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前田 佳宏

監修医師
前田 佳宏(医師)

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島根大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科に入局後、東京警察病院、国立精神神経医療研究センター、都内クリニックにて薬物依存症、トラウマ、児童精神科の専門外来を経験。現在は和クリニック院長。愛着障害やトラウマケアを専門に講座や情報発信に努める。診療科目は精神神経科、心療内科、精神科、神経内科、脳神経内科。 精神保健指定医、認定産業医の資格を有する。

妄想性障害の概要

妄想性障害は、現実とは異なる内容を強く信じ込み、その妄想を修正することが困難な状態が続く精神疾患です。周囲の現実や客観的な証拠に反する誤った考えにも関わらず、本人が正しいと信じ込み、訂正が困難です。例えば、自分が政府の陰謀に巻き込まれている、隣人が危害を加えようと企んでいる、などを信じて疑わず、それが少なくとも1ヶ月以上持続します。

ただし、統合失調症などと違い、妄想以外の思考や日常生活の機能はおおむね保たれているのが妄想性障害の特徴です。

妄想性障害の患者さんは、自分の妄想が正しいと信じ込んでいるため、早期受診や治療につながりにくい疾患です。

妄想性障害の原因

妄想性障害の原因はまだ解明されていませんが、さまざまな要因が絡み合って発症すると考えられています。具体的には、以下のような要因が妄想性障害の発症に関与すると考えられています。

遺伝的要因

家族に妄想性障害や統合失調症の患者さんがいる場合、発症しやすいことが報告されています。遺伝的素因が一因となっている可能性がありますが、遺伝だけで発症が決まるわけではなく、遺伝的ななりやすさに環境要因などが加わって、発症リスクが高まると考えられます。

生物学的要因

脳内のドーパミンなど神経伝達物質の異常が関与していると考えられています。

心理的要因および環境要因

社会的な孤立強いストレスにさらされる環境は、妄想性障害の発症リスクを高めるとされています。またアルコールの過剰摂取や薬物乱用も、妄想症状を誘発または悪化させる要因となり得ます。

妄想性障害の前兆や初期症状について

妄想性障害の症状は妄想ですが、その前兆や初期症状は、一見すると性格の変化や人間関係の問題として現れることがあります。以下のような兆候がみられる場合は初期症状の可能性があります。

  • 自分が利用されていると感じている
  • 周囲の方に対する過度な疑念や不信感をもつ
  • 執拗に恨みを抱く
  • 些細なことでも敵意を感じる
  • ちょっとしたことですぐに反応し、怒ったり反撃したりする

このような症状は妄想性障害の前兆の可能性があります。またこれらの変化により、家庭内や職場でトラブルが増えてくることも兆候の一つです。

こういった症状がみられた場合は、精神科または心療内科を受診しましょう。症状が進行する前に適切な評価を受けることで、治療につながる可能性が高まります。

妄想性障害の検査・診断

妄想性障害の診断は、問診や心理検査などが行われます。問診とは、症状やこれまでの経緯などを聞き取る作業で、妄想性障害の診断において、問診による詳細な病歴の聴取が必要です。

妄想性障害の診断には、国際的に認められた基準が用いられており、主にDSM-5-TRという基準が使用されています。DSMとはDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersの略です。日本では、精神疾患の診断・統計マニュアル第5版と呼ばれています。米国精神医学会が発行している基準であり、これに基づいて解説します。

DSM-5-TRには妄想性障害の診断基準として、以下の5つの項目が挙げられています。これらを満たす場合に、妄想性障害と診断されます。

  • 1つ以上の妄想が1ヶ月以上持続している
  • 統合失調症に特徴的な症状がみられたことが、一度もない
  • 妄想またはその影響を除けば、社会的な機能は著しく障害されておらず、その行動も目立って奇異であったり奇妙であったりはしない
  • 躁病や重度のうつ病の症状があった場合でも、その期間は妄想のみられる期間と比べて短い
  • 物質(薬物など)やほかの身体疾患、ほかの精神障害による影響ではない

また、必要に応じて血液検査や画像検査などを行い、身体の病気が妄想の原因となっていないかを確認します。

妄想性障害にはいくつかのタイプがあります。妄想性障害と診断されたら、次に妄想の内容に応じて次の7つに分類されます。

被愛型

誰かが自分に恋をしているという内容の妄想である場合を被愛型といいます。多くは、著名人や上司など高い地位の人物が自分に恋をしていると思い込みます。これらの方に接触を試みる行動がみられることがあります。

