

監修医師:
林 良典(医師)
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目次 -INDEX-
アイゼンメンジャー症候群の概要
アイゼンメンジャー症候群(Eisenmenger Syndrome)は、生まれつき心臓に構造的な異常があり、左右の心室の間に穴が開いているなどの先天性心疾患が原因で発症します。これにより、肺動脈の血圧が異常に上昇し、血液の流れる方向が逆転することで、全身の組織への酸素供給が著しく低下する状態を指します。
アイゼンメンジャー症候群の特徴的な症状としては、酸素が不足した血液が全身を巡ることにより、皮膚や粘膜が青紫色に変化するチアノーゼと呼ばれる状態が生じることが挙げられます。
アイゼンメンジャー症候群の原因
アイゼンメンジャー症候群は、先天性心疾患から進行する複雑な病気です。この症候群を引き起こす主な先天性心疾患としては、以下が挙げられます。
- 心室中隔欠損症(VSD)型
- 動脈管開存症(PDA)型
- 房室中隔欠損症(AVSD)型
- 大動脈肺動脈窓型
- 心房中隔欠損症(ASD)
- 総動脈幹症
これらの心臓の疾患により血液が本来とは違う方向に流れることで、肺に流れる血液量が正常の2.5〜3倍に増加します。長期間このような状態が続くと、通常は40mmHg未満に保たれている肺の血管圧が70mmHg以上という危険な水準にまで上昇してしまいます。これにより、チアノーゼや呼吸困難などの症状が現れます。
アイゼンメンジャー症候群の前兆や初期症状について
アイゼンメンジャー症候群の初期症状は以下が挙げられます。
- チアノーゼ
- 呼吸困難
- 疲労感
- 循環器症状
- 二次的な合併症状
チアノーゼ
アイゼンメンジャー症候群の特徴的な症状としては、チアノーゼが挙げられます。チアノーゼは、血液中の酸素レベルが低くなることで起こります。
具体的には、動脈の血液に含まれる酸素の飽和度が90%より下がると現れます。特に身体の末端部分、例えば指先や唇などでは酸素レベルがさらに下がり、85%を下回ることもあります。寒い場所にいたり、身体を動かしたりすると、この酸素レベルはさらに低下することもあるので注意が必要です。
こうした酸素不足の状態が長く続くと、身体に変化が現れます。特に指の先端が丸く膨らみ、太鼓のバチのような形に変形することがあります。これは太鼓バチ指と呼ばれる症状で、患者さんの約75%に現れます。
呼吸困難
アイゼンメンジャー症候群では、呼吸困難を感じることが多いです。呼吸困難は何もしていないときから身体を動かすときまで、さまざまな場面で現れることがあります。特に身体を動かしたときの息切れは、患者さんの約90%が経験する一般的な症状です。
疲労感
身体のだるさや疲れやすさも多くの方が感じる症状です。また、めまいや頭痛、集中力の低下を感じる患者さんも多くいます。
循環器症状
循環器症状では、脈拍の変化が目立ちます。何もしていないときの心拍数は普通70~90回/分程度ですが、少し身体を動かしただけでも120~140回/分まで上がることがあります。また、40歳を超えた方では約60%の方に不整脈が認められます。
二次的な合併症状
二次的な合併症としては、血液粘稠度の上昇に伴う出血傾向、関節痛、消化器症状、血栓症などが出現することがあります。また、アイゼンメンジャー症候群の患者さんは、命に関わるリスクが高いため、妊娠や出産は避けることが推奨されています。
受診すべき診療科目
アイゼンメンジャー症候群の疑いがある場合は、まず循環器内科あるいは小児循環器内科を受診することをおすすめします。成人の場合は、成人先天性心疾患専門医の診察を受けることが望ましいでしょう。
アイゼンメンジャー症候群の検査・診断
アイゼンメンジャー症候群の診断の流れと主な検査方法を説明します。
診察と身体検査では、チアノーゼの程度や心雑音の確認、血液中の酸素量の測定を行います。肺の血圧が高い場合、心臓の先端部で聞こえる肺動脈音が強くなるのが特徴的です。
血液検査では、ヘモグロビンの値を測定します。アイゼンメンジャー症候群の患者さんでは、身体が酸素不足を補おうとして赤血球を増やすため、ヘモグロビン値が高くなる傾向があります。
心電図では特徴的な波形変化があり、右側の心室が厚くなっていることを示すV1誘導の高いR波や、V5-V6誘導の深いS波が確認できます。
心臓の超音波検査(エコー)も重要な検査です。心臓内の壁の穴の場所や大きさ、別の穴の有無、肺の血圧の推定値、心臓の動きの良さ、弁の問題などを詳しく調べます。胸のレントゲンやCTスキャンも参考にします。
さらに、カテーテル検査も行います。この検査は心臓の左右の圧力と血液の酸素レベルを同時に測定するものです。肺動脈圧は通常25mmHg以上になり、重症の場合は100mmHgを超えることもあります。
上記以外にも、運動負荷の検査を行うこともあります。これらすべての検査結果を総合して、症状の重さや今後の見通しを判断していきます。
アイゼンメンジャー症候群の治療
アイゼンメンジャー症候群の治療は、肺動脈性肺高血圧症に対する薬物療法を中心に長期間かけて行われます。通常の先天性心疾患では心臓の穴を外科的に閉じますが、この症候群では穴を閉じると右心系への負担が急増して命に関わる危険があります。このため、外科的修復よりも薬物療法が中心となっています。
具体的な薬物療法としては、肺血管拡張を使用した治療法が挙げられます。例えば、プロスタサイクリン誘導体(エポプロステノールなど)、エンドセリン受容体拮抗薬(ボセンタンなど)、ホスホジエステラーゼ(PDE)5阻害薬(シルデナフィルなど)が主に使用されています。これらの薬は患者さんの状態に応じて、単独または組み合わせて処方します。
治療開始後は慎重な経過観察が必要です。治療初期には酸素の濃度が低い場合、入院が必要なこともあります。長期的な管理では、年齢に応じて診察の頻度を調整します。小さなお子さんでは月に1回の診察と3ヶ月ごとの心臓エコー検査が行われ、成人では状態が安定していれば2〜3ヶ月に1回の診察に延ばすこともあります。いずれの場合も、自宅での酸素濃度測定が重要な役割を果たします。
アイゼンメンジャー症候群の治療は一生涯続くものですが、適切な治療と管理により、生活の質と予後を改善することが可能です。
アイゼンメンジャー症候群になりやすい人・予防の方法
アイゼンメンジャー症候群になる可能性が高いのは、生まれつき心臓の構造に特定の問題を持つ方です。特に注意が必要なのは、心室中隔欠損症(VSD)や動脈管開存症(PDA)、房室中隔欠損症(AVSD)、大動脈肺動脈窓などの先天性心疾患の罹患歴がある方です。
また、アイゼンメンジャー症候群の発症には、遺伝子の影響もあります。BMPR2、ACVRL1、ENGといった遺伝子に変異がある方は、肺の血管が変化するスピードが通常の1.5〜2倍も速くなります。
さらに、環境的な要因も発症に関わるとされています。高い山などの標高が高い場所に住んでいる方は発症リスクが1.8倍、大気汚染の多い地域に住んでいる方は1.4倍、喫煙で2.1倍もリスクが高くなることが報告されています。
アイゼンメンジャー症候群を防ぐ有効な方法は、心臓の異常を早期に発見して適切な時期に治療することです。特に左右シャントを伴う心疾患は、肺高血圧が固定化する前に外科的な修復を行うことが重要です。
参考文献




