

監修医師:
高宮 新之介(医師)
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昭和大学卒業。大学病院で初期研修を終えた後、外科専攻医として勤務。静岡赤十字病院で消化器・一般外科手術を経験し、外科専門医を取得。昭和大学大学院 生理学講座 生体機能調節学部門を専攻し、脳MRIとQOL研究に従事し学位を取得。昭和大学横浜市北部病院の呼吸器センターで勤務しつつ、週1回地域のクリニックで訪問診療や一般内科診療を行っている。診療科目は一般外科、呼吸器外科、胸部外科、腫瘍外科、緩和ケア科、総合内科、呼吸器内科。日本外科学会専門医。医学博士。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)修了。ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)。BLS(Basic Life Support)。
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たこつぼ型心筋症の概要
たこつぼ型心筋症(たこつぼがたしんきんしょう、Takotsubo cardiomyopathy)は、強い精神的・肉体的ストレスが引き金となり、一時的に心臓のポンプ機能が低下する疾患です。 症状や検査所見は急性心筋梗塞(しんきんこうそく)とよく似ていますが、冠動脈(かんどうみゃく)の閉塞が見られず、数日から数週間で心機能が自然に回復する特徴があります。 左室(さしつ)が蛸壺(たこつぼ)のような形に拡張して見えることからこの名前が付けられ、欧米ではブロークンハート症候群(broken heart syndrome)やストレス心筋症と呼ばれることもあります。 本症は1990年代に日本で初めて報告され、現在では世界中で認知が進んでいます。患者さんの約9割は閉経後の女性であり、身内の死や大きなけが、強い怒りなどの精神的ショックが誘因になる例が多い傾向にあります。ストレスを受けた際に交感神経が過剰に活性化し、アドレナリンなどのカテコラミンが大量に放出されて心筋に一時的な機能障害が生じると考えられていますが、完全には解明されていません。クモ膜下出血や褐色細胞腫(かっしょくさいぼうしゅ)など、ほかの病態がきっかけで同様の症状が起こる続発性も報告されています。 典型的な症状は突然の胸の痛み(胸痛)や息切れ、強い動悸(どうき)であり、急性心筋梗塞との鑑別が必要です。病院到着後は心電図や血液検査によって虚血性疾患の可能性を探り、冠動脈造影や心エコー(超音波検査)で左心室の形態変化や冠動脈の状態を詳しく調べます。 カテーテル検査などで冠動脈に狭窄がなく、左室の特定領域のみ壁運動が低下していればたこつぼ型心筋症と診断されます。ほとんどの患者さんは集中治療下で数日以内に急性期を脱し、1〜4週間ほどで心機能が改善するため、予後は良好と考えられます。 一方で、急性期に重篤な不整脈や心不全、ショックを起こす例もあり、まれに左室内に血栓(けっせん)が形成されるリスクも指摘されています。再発率は約10%といわれ、特に初発時と同じような強いストレスを受けた場合は注意が必要です。予防策としてはストレスマネジメントや定期的な検査、基礎疾患の管理が挙げられます。男性でも大手術後や事故など大きな身体的ストレスで発症することがあるため、閉経後の女性以外も警戒を怠らないことが大切です。たこつぼ型心筋症は基本的に可逆性(かぎゃくせい)の病態ですが、リスク管理と再発防止に配慮しながら適切な診断と治療を受けることが重要です。たこつぼ型心筋症の原因
本症の明確な原因(発症メカニズム)はまだ解明されていませんが、強いストレスによる交感神経の過剰刺激でカテコラミン(アドレナリンなど)が急激に放出され、心筋細胞が一時的にダメージを受けて左心室の一部が収縮不全に陥ると考えられています。 また、本症が主に閉経後の女性に多いことから、加齢によるホルモン環境の変化で心臓がストレスに弱くなっている可能性が示唆されています。誘因(トリガー)としては、身内の死や激しい怒り・驚きなどの精神的ショック、交通事故や大けが、急病などの肉体的ストレスまでさまざまです。有名な例では、2004年の新潟県中越地震の被災者に本症が多発したとの報告があります。報告では約7割の患者さんで発症前に何らかの強いストレス体験が認められますが、約3割では明らかな誘因が確認されません。 なお、クモ膜下出血や褐色細胞腫(かっしょくさいぼうしゅ)など他疾患に伴い類似の心筋障害が起こるケースもあり、その場合は「続発性たこつぼ心筋症」として区別されます。 本症の発症メカニズム解明や有効な予防法の確立に向けて、現在も研究が続けられており、国内外で大規模な症例データベース(レジストリー)が構築されつつあります。たこつぼ型心筋症の前兆や初期症状について
