心挫傷

監修医師：
高宮 新之介（医師）

心挫傷の概要

心挫傷（しんざしょう）は胸部を強く打撲した際に起こる心臓の損傷のことです。交通事故でハンドルに胸を強く押しつけられたり、スポーツ中や高所からの転落で胸を強打した場合に発生することがあります。
具体的には、心臓の筋肉（心筋）が圧迫や衝突によって打撲のようなダメージを受け、細胞が壊れたり炎症を起こしたりする状態を指します。軽度の場合は自然に回復することが多い傾向にありますが、心臓の周りに血液がたまって圧迫される心タンポナーデや、重篤な不整脈、心原性ショックなどを引き起こした場合には命に関わることがあります。

さらに付け加えると、心挫傷が発生する仕組みは、事故や衝突によって心臓が胸骨や背骨との間で挟まれてしまうためとされています。実際には、単独の強い衝撃だけでなく、複数の衝撃が重なる場合や、胸部に受けた衝撃の方向・角度によってダメージの度合いが変わることも知られています。胸部に大きな力が加わると、心臓だけでなく肺や血管にも傷害が及ぶ可能性があり、ときに複数の臓器にわたる損傷が同時に見られることがあります。

心挫傷は診断がつきにくい場合もあり、胸部外傷の症状とひとくくりにされがちですが、異常な心電図や血液検査所見、不整脈の出現などがあるときは特に注意が必要です。

心挫傷の原因

心挫傷の主な原因は、胸を強く圧迫する鈍的外傷によるものです。代表的な例としては、以下のような状況が挙げられます。

• 自動車事故やバイク事故でハンドルやシートベルトが胸を強く押しつける
• 高所から落ちたときに胸部を激しく打ちつける
• ラグビーやアメリカンフットボールなどの激しい接触スポーツで胸に衝撃を受ける
• 重い物に胸を挟まれる、圧迫される事故に遭う

このように、強い衝撃で心臓が胸骨や背骨とぶつかったり圧迫されたりすることで、心筋に傷や打撲が生じるとされています。

さらに、交通事故などでは、車の急停止や急激な減速によって生じる衝撃力も重大なリスクとなります。特にシートベルトをしていても、ベルトが胸部を固定することで一点に強い圧力が加わり、心挫傷を引き起こす可能性があります。バイクに乗っている場合は、車体や路面との衝突だけでなく、転倒時に胸を打つことでも起こりえます。

スポーツでは、激しい接触プレーや競技用具（ボールやスティックなど）が胸に当たるだけでなく、複数の選手が重なり合って倒れるケースでも胸部への圧力が高まることがあります。

胸を圧迫する外力が短時間かつ高強度で作用すると、内部臓器である心臓も急激に変形させられるため、思いのほか重症化することがあるのです。また、安全装備が不十分な状況や衝撃吸収素材の装備が整っていないケースでは、リスクがさらに上乗せされます。

心挫傷の前兆や初期症状について

心挫傷には、特有の前兆がはっきり見られない場合が多いです。しかし、胸を強く打った後に次のような症状が現れる場合は注意が必要です。

• 胸の痛みや圧迫感
• 動悸（胸のドキドキ感）や息切れ
• めまい、意識がもうろうとする
• 脈の乱れ（不整脈を感じる場合もある）
• 血圧の低下による顔面の蒼白や冷や汗

特に、重症化すると血圧が著しく低下し、ショック状態に陥ることがあります。胸部外傷の直後だけでなく、少し時間が経過してから症状が出ることもあるため、事故後に動悸や胸の痛みを感じた際は放置しないほうがよいでしょう。

さらに詳しく述べると、心挫傷が原因で不整脈が生じると、突然の胸苦しさや脈の乱れを強く感じるだけでなく、全身に十分な血液がまわりにくくなって意識消失を引き起こすことがあります。また、一度は落ち着いたように見えても、時間の経過とともに内出血や炎症が広がり、呼吸困難や急な血圧低下を来たすケースも報告されています。

前兆がないからといって安心はできず、むち打ちのように外傷当日ではなく翌日以降に体調不良が顕在化するパターンもゼロではありません。そのため、胸部を強く打った後は数日間は意識して体調の変化を観察し、異変を感じたらすぐに医療機関へ相談することが望ましいといえます。

胸を強打した直後に上述のような症状がある場合は、迷わず救急科や救命救急センターの受診を検討してください。緊急性の高い症状であれば、救急車を呼んで対応することも必要です。また、事故後すぐは問題がなかったように見えても、後から動悸や痛みが出てきたときは循環器内科や総合診療科などで相談するのが望ましいです。

