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西村 絢子

監修医師
西村 絢子(医師)

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近畿大学卒業後、大阪府内で初期研修、その後東京女子医大や国立循環器病研究センターなどで後期研修を経て、現在は都内の総合病院勤務。日本内科学会認定内科医、日本神経学会神経内科専門医、日本抗加齢医学会専門医。

フリードライヒ運動失調症の概要

フリードライヒ運動失調症(Friedreich's ataxia、以下FRDA)は、遺伝性脊髄小脳変性症(hereditary spinocerebellar degeneration、以下SCD)と呼ばれる遺伝性の神経疾患群のひとつです。

SCDとは、脊髄や小脳の神経細胞の変性が原因で症状を起こす疾患の総称で、このなかには遺伝性の疾患と遺伝しない孤発性の疾患が含まれます。 この疾患により、運動の協調性とバランスの喪失が徐々に進行し、まっすぐに歩行できない、発音が聞き取りにくい、運動の細かいコントロールができない、などの症状がみられます

SCDにはさまざまなタイプがあり、それぞれ異なる遺伝子変異によって引き起こされます。症状や進行の速度は、個々のタイプや患者さんによって大きく異なります。一部の方は軽度の症状で数十年かけてゆっくり進行する場合がありますが、ほかの方は日常生活に大きな影響を与える重篤な問題に直面することがあります。 SCDは主に、脳の神経細胞の機能に影響を与える遺伝子変異によって引き起こされます。

常染色体優性遺伝

多くのタイプのSCDは常染色体優性遺伝で、小脳性の運動失調を主症状としている脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxia, 以下SCA)です。片方の親から受け継いだ変異遺伝子だけで疾患が発症し、親が変異を持つ場合に子どもがその変異を受け継ぐ確率は50%です。この遺伝形式を取るSCAで、日本に多いものは次のとおりです。

  • SCA3(マシャド・ジョセフ病)日本を含め、世界的にもっとも多いタイプです
  • SCA6 日本では2番目に多く、西日本に多い特徴があります
  • SCA31 日本で報告が多い一方、欧米では確認されていません
  • DRPLA(dentatorubropallidoluysian atrophy 歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症)

常染色体劣性遺伝

一部の遺伝性脊髄小脳変性症は常染色体劣性遺伝します。この場合、両親の遺伝子がともに変異している場合の一部に疾患が発症します。

  • 毛細血管拡張性運動失調症(ataxia-telangiectasia)
  • フリードライヒ運動失調症(Friedreich's ataxia, FRDA)
  • 眼球運動失行と低アルブミン血症を伴う早発型失調症(early-onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia, EAOH)

FRDAは日本における脊髄小脳変性症のなかでもまれな疾患で、患者数は数百人程度と推定されています。脊髄小脳変性症全体では約3,000人以上の患者さんがいるとされます。

フリードライヒ運動失調症の原因

FRDAは常染色体劣性遺伝という遺伝形式で起こります。これは両親ともに異常な遺伝子があるが未発症(保因者)の場合にその子どもの25%が、片親が発症していてもう片親が保因者の場合にその子どもの50%が発症することを意味します。原因となる遺伝子はfrataxin遺伝子と呼ばれ、ここで作られるフラタキシンというタンパク質の量が減ることで神経細胞が障害されます。

frataxin遺伝子のなかにはGAAリピートと呼ばれる遺伝情報の繰り返し配列があり、この配列が正常より異常に増えてしまうため、フラタキシンの生成を妨げます。フラタキシンはミトコンドリア(細胞のエネルギー工場)で重要な役割を果たしているため、これが不足すると神経細胞の機能が低下して発症します。

