監修医師:
林 良典(医師)
目次 -INDEX-
神経性やせ症の概要
神経性やせ症は、主に若い女性に多く見られる心身の病気で、心理的な要因によって過度な体重減少が引き起こされる疾患です。経済的に発展した国で多く見られ、日本の女子高校生では有病率が0.17~0.56%と報告されており、一般的な病気となっています。
神経性やせ症の原因
神経性やせ症(anorexia nervosa)は、以下のような複数の要因が関わっていると考えられています。
1.個人的要因
遺伝的要素
家族に神経性やせ症の人がいる場合、発症リスクが上がることがあります。
性格
完璧主義や不安を感じやすい性格が影響することがあります。
思春期の心理
自信のなさや体型へのこだわりが、神経性やせ症につながる場合があります。
ダイエット
やせたい気持ちやダイエットがきっかけになることがあります。
2.社会・環境的要因
やせへの社会的価値観
メディアが「やせ=美」とする影響が大きいです。
ストレスや家庭環境
学校や家庭での問題やストレスがリスクを高めます。
職業や活動
バレエやダンスなど、体型維持が求められる分野において発症リスクが高まることが報告されています。
3.生物学的要因
神経やホルモンの変化
脳内の物質やホルモンの変動が神経性やせ症の発症に関わるとされています。
遺伝と環境の相互作用
遺伝と環境が影響し合い、神経性やせ症リスクが高まります。
これらが複雑に絡み合い、神経性やせ症の発症に関わると考えられています。
神経性やせ症の前兆や初期症状について
神経性やせ症は、初期段階では気づかれにくいですが、以下のような前兆や症状があります。
1.体重の変化
- 急激な体重減少やBMIの低下(17未満)に注意。
- 成長期の体重が成長曲線から大きく外れる場合も要注意。
2.食行動の変化
- 食事量が減る、特定のものだけを食べる。
- 摂取カロリーを過度に気にし、食事に長時間かける。
3.体型認識の歪み
- やせているのに体重増加を強く恐れる。
- 自分の体型に強い不満を持つ、低体重の深刻さを認めない。
4.身体的症状
- 低体温、低血圧、無月経、便秘や腹痛など。
5.精神・心理的症状
- 過活動、抑うつや不安、集中力低下、不眠やイライラ。
これらの症状がある場合は自己判断せず、早めに精神科、内科に相談することが重要です。
神経性やせ症の検査・診断
神経性やせ症の診断には、患者さんの話を聞くこと(問診)がとても重要ですが、さまざまな検査も診断や体の異常を確認するために役立ちます。
1.身体診察と問診
身体計測
身長、体重、BMIを測り、やせの程度を評価します。成長期の子どもや若者の場合は、成長曲線と比較することもあります。
バイタルサイン
血圧、脈拍、体温を測り、低血圧や低体温の有無を確認します。
身体の状態確認
皮膚の乾燥、うぶ毛、心音、呼吸音などを診察して、神経性やせ症の特徴や合併症を確認します。
詳細な問診
食事の様子や体型への意識、ダイエット歴、運動習慣、月経の状態、精神面(不安、抑うつなど)を詳しく聞き取ります。
2.臨床検査
血液検査
電解質(カリウムなど)、肝機能、腎機能、血糖、血液の成分、甲状腺ホルモン、コレステロール、アミラーゼなどを測定して体の異常を確認します。神経性やせ症では、低血糖や低カリウムなどの異常が出ることがあります。
尿検査
尿の中に含まれるタンパク質や糖分などを調べて、腎臓や尿路に問題がないか確認します。
心電図
心臓の動きを確認し、不整脈や心筋の異常を調べます。低栄養の状態だと、心電図の異常が出ることがあります。
骨密度測定
骨の強さを測る検査で、やせによって骨がもろくなっていないかを確認します。
3.質問紙検査と面接法
質問紙検査
摂食障害の可能性を確認するためのアンケート(EAT26、EDE-Qなど)を使います。
例:EAT26
EAT-26は、摂食障害のリスクを評価するための26項目の質問で構成されたテストです。質問は以下のテーマに基づいています:体型や体重へのこだわり(例:「自分の体型が気になる」)、食事の制限(「食べる量を意図的に減らしている」)、過食やコントロール喪失(「短時間で大量に食べることがある」)、不健康な体重管理行動(「食事後に嘔吐することがある」)。
回答は6段階のLikertスケール形式で、特定の回答にスコアが割り当てられます。合計点が20点以上の場合、摂食障害のリスクが高いとされ、さらなる専門的評価が推奨されます。一方、20点未満でも健康的な食習慣の確認が必要です。
専門家による面接
摂食障害の専門家が面接を行い、症状の重さを確認し、診断基準に沿って診断を行います。
神経性やせ症の治療
神経性やせ症の治療では、体重を増やして体と心を安定させることが重要です。治療には心理療法、栄養療法、薬物療法を組み合わせ、患者さん一人ひとりに合った方法で進めていきます。
治療の目標
体の安定化
低血糖や電解質の異常を改善し、体が危険な状態から回復すること。
体重の回復
BMI 19 kg/m²程度を目指し、少しずつ体重を増やしていくこと。
食行動の改善
健康的な食生活を送り、食や体型に対する考え方を見直すこと。
社会生活の回復
学業や仕事、友人関係などを取り戻すこと。
治療方法
1.栄養療法
再栄養療法
体が栄養不足になっている場合、カロリーを少しずつ増やしていきます。ただし、急に増やしすぎると「リフィーディング症候群」という合併症が起こることがあるため、電解質のバランスを確認しながら進めます。
食事指導
栄養バランスの良い食事をとるよう指導し、患者さんが食に対する不安を克服できるようサポートします。
過食への対応
過食の衝動を抑える方法やストレスの対処法を指導し、必要に応じて薬も使います。
2.心理療法
認知行動療法(CBT-E)
やせたいという強い思い込みや体型に対するこだわりを改善するための心理療法です。思春期の場合は、家族の協力も必要です。
家族療法(FBT)
家族も治療のサポート役として参加し、患者さんの食事や行動を支えます。特に発症から3年未満の若年者に効果があります。
支持的精神療法
不安や悩みを話し、自尊心の向上や人間関係の改善を目指します。
3.薬物療法
抗うつ薬
気分が落ち込みやすい場合に使用しますが、副作用に注意が必要です。
抗精神病薬
過食や拒食などの改善を目指します。
骨密度改善薬
骨粗しょう症の予防や治療のために使いますが、若い人や妊娠を希望する場合は使用しません。
神経性やせ症になりやすい人・予防の方法
神経性やせ症は、体や心、環境が関わる複雑な病気です。予防には、いろいろな要因に目を向けることが大切です。
- 1.「やせ=美しい」という考え方を見直す
- 2.ストレスをためない工夫
- 3.健康的な食生活と運動習慣
- 4.自己肯定感を高める
- 5.家族や周りのサポート
- 6.学校でのサポート
参考文献
- 神経性食欲不振症のプライマリケアのためのガイドラ イン(2007 年),中枢性摂食異常症,難病情報センター
- 日本摂食障害学会:摂食障害治療ガイドライン,医学 書院,東京,2012