心挫傷の検査・診断

心挫傷が疑われる場合、以下のような検査を行います。

• 心電図検査：不整脈や心筋への負担の兆候を調べます。
• 血液検査：心筋の細胞が壊れると血中に出現する酵素（トロポニンなど）の増加を確認します。
• 心エコー（超音波）検査：心臓の動きや心臓周囲に液体がたまっていないかを観察します。
• 胸部X線・CT検査：骨折やほかの内臓損傷がないかを確認します。

胸部外傷の程度が大きい場合は、入院して心電図モニターをつけながら経過を見ることがあります。外傷後すぐに心臓に大きなダメージがなくても、時間の経過とともに不整脈などの症状が明らかになる例もあるため、状況に応じて追加の検査を行うことがあります。

加えて、心挫傷か否かを確実に判断するためには、複数の検査結果と臨床症状を総合的に評価することが必要です。心電図に明らかな異常がなくとも、動悸や胸痛が持続する場合にはより詳細な画像検査（MRIや核医学検査など）が行われるケースもあります。特に、心筋組織の微細な傷を見極めるには、MRIのように組織変化をとらえやすい検査方法が役立つことがあります。

また、血液検査の心筋マーカー（トロポニンI、CK-MBなど）は数値が上昇するまでに時間差があるため、事故から一定時間経ってから再度採血を行い、推移をチェックすることも一般的です。さらに、複数の臓器にわたる大きな外傷が疑われるケースでは、外科医や循環器内科医のほか、放射線科や麻酔科などさまざまな専門家が協力して診断を進める場合があります。

心挫傷の治療

心挫傷の治療は、症状の重さや合併症の有無によって異なります。軽症であれば、安静と経過観察が中心になり、多くの場合は自然に回復する傾向があります。一方、以下のような症状が見られる場合には早急に適切な治療が必要です。

• 不整脈：抗不整脈薬の投与や場合によってはペースメーカーが考慮されることがあります。
• 心タンポナーデ：心臓を包む膜の内部に血液がたまる状態で、緊急処置として針や管で血液を抜く（穿刺・ドレナージ）治療が必要になります。
• 血圧低下やショック：昇圧薬や輸液、強心剤などで心臓と血圧を安定させます。

心挫傷のみではなく、同時に肺や肋骨、ほかの内臓への外傷が起きている場合もあり、その場合は総合的な外傷対応が必要となります。まれに心臓の壁や弁が大きく損傷しているときには外科的手術が検討されることもあります。

このほか、安静にする際には心臓に無理な負荷をかけないよう、起き上がりや歩行のタイミングを医療スタッフの指示にしたがって慎重に行うことが大切です。心拍数や血圧をモニターしながら、必要に応じて点滴や酸素吸入を行い、合併症が起きないかどうかを経過観察します。不整脈が出やすい状態が続くようであれば、24時間の心電図モニタリングを導入して細かな脈の変動をチェックし、その結果に応じて薬剤の種類や投与量を微調整することもあります。

また、心理的ストレスによって交感神経が過度に刺激されると心拍数や血圧が変動しやすくなるため、重症患者さんに対しては鎮静剤の使用や十分な鎮痛を図り、できるだけ落ち着いた状態を保つことを促す場合もあります。
重度の心挫傷により心筋が広範囲に損傷している場合、心不全の症状が進行しやすいので、利尿薬の投与や水分制限を行うなど、内科的なケアとの併用が必要となる場合もあります。

心挫傷になりやすい人・予防の方法

心挫傷は、特定の持病がある方に限らず、胸部に強い外力が加われば誰にでも起こりうる外傷です。予防には胸部に強い衝撃を受けないように注意することが何よりも重要といえます。事故を完全に回避するのは難しいものの、以下のような対策がリスクを下げるのに役立ちます。

• 自動車やバイクに乗る際はシートベルトやヘルメット、プロテクターなどを正しく着用する
• 高所作業では安全帯（ハーネス）や保護具を確実に装着する
• スポーツでは、適切な防具の使用や正しいフォームを身につける
• 少年野球やラグビーなどでは、事故時の対応としてAED（自動体外式除細動器）を現場に用意し、周囲が心肺蘇生の手順を理解しておく

万が一、胸を激しく打った後に意識を失ったり、胸の痛みとともに不整脈やめまいなどを感じた場合は、すぐに医療機関を受診してください。適切なタイミングで検査を行い、早めの治療につなげることで深刻な合併症を避ける可能性が高まります。