典型的には突然の胸の痛み(胸痛)や強い動悸(どうき)、息切れ(呼吸困難)といった症状で発症します。これらは急性心筋梗塞と酷似しており、患者さんの多くは発症時に心筋梗塞疑いで救急搬送されます。 明確な前兆はなく、症状出現前に体験した強い精神的・身体的ストレスが手がかりとなる程度です。胸痛以外に冷や汗や吐き気を伴うこともありますが、意識障害や麻痺など他疾患を示唆する症状は通常みられません。 症状が現れた際には循環器内科のある病院を早急に受診する必要があります。特に強い胸痛や呼吸困難を感じたときはためらわず119番通報してください。たこつぼ型心筋症の検査・診断
病院到着後は心筋梗塞との鑑別のため迅速に検査が行われます。 心電図では多くの症例でST部分の上昇やT波の陰転(マイナス方向への波形変化)が見られます。血液検査では心筋逸脱酵素(トロポニン)が上昇しますが、その程度は大きな心筋梗塞より低く、代わりに心不全マーカー(BNPなど)が顕著に上昇する傾向があります。 確定診断には心エコー(心臓超音波)検査や心臓カテーテル検査が有用です。心エコーで左心室の収縮状態を観察すると、心尖部の壁運動低下と基部の過収縮という特徴的なパターンが認められます。この左室の形態が伝統的な蛸壺に似ていることが病名の由来です。 さらに心臓カテーテル検査(冠動脈造影・左室造影)では、冠動脈に有意な狭窄がないことを確認するとともに、左室造影にて左室心尖部を中心とした一過性の壁運動異常が確認され、本症の診断が確定します。急性心筋炎などほかの疾患が疑われる場合には心臓MRI検査が追加されることもあります。たこつぼ型心筋症の治療
たこつぼ型心筋症と診断された場合でも、急性期は心筋梗塞と同様に集中治療下で慎重な経過観察が必要です。多くは数日以内に容体が安定し、特別な治療をしなくても心機能は自然回復に向かいますが、一部では急性心不全や重篤な不整脈、ショックなどの合併症に対する治療が必要です。 心筋梗塞と異なり冠動脈に詰まりがないため、カテーテルによる血行再建術(ステント治療など)は行いません。基本的な治療は対症療法で、急性心不全に対しては酸素投与や利尿薬の使用、血圧管理など通常の心不全治療を行います。 血圧低下が著しい場合には強い昇圧薬(カテコラミン)の使用を避け、大動脈内バルーンパンピング(IABP)などの機械的補助循環でショック状態に対処します。不整脈が生じた場合は、必要に応じて抗不整脈薬の投与や電気的処置など適切な対応を行います。ごく一部の症例では左室内に血栓(血の塊)が生じることがあり、その場合は抗凝固薬による治療を検討します。誘因となった基礎疾患がある場合はその治療も並行して行います。たこつぼ型心筋症になりやすい人・予防の方法
本症は主に閉経後の女性に多く(平均発症年齢は約67歳)発症します。また、うつ病・不安障害などの精神疾患や、てんかんなど神経疾患を持つ方は本症を起こしやすいとの報告があります。 男性では頻度は低いものの、大手術の後など強い身体的ストレス下で発症する例があります。 再発予防の確立された方法はありませんが、特に心理的ストレスが誘因となった場合にはストレスを溜めない生活上の工夫(リラクゼーションやカウンセリングなど)が再発予防につながる可能性があります。 本症の再発率は約10%と報告されており、再発は初発時と類似の状況で起こることが多いため、医師の指導のもと誘因となりうる要因を可能な限り避けることが重要です。 また、心機能が完全に回復した後も年1回程度の定期検査を継続することで再発の早期発見が可能となります。 明確な基礎疾患のない一次性たこつぼ心筋症では入院中の死亡率は1~2%程度と低いですが、脳卒中や敗血症など重篤な病態に続発する場合は10%以上に達するとの報告があります。過度なストレスを避け、適度に心身を休ませる習慣が予防につながります。参考文献
- 吉川 勉. たこつぼ型心筋症. 日本内科学会雑誌. 2014;103(2):309-315.
- 坂本 信雄・竹石 恭知. たこつぼ心筋症の診断. 心臓. 2010;42(4):441-446.
- Templin C, et al. Clinical Features and Outcomes of Takotsubo (Stress) Cardiomyopathy. N Engl J Med. 2015;373(10):929-938.
- 坂本 信雄・竹石 恭知. たこつぼ心筋障害の病態に基づいた治療と再発防止. 日本心臓核医学会誌. 2010;15(3):14-15.
- Dastidar AG, et al. Cardiovascular Imaging in Stress Cardiomyopathy (Takotsubo Syndrome). Front Cardiovasc Med. 2022;8:850120.
- 豊正会 大垣中央病院 循環器内科. たこつぼ心筋症 (Web解説). 2024年.




