴う難聴であるため、年齢とともに症状が進行することはありません。聴覚に問題がある場合には、耳鼻咽喉科を受診してください。
トリーチャーコリンズ症候群の検査・診断
トリーチャーコリンズ症候群の検査・診断は、医師による視診のほか、以下のような検査があります。
- 出生前診断
- 遺伝子検査
- ほかの先天性障害との鑑別
それぞれの内容を下記で確認しましょう。
出生前診断
出生前の超音波検査により、特徴的な顔面骨形成異常が見られる場合は、出生前から遺伝子検査を行う場合があります。特に両親どちらかが罹患者である場合は、羊水か絨毛を採取して胎児のDNA検査が可能です。ほとんどの患者さんは顔面骨と聴覚器の形成不全だけで知能には影響がなく、治療によって日常生活が可能なため、通常は出生前検査の適応にはなりません。
遺伝子検査
トリーチャーコリンズ症候群の原因となる遺伝子は、TCOF1・POLR1D・POLR1Cの3つです。特にTCOF1の変異が、約80%の症例で検出されています。発端者の子どもは50%の確率で変異遺伝子を受け継ぎますが、どのような症状がでるかの予測は困難です。遺伝子変異があっても、まったく症状がでない場合があることが知られています。
ほかの先天性障害との鑑別
トリーチャーコリンズ症候群の症状は、ほかの先天性障害や病気と似ている場合があります。ほかの病気と区別するための特徴的な症状は、主に以下の2つです。
- 上ではなく下の瞼が欠損し左右対称である
- 顔面以外の四肢には異常がない
これらの外見的特徴と、遺伝子検査の結果を踏まえて確定診断となります。
トリーチャーコリンズ症候群の治療
トリーチャーコリンズ症候群は新生児期に重篤な気道障害が生じる事がありますが、新生児期を除けば生命の危機となることはありません。
治療は、個人個人の必要に合わせて、形成外科、耳鼻咽喉科、歯科、口腔外科、言語療法士、遺伝専門医、臨床心理士など、多職種による包括的なアプローチが推奨されます。身体の成長に合わせて必要に応じて数度の手術を行い、必要な機能を獲得できます。また、視覚障害や聴覚障害の対症療法的な治療も並行されます。
トリーチャーコリンズ症候群の主な治療は、以下の3つです。
- 気道管理
- 頭蓋顔面再建
- 補聴器の使用
それぞれの内容を押さえておきましょう。
気道管理
トリーチャーコリンズ症候群によって生命の危機が生じるのは、新生児期の気道狭窄によるものです。重症度の高い新生児期は特定体位や気道管理を行い、適切な管理が行われれば健常児と余命は変わりません。妊娠中に診断された場合は、速やかに気道確保を行うための準備をして出産に臨みます。下顎骨の形成不全が重度の場合は、その後も哺乳障害によって栄養不良となるため、栄養管理も不可欠です。気道確保しながら栄養を確保するためには、胃瘻造設術が必要となる場合もあります。
頭蓋顔面再建
トリーチャーコリンズ症候群による顔面の形成不全には、患者さん個々のニーズに応じた再建手術が行われます。手術は骨格の成長に合わせて行う必要があるため、通常は以下の3期に分けて検討することがほとんどです。
- 生後2歳まで
- 3歳~12歳
- 12歳~18歳
生後2歳までは、必要に応じて口蓋裂に対する口蓋形成術や、心疾患に対する手術が行われます。3歳~12歳では、下顎骨形成不全に伴う歯並びの乱れや発音障害の治療を目的とし、外耳形成や下顎骨伸長手術を検討します。これらの手術は、成長に合わせて数度の手術を繰り返す患者さんが少なくありません。
補聴器の使用
外耳道閉鎖による難聴を手術で治療するのは困難であるため、早期から骨伝導補聴器を使用します。新生児では、早期から補聴器を使用するのが言語習得のためにも重要です。耳が極めて小さいかまったくない場合、耳かけ式の補聴器を利用できないため、手術に埋込み型骨伝導補聴器を使用します。内耳は正常であることがほとんどであるため、補聴器を利用すれば良好な聴覚機能を得られます。
トリーチャーコリンズ症候群になりやすい人・予防の方法
トリーチャーコリンズ症候群の患者さんの40%は親からの遺伝ですが、60%は新生突然変異であり、予防や予測は困難です。
発端者から生まれて遺伝子変異を受け継いでいる子であっても発症しない場合があり、その原因はわかっていません。
予防やなりやすい人の見極め方法は、現在のところありませんので、病気に対する理解を持って接することがすべての人に求められます。
参考文献




