

監修医師:
高宮 新之介(医師)
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昭和大学卒業。大学病院で初期研修を終えた後、外科専攻医として勤務。静岡赤十字病院で消化器・一般外科手術を経験し、外科専門医を取得。昭和大学大学院 生理学講座 生体機能調節学部門を専攻し、脳MRIとQOL研究に従事し学位を取得。昭和大学横浜市北部病院の呼吸器センターで勤務しつつ、週1回地域のクリニックで訪問診療や一般内科診療を行っている。診療科目は一般外科、呼吸器外科、胸部外科、腫瘍外科、緩和ケア科、総合内科、呼吸器内科。日本外科学会専門医。医学博士。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)修了。ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)。BLS(Basic Life Support)。
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大動脈弁輪拡張症の概要
大動脈弁輪拡張症(Annuloaortic ectasia:AAE)は、上行大動脈の付け根(大動脈基部)が均一に拡大し、大動脈弁の土台である弁輪も広がることで大動脈弁閉鎖不全を招く疾患です。 拡張が進むと弁尖がきちんと閉じなくなり、拍出期に送り出した血液の一部が拡張期に左心室へ逆流します。その結果、左心室は容量負荷に適応するため肥大・拡大し、長期的には収縮能が低下して心不全に至ります。 基部拡大は壁応力(Laplaceの法則:壁応力=内圧×半径/壁厚)の増大をさらに招き、拡大→壁応力亢進→さらに拡大という悪循環を形成します。 初期は無症状でも、進行すると心拡大、うっ血性心不全、大動脈瘤、解離、破裂など致死的イベントを生じる恐れがあります。欧米の観察研究では、器質的な重症大動脈弁閉鎖不全症の原因の一つとしてAAEが注目されていますが、正確な頻度を示す大規模データはまだ十分ではありません。ACC/AHA 2022ガイドラインは、大動脈径55mm以上、または年間5mm以上拡大する例で外科治療を推奨し、早期介入の重要性を示しています。 近年はCT・MRIの普及で無症候の段階で発見されることが増え、日本でも高血圧の増加と長寿化に伴い患者数は漸増傾向にあります。大動脈弁輪拡張症の原因
原因は先天性と後天性に大別されます。先天性要因
マルファン症候群
FBN1変異によりフィブリリン-1が機能不全となり、弾性線維の脆弱化とTGF-β過活性化が生じます。思春期から急速に拡大するため学齢期からの定期エコーが必須です。Loeys–Dietz症候群
TGFBR1/2やSMAD3変異により大動脈壁が脆弱で、直径40mm台でも解離・破裂リスクが高い点が特徴です。二尖大動脈弁
出生1–2%で認められ、渦流が生じることで壁応力が局所的に集中し、40歳以降に基部拡大やARを来しやすくなります。後天性要因
長期の高血圧や動脈硬化性変化は、大動脈壁の平滑筋細胞脱落と弾性線維断裂を引き起こし、拡大速度を加速させます。 炎症性疾患(高安動脈炎・巨細胞性大動脈炎)、梅毒大動脈炎、放射線心臓症は壁の瘢痕化と炎症性破壊を通じて拡大を招きます。 まれに加齢変性のみでもAAEが進行する特発性AAEが報告されています。大動脈弁輪拡張症の前兆や初期症状について
軽度逆流では自覚症状に乏しく、健診で心雑音(拡張期高調雑音)や胸部X線心拡大を指摘されるケースが典型です。進行例では運動耐容能低下、動悸、胸部拍動感、夜間起坐呼吸、下腿浮腫など左心不全に伴う症状が出現します。 水撃脈(Corrigan脈)は上腕動脈に触れると「ドクン」と強く拍動して急に弱まる特徴的脈で、脈圧開大が反映されています。爪をわずかに押すと爪床が拍動に合わせて紅潮・蒼白を繰り返す爪下毛細血管拍動もヒントになります。 突然の胸背部激痛や意識消失は大動脈解離・破裂を強く示唆し、救急車要請が必須です。循環器内科で評価を受け、手術検討時は心臓血管外科とハートチームを組んで治療方針を決定します。大動脈弁輪拡張症の検査・診断
大動脈弁輪拡張症は、主に以下の検査を行い診断されます。心エコー(TTE/TEE)
