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睡眠相後退症候群
伊藤 規絵

監修医師
伊藤 規絵(医師)

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旭川医科大学医学部卒業。その後、札幌医科大学附属病院、市立室蘭総合病院、市立釧路総合病院、市立芦別病院などで研鑽を積む。2007年札幌医科大学大学院医学研究科卒業。現在は札幌西円山病院神経内科総合医療センターに勤務。2023年Medica出版社から「ねころんで読める歩行障害」を上梓。2024年4月から、FMラジオ番組で「ドクター伊藤の健康百彩」のパーソナリティーを務める。またYou tube番組でも脳神経内科や医療・介護に関してわかりやすい発信を行っている。診療科目は神経内科(脳神経内科)、老年内科、皮膚科、一般内科。医学博士。日本神経学会認定専門医・指導医、日本内科学会認定内科医・総合内科専門医・指導医、日本老年医学会専門医・指導医・評議員、国際頭痛学会(Headache master)、A型ボツリヌス毒素製剤ユーザ、北海道難病指定医、身体障害者福祉法指定医。

睡眠相後退症候群の概要

睡眠相後退症候群(Delayed Sleep Phase Syndrome:DSPS)(別名:睡眠・覚醒相後退障害(Delayed Sleep-wake Phase Disorder)は、概日リズム睡眠障害の一種で、体内時計の乱れにより睡眠-覚醒リズムが通常よりも遅れる状態を指します。この障害を持つ人々は、通常午前1時から4時頃に就寝し、昼近くに起床する生活パターンを示します。これは、体内時計が通常の24時間周期よりも長く設定されていることが原因の一つと考えられています。

主な特徴は、就寝時間と起床時間の後退や社会生活への支障(遅刻、欠勤、学業成績の低下など)、睡眠不足による日中の眠気や集中力低下です。DSPS の正確な原因は不明ですが、メラトニン分泌リズムの乱れや光曝露のタイミングの不適切さ、遺伝的要因、生活習慣(夜型生活、ブルーライトの過剰曝露など)の要因が関与していると考えられています。診断は主に詳細な睡眠歴の聴取とアクチグラフィーなどの客観的評価に基づいて行われます。治療には時間療法(就寝時間を徐々に目標時刻に近づける)や光療法(朝の光曝露を増やし、夜間の光曝露を制限する)、メラトニン投与(体内時計の調整を助ける)、行動療法(睡眠衛生の改善や生活リズムの調整)があります。慢性化すると生活の質に重大な影響を及ぼす可能性があります。そのため、早期発見と適切な介入が重要です。

睡眠・覚醒相後退障害(Delayed Sleep-wake Phase Disorder:DSWPD)

DSPSは、従来から使用されてきた呼称です。一方、DSWPDは、より新しい呼称であり、国際疾病分類第11版(ICD-11)(2018年6月に公表され、2019年5月のWHO総会で承認)で採用されています。

睡眠相後退症候群の原因

複数の要因が関与していると考えられています。

  • 体内時計の乱れ
    視交叉上核という脳の領域が概日リズムを制御していますが、DSPSではこの機能に異常が生じています。
  • メラトニン分泌の異常
    睡眠を促すホルモンであるメラトニンの分泌タイミングが遅れることが関係しています。
  • 神経伝達物質の不均衡
    ドーパミンなどの神経伝達物質のバランスが崩れることで、覚醒と睡眠のリズムが乱れる可能性があります。
  • 環境要因
    不適切な光曝露や生活習慣(夜型生活など)も症状を悪化させる要因となります。

これらの要因が複雑に絡み合い、個人の睡眠-覚醒リズムを後退させ、DSPSの症状を引き起こすと考えられています。

睡眠相後退症候群の前兆や初期症状について

通常の就寝時刻よりも徐々に遅くなり、深夜0時以降に眠くなる傾向が出始めます。さらに、朝の起床が徐々に困難になり、目覚まし時計を何度も止めてしまう、または起きられずに寝過ごすことが増えます。社会的に求められる時間に起きると、日中に強い眠気を感じるようになります。そして、夕方から夜にかけて最も活動的になり、夜更かしが習慣化し始めます。また、無理に早起きすると、吐き気、めまい、食欲不振、だるさなどの症状が現れることがあります。これらの症状が2週間以上続き、日常生活に支障をきたす場合は、DSPSの可能性があります。

