

監修医師:
高橋 孝幸(医師)
プロフィールをもっと見る
国家公務員共済組合連合会 立川病院 産婦人科医長。大阪市立大学卒業後、慶應義塾大学大学院にて医学博士号を取得。足利赤十字病院、SUBARU健康保険組合 太田記念病院、慶應義塾大学病院の勤務を経て、現職。理化学研究所 革新知能統合研究センター 遺伝統計学チーム/病理解析チーム 客員研究員。診療科目は産婦人科、消化器内科、循環器内科。日本産科婦人科学会専門医・指導医。専門は婦人科腫瘍、がん治療認定医、日本産科婦人科学会内視鏡技術認定医(腹腔鏡)、ロボット支援下手術など。診療科目は産婦人科、消化器内科、循環器内科。
目次 -INDEX-
卵円孔開存の概要
卵円孔開存は、先天的に心臓の右心房と左心房を隔てる壁(心房中隔)にある卵円孔という穴が、生後に完全に閉じず開いたまま残っている状態を指します。 胎児期にはこの卵円孔を通じて右心房の血液が左心房に流れ込み、胎盤から供給される酸素を全身に送る役割を果たしています。通常、出生後数日から数ヶ月でこの穴は自然に閉じますが、成人の約25%では卵円孔が完全に閉じず、開存したままになるとされています。卵円孔開存自体は多くの場合、無害で自覚症状もなく経過し、健康上問題を起こすことはありません。 しかし、卵円孔開存があると、まれに血栓と呼ばれる塊が静脈から心臓の右房に入り、開いた卵円孔を通って左房へ抜けて全身の動脈側に流れ出ることがあります。その血栓が脳の動脈を詰まらせると脳梗塞や一過性脳虚血発作を引き起こす原因となります。実際、卵円孔開存を持つ方に脳梗塞が起こる確率は高くありませんが、特に若い年齢で原因不明の脳梗塞が起きた場合に、卵円孔開存が関与している可能性があります。卵円孔開存の原因
卵円孔開存は先天的な心臓の構造異常ですが、なぜ卵円孔が出生後に閉じず残ってしまうのか、その詳しいメカニズムは明らかになっていません。 成人の約4人に1人にみられる頻度の高い先天性の心臓構造異常であり、通常は健康に影響を及ぼしません。したがって生活習慣や後天的な病気によって起こるものではなく、生まれつき心房中隔に小さな開口部が残存したものだといえます。なお、心房中隔に恒常的な孔が空いている心房中隔欠損症とは異なり、卵円孔開存では心房中隔自体は存在していて、弁のような薄い膜が残るものの密着しきらずに隙間が開いている状態です。卵円孔開存の前兆や初期症状について
卵円孔開存そのものは通常、自覚できる症状を引き起こしません。卵円孔が弁のように機能しており、心臓内の血液の流れに大きな乱れが生じないため、動悸や息切れ、胸痛といった一般的な心臓病の症状は現れないのが普通です。多くの方は卵円孔開存があってもそれだけでは気付かず生活しています。 しかし、何らかの拍子に静脈の血栓が卵円孔を通ってしまうと、脳の血管が詰まって神経症状が現れることがあります。例えば、軽症の場合は一時的な頭痛やめまい、視野の異常(視野が欠ける、二重に見えるなど)といった症状のみで自然に治ることもあります。重症の場合は片側の手足が麻痺したり、うまく話せなくなるなどの脳梗塞に典型的な神経症状が生じます。このように卵円孔開存による脳梗塞や一過性脳虚血発作が初めての症状となり、そこで初めて卵円孔開存が発見されるケースも少なくありません。 もし若い方で突然このような神経症状が起きた場合は、脳神経内科を早急に受診するようにしてください。脳梗塞が疑われる場合にはMRIなどの検査によって脳の状態を評価したうえで、原因の精査が行われます。原因不明の脳梗塞で卵円孔開存が疑われた場合には、循環器内科で心臓の超音波検査などを受け、卵円孔開存の有無を詳しく調べることになります。実際の診療では、脳神経内科医と循環器内科医が連携して原因究明と治療方針を行います。卵円孔開存の検査・診断
卵円孔開存を疑う症状がある場合、さまざまな検査を行い、診断を確定します。頭部MRI・CT
脳の画像検査で、脳梗塞が起きていないか、起きていればその部位や範囲を確認します。心臓超音波検査