フリードライヒ運動失調症の前兆や初期症状について

FRDAの症状は通常5歳から15歳の間に現れ始めます。症状や合併症は主に以下のようなものです。

運動失調

手足の動きの方向が思うようにいかなくなります。歩行は開脚気味でゆっくりになり、踵で歩くような状態になります。また、舌の動きも悪くなるため、滑舌が悪くなります。

深部感覚の異常

位置覚(目を閉じていても、挙げた腕の位置がわかること)や振動覚、触覚などが鈍くなってしまいます。

筋肉の萎縮の合併

手足の先の方から筋肉の萎縮がみられることがあります。筋肉が萎縮すると筋力が低下します。

側弯症・凹足の合併

脊柱の骨が側弯したり、足の甲が高くなる凹足といった変形がみられることがあります。

心筋症の合併

心筋症や不整脈が起こることがあり、動悸や息切れの原因になります。

糖尿病の合併

一部の患者さんで糖尿病が併発することがあります。

これらの症状は徐々に進行し、多くの場合発症から15~20年で歩行不能となります。 発症年齢が小児期であるため、通常は小児科を受診して診断されますが、脳神経内科を受診することもできます。

フリードライヒ運動失調症の検査・診断

FRDAの診断は、症状の経過や身体所見に加え、以下の検査によって行われます。

神経学的検査

歩行やバランス、筋力、感覚の状態を医師が評価します。

画像検査(MRIなど)

脳や脊髄の状態を評価します。初期段階では異常が見られないこともあり、主にほかの疾患との区別のために検査を行います。

心電図・心エコー検査

心臓の機能を評価し、心筋症や不整脈の有無を調べます。

神経伝導検査・筋電図

末梢神経の障害の程度を調べることがあります。

遺伝子検査

frataxin遺伝子のGAAリピートの異常を調べることで確定診断が可能です。

フリードライヒ運動失調症の治療

現在、FRDAを根本的に治す治療法はありません。そのため、症状の進行を遅らせたり、生活の質を保つことを目的とした対症療法が中心です。

薬物療法

タルチレリンという薬が使われることがあります。これらは神経の保護や症状の緩和を目指しますが、効果には個人差があります。 心臓の症状に対して、β遮断薬やACE阻害薬、抗不整脈薬が用いられます。

リハビリテーション

筋力やバランスを維持するための運動療法が重要です。転倒防止のためのバランストレーニングや歩行訓練が推奨されます。歩行器や車椅子、足装具などの補助具も活用されます。

骨格の管理

側弯症などの骨格変形に対しては、装具の使用や重症例では手術が検討されます。

栄養管理とサプリメント

栄養状態を良好に保つことも大切で、必要に応じてサプリメントが用いられます。

心臓疾患の管理

心筋症や不整脈は生命に関わるため、定期的な心臓検査と適切な治療が必要です。

心理・社会的サポート

症状の進行に伴う精神的な負担や生活の制限に対して、カウンセリングや支援サービスの利用がすすめられます。

これらの治療やケアは、患者さん一人ひとりの症状や進行度に合わせて専門医が計画します。

フリードライヒ運動失調症になりやすい人・予防の方法

なりやすい人

FRDAは遺伝性疾患であり、両親がそれぞれ異常なFXN遺伝子を1つずつ持っている場合に子どもが発症する可能性があります。両親が保因者であることがリスクとなりますが、家族歴がない場合でも新たな遺伝子変異によって発症することもあります。

予防の方法

現在のところ、FRDAを完全に予防する方法はありません。しかし、以下の取り組みが重要です。

遺伝カウンセリング

家族にFRDAの患者さんや保因者がいる場合、遺伝カウンセリングを受けることで発症リスクを理解し、将来の子どもへの影響を考えることができます。

早期発見と早期ケア

症状が現れたら早めに専門医を受診し、適切なケアを受けることで症状の進行を遅らせることが期待されます。

健康的な生活習慣の維持

バランスのよい食事や適度な運動、心臓の健康管理を心がけることが、症状の悪化を抑える助けになります。

関連する病気

  • 心疾患
  • 肥大型心筋症(最も頻度が高い)
  • 心房細動・その他の不整脈
  • 糖尿病・耐糖能異常

参考文献

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