睡眠相後退症候群の病院探し

小児科精神科脳神経内科(または神経内科)睡眠専門の診療科がある病院やクリニックを受診して頂きます。

睡眠相後退症候群の検査・診断

  • 問診と睡眠日誌
    詳細な睡眠歴の聴取が診断の基本となります。問診では患者さんの睡眠パターン、生活習慣、症状の経過などを詳しく聞き取ります。また、患者さんに1〜2週間の睡眠日誌をつけてもらい、就寝時刻、起床時刻、睡眠の質などを記録します。
  • アクチグラフィー
    腕時計型の装置を装着し、体動を記録することで睡眠-覚醒リズムを評価します。通常2週間程度の測定を行い、睡眠パターンの客観的なデータを得ます。
  • 体温測定
    深部体温のリズムを測定することで、体内時計の状態を評価します。耳式体温計などの非侵襲的な方法で24時間以上にわたって定期的に測定を行い、体温リズムを評価します。体温の低下は睡眠の開始と関連しており、DSPSでは体温低下のタイミングが遅れることで、就寝時刻も遅くなります。

診断基準

国際睡眠障害分類第3版(ICSD-3)の診断基準に基づいて診断が行われます。
主な基準は以下となります。

  • 睡眠相の遅延
    就寝時刻と起床時刻が望ましい時間よりも著しく遅れており、通常の社会的・職業的スケジュールに適応できない
  • 持続性
    症状が少なくとも3ヶ月以上持続している
  • 自由なスケジュール下での正常化:自由に睡眠スケジュールを選べる場合、睡眠の質や量が正常である
  • 客観的評価
    睡眠日誌やアクチグラフィーで、少なくとも7日間以上にわたり睡眠相の遅延が確認される
  • 生活機能障
    学校や仕事への遅刻・欠席、日常生活の質の低下など、社会的機能に支障をきたしている
  • 他疾患の除外
    他の睡眠障害、精神疾患、薬物使用などによる影響が除外されている

これらの検査と診断基準を総合的に評価し、DSPSの診断が行われます。早期発見と適切な介入のために、専門医による正確な診断が重要です。

鑑別診断

ほかの睡眠障害や精神疾患、例えば、不眠症やうつ病、概日リズム睡眠障害の他のタイプ(例:非24時間睡眠覚醒症候群)などとの鑑別が重要です。

非24時間睡眠覚醒症候群

体内時計が約25時間の周期で動くため、毎日就寝時刻と起床時刻が遅れていく睡眠障害です。これにより、夜間の睡眠と日中の覚醒が逆転し、昼間に過度の眠気を感じることが多くなります。特に高度の視覚障害者で比較的多く報告されており、光による体内時計の調整が困難なことが原因とされています。治療はメラトニンの投与が第一選択となります。

睡眠相後退症候群の治療

非薬物療法薬物療法に分けられます。

非薬物療法

  • 光療法
    朝の光曝露を増やし、体内時計を調整します。明るい光を浴びることで、メラトニン分泌を抑制し、覚醒を促進します。
  • 時間療法
    就寝時間と起床時間を徐々に目標時刻に近づけていきます。急激な変更は避け、15分ずつ調整していくことが推奨されます。
  • 適切な睡眠習慣の確立:夜間のブルーライト曝露を制限し、規則正しい生活リズムを維持します。

薬物療法

  • メラトニン製剤
    就寝前にメラトニンを服用することで、睡眠のタイミングを調整します。
  • アリピプラゾール(ドパミンD2受容体部分アゴニスト)
    微量で用いることにより、効果的であることが示されています。視交叉上核に直接作用し、体内時計を調整する効果があると考えられています。ただし、DSPSに用いることは適応外使用です。
  • レンボレキサント(オレキシン受容体拮抗薬)
    不眠症治療薬として使用され、DSPSの早寝対策にも効果があります。

治療の選択は個々の患者さんの状態や症状の程度によって異なります。また、非薬物療法と薬物療法を組み合わせることで、より効果的な治療が可能になります。重要なのは、単に薬物に頼るのではなく、生活リズムの見直しや睡眠環境の改善など、包括的なアプローチを行うことです。また、治療効果は徐々に現れるため、継続的な取り組みが必要です。専門医の指導のもと、個々の患者さんの状況に応じた適切な治療法を選択することが、DSPSの管理において重要です。

睡眠相後退症候群になりやすい人・予防の方法

なりやすい人には、思春期の若者や夜型の生活習慣を持つ人、ブルーライトの過剰曝露がある人(スマートフォンやパソコンの長時間使用)、不規則な生活リズムの人、遺伝的要因を持つ人などが挙げられます。予防方法としては、 規則正しい睡眠スケジュールの維持や夜9時以降のブルーライト曝露の制限、朝の光療法(起床後すぐに明るい光を浴びる)、 適切な睡眠時間の確保(成人7-9時間、中高生8-10時間、小学生9-11時間)、夜間の過度な活動や勉強を避ける、睡眠環境の整備(適切な温度、湿度、静かな環境)などがあります。

これらの予防策を日常生活に取り入れることで、DSPSのリスクを軽減できる可能性があります。特に思春期の若者は生活リズムが乱れやすいため、幼少期からの適切な睡眠習慣の確立が重要です。

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