胸に当てたプローブ(経胸壁エコー)や飲み込んだ細いプローブ(経食道エコー)で心臓内部を観察します。心臓超音波検査は心臓の構造や動き、血流などを調べ、卵円孔開存の有無を確認する検査で、疑いがある場合には特に重要な検査となります。 通常、卵円孔開存があっても静かにしている状態では血流に大きな異常は見られないため、エコー検査中にいきんだり息を止めたりして右心房の圧を高める工夫をします。また、必要に応じて生理食塩水を泡立てた微小な泡を静脈から注射し、エコーでその泡が心臓の左房側に移るかどうか(右→左シャントの有無)を確認するコントラスト心エコー(バブル試験)を行います。これによって小さな卵円孔開存も検出することが可能です。心電図検査
心電図検査は、心臓の電気的な動きを調べる検査です。心電図だけでは卵円孔開存の有無は判断できませんが、もし脳梗塞が疑われる場合には、不整脈(心房細動など)が起きていないか確認してほかの原因による脳梗塞を除外する目的で行われます。 このような各検査を行い、卵円孔開存の有無やほかの疾患との鑑別を行います。卵円孔開存の治療
卵円孔開存があっても脳梗塞などの問題を起こしていない場合は、基本的に治療の必要はありません。一方で、卵円孔開存が原因と考えられる脳梗塞を発症した場合は、再発予防のために次のような治療法が検討されます。薬物療法
卵円孔開存があると、血栓を生じることで脳梗塞に至る危険性があります。その血栓を生じにくくするために、血液を固まりにくくする薬(抗血小板薬や抗凝固薬)を継続して服用する場合があります。具体的には、抗血小板薬(アスピリン)や抗凝固薬(ワルファリン)を用いて血栓の発生を抑えます。これら薬剤の服用は有効な治療ですが、生涯にわたり薬を飲み続ける必要があり、副作用として出血のリスクがある点に留意が必要です。カテーテル治療
カテーテル治療では、卵円孔開存をデバイス(閉鎖栓)で塞ぐ方法です。脳梗塞の再発リスクが高いと判断された場合に選択され、2019年から日本でも保険適用となりました。足の付け根の静脈からカテーテルを挿入し、心房中隔の開いた卵円孔部分に専用の閉鎖デバイスを留置して穴を閉じます。開胸手術を必要としない低侵襲の治療で、局所麻酔または全身麻酔下で行います。臨床試験では、カテーテルによる卵円孔閉鎖を行うことで薬物治療のみの場合と比べて脳梗塞再発リスクが有意に低減することが示されており、若年の潜因性脳梗塞患者さんに対する有効な再発予防策として期待されています。手術(外科的閉鎖)
手術では心房中隔を縫合することで穴を閉じます。近年はカテーテル治療の発達により開心術が行われるケースは減ってきていますが、カテーテルで閉じることが難しい場合やほかの心臓手術を同時に行う必要がある場合には、外科手術によって卵円孔を閉鎖することもあります。卵円孔開存になりやすい人・予防の方法
卵円孔開存は先天的な構造の違いであり、卵円孔開存になりやすい方の特徴や確実な予防法は明らかになっていません。しかし、卵円孔開存があると脳梗塞を起こすリスクがわずかに高まるため、卵円孔開存と診断された場合には脳梗塞発症リスクを下げることが重要となります。一般に、脳梗塞のリスクを高める要因として、不整脈(心房細動)や高血圧、糖尿病、脂質異常症などが挙げられます。これらの危険因子をお持ちの場合はしっかり治療し、日頃から食事や運動など生活習慣の改善に努めましょう。喫煙習慣がある方は禁煙も大切です。 また、卵円孔開存は症状がないまま経過することが多く、健診やほかの病気の検査で偶然見つかるケースも少なくありません。そうした理由から定期的に健康診断を受けることが望ましく、体調に気になる変化があった際にも早めに医療機関を受診することが予防の観点から重要です。特に長時間の移動時には適度に身体を動かし、水分補給を心がけるなど、いわゆるエコノミークラス症候群(深部静脈血栓症)を予防する工夫も有効でしょう。日頃から生活習慣を整えることで、卵円孔開存があっても脳梗塞など重篤な事態を避けられる可能性が高まります。参考文献