大動脈基部径・sinus of Valsalva・sinotubular junctionを計測し、ガイドライン閾値と比較。逆流重症度はVena contracta幅>6mm、EROA>30mm²、逆流量>60mL/拍で重症と定義します。CTアンギオ
ECG同期撮影により大動脈基部を1mmスライスで高精度測定。造影フェーズで壁内血腫・解離膜を同時評価します。MRI(4D-flow含む)
被曝がなく、血流パターンや壁せん断応力(WSR)を解析できますが、全国的には限られた施設のみで行われています。血液・遺伝子検査
BNP/NT-proBNP、hs-TnTで心不全ストレスを評価する。FBN1、TGFBR1/2、SMAD3、COL3A1などをパネルで解析し、陽性例には家族スクリーニングを提案します。小児・若年例
体格差を考慮し、Zスコア(体表面積補正後の標準偏差)で管理し、Z≧3を手術検討ラインとします。大動脈弁輪拡張症の治療
大動脈弁輪拡張症は内科的管理および外科治療が行われます。内科的管理
β遮断薬(メトプロロールなど)
心拍数を抑え壁応力を減少、Marfan例で年間径進展を約30–40%抑制します。ARB/ACE阻害薬
TGF-βシグナル抑制効果があり、ロサルタン併用RCTで拡大率が低減します。MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)
線維化抑制効果が報告され、重症心不全例で追加することがあります。 NYHAⅢ以上の心不全ではSGLT2阻害薬やARNIを併用し、症状緩和と再入院抑制を図ります。外科治療
Bentall手術
基部と弁を一体で人工血管・機械弁に置換する。抗凝固療法が必要ですが確立した術式です。David手術(VSRR)
自己弁を温存し弁輪を縫縮のうえ人工血管に再建します。抗凝固が不要で妊娠希望女性に適しています。ハイブリッド治療
Zone0~1のステントグラフトと弁温存基部置換を組み合わせ、高齢・ハイリスク例で侵襲を低減します。国内症例は少数で、長期成績を検証中です。術後は3ヶ月後に心エコー+CTで吻合部瘤・偽動脈瘤・弁機能を確認し、その後は年1回フォローが一般的です。大動脈弁輪拡張症になりやすい人・予防の方法
大動脈弁輪拡張症になりやすい方および予防の方法は下記のとおりです。なりやすい人
まず遺伝性結合組織疾患を持つ方です。マルファン症候群、Loeys–Dietz症候群、エーラス・ダンロス症候群では弾性線維が脆弱で、10代から大動脈基部が急速に拡大します。 次に、生まれつき二尖大動脈弁の方も中年以降に基部拡大と逆流を起こしやすい群です。 後天的リスクとして、長期の高血圧、喫煙、脂質異常、糖尿病など生活習慣病が壁ストレスを増大させ、拡大速度を速めます。さらに梅毒性大動脈炎、高安動脈炎、放射線治療後の大動脈炎など炎症性病変も原因となり得ます。一次予防
- 家庭血圧を朝・晩測定し、平均125/75mmHg未満を目標としつつ脈圧の推移も管理します
- 塩分を1日6g未満、果物・野菜を350g以上、DHA/EPA豊富な魚を週2回以上摂取します
- 有酸素運動は「ややきつい」と感じる速歩を週150分、レジスタンス運動を週2回加えると大動脈の硬化進行を抑制すると報告されています
二次予防
- 経過観察中でも大動脈径が急に0.5cm/年以上拡大したら手術タイミングを前倒しします
- 妊娠は基部径45mm未満で血圧良好なら安全であるといえますが、周産期は母体・胎児リスクを専門施設で管理します
- カスケードスクリーニングにより未診断の家族をピックアップし、早期介入で突然死のリスクを減らすことができます
セルフモニタリングと生活上の注意
デジタル血圧計+アプリ
朝起床後1時間以内と就寝前の2回測定しクラウド共有すると、医師との情報共有が容易です。ウェアラブル心拍モニター
不整脈アラート機能で発作性心房細動を早期検出し、脳梗塞予防に寄与します。栄養AIアプリ
食事写真からナトリウム・脂質量を自動解析し、塩分過多を可視化します。その他
冬場のヒートショック防止に脱衣所を暖房し、42度以上の高温浴は避け、半身浴で15分以内が推奨されます。 人工弁置換や弁形成後6ヶ月以内、または心雑音が残る方は歯科抜歯など出血を伴う処置の60分前にアモキシシリン2gを内服します(JCS 2021 IE予防ガイドライン)。関連する病気
- マルファン症候群
- 遺伝性大動脈瘤症候群
- 慢性大動脈弁閉鎖不全症
参考文献