誇大型

自分には偉大な才能や洞察力がある、重要な発見をした、自分は著名人である、などの内容の妄想である場合を誇大型といいます。ほかにも宗教的内容を伴うことがあります。

嫉妬型

配偶者または恋人が不貞を働いているという妄想の内容である場合を嫉妬型といいます。根拠もなしに配偶者や恋人の不貞を確信します。また、わずかな証拠、例えば服の乱れなどに基づき誤った推論を行います。

被害型

自分が陰謀や嫌がらせの被害者だという妄想の内容である場合を被害型といいます。陰謀に巻き込まれている、騙されている、監視されている、毒を盛られている、中傷されている、嫌がらせを受けている、または長期目標の達成を妨害されているなどと確信しています。

身体型

身体の機能や感覚に関する妄想である場合を身体型といいます。例えば、体臭がする、皮膚や体内に寄生虫がいる、などの内容です。

混合型

複数の妄想がありますが、そのなかで内容に明確な単一のテーマがない場合を混合型といいます。

特定不能型

優勢な妄想内容が特定できない、またはこれまで挙げた特定のタイプ(例:被害型、誇大型など)に分類できない場合に、特定不能型といいます。

妄想性障害の治療

妄想性障害の治療は、精神療法薬物療法を組み合わせて行います。妄想性障害は薬だけで治療するのが難しく、対話によるアプローチである精神療法が欠かせません。しかし、患者さん本人は妄想の内容を信じ込んでおり、自分が病気であるという自覚が乏しいため、自ら進んで治療を希望するケースは多くありません。

精神療法

精神療法は、対話を通じて、患者さんが自分の感情や考え方を見直し、問題を理解することで対処法を見つけ、克服しようとする治療法です。妄想性障害に対する精神療法としては、認知行動療法支持的精神療法などがあります。

認知行動療法

認知行動療法とは、物事のとらえ方と思考パターンに焦点を当て、現実とは異なっている考え方や思い込みに自分自身で気付き、それを現実に沿ったとらえ方や考え方に修正していく精神療法です。

支持的精神療法

認知行動療法は患者さんの考え方の変化を目指す治療ですが支持的精神療法はそういった変化を目的としません現在患者さん自身が持っている資質を強化し、うまく活かせるように支援する精神療法です。

薬物療法

妄想性障害の薬物療法では、主に抗精神病薬と呼ばれる薬を用います。抗精神病薬は、脳内の神経伝達物質のバランスを調整することで妄想や幻覚を和らげる薬です。特にドーパミンという物質の活動を抑制し、妄想を軽減したり改善させたりする効果が期待されます。

妄想性障害になりやすい人・予防の方法

妄想性障害になりやすい人の特徴や要因として、いくつか知られているものがあります。

  • 中年以降に発症しやすい
  • 家系内に統合失調症や統合失調型パーソナリティ障害の患者さんがいる
  • 家系内に妄想性障害の患者さんがいる
  • 社会的に孤立している

ほかにも、男女差は大きくないものの、嫉妬妄想や被害妄想は男性に多く、恋愛妄想は女性に多いという報告もあります。

妄想性障害を予防する方法はありませんが、リスクを減らすことができる可能性があります。社会的に孤立し意思疎通が乏しい状況では、妄想が生じやすいことが知られており、孤立を防ぎ、ストレスをため過ぎない生活習慣を心がけることも、その一つです。

完全に予防をすることは難しい病気ですので、早期発見と治療が重要です。早めに精神科を受診することで、生活面や社会的な影響を少なくすることができる可能性があります。しかし一方で、妄想性障害の患者さんは病識に乏しいため早期受診が難しい現実があります。ご家族や周囲の方が異変に気付いたものの、受診につなげることが難しいかもしれません。負担が大きい場合には、相談できる方や周りを頼ることも重要な対処方法です。

関連する病気

参考文献

  • American Psychiatric Association, Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders,
    5th edition (DSM-5), Text Revision (pp.104-108)
  • Cleveland Clinic, (2022.5.22), DISEASES&CONDITIONS, Delusional Disorder
    https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/9599-delusional-disorder(検索日 2025年5月2日)

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