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神宮 隆臣

監修医師
神宮 隆臣(医師)

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熊本大学医学部卒業。熊本赤十字病院脳神経内科医員、熊本大学病院脳神経内科特任助教などを歴任後、2023年より済生会熊本病院脳神経内科医長。脳卒中診療を中心とした神経救急疾患をメインに診療。脳神経内科疾患の正しい理解を広げるべく活動中。診療科目は脳神経内科、整形外科、一般内科。日本内科学会認定内科医、日本神経学会専門医、日本脳卒中学会専門医、日本脳血管内治療学会専門医、臨床研修指導医の資格を有す

シャルコー・マリー・トゥース病の概要

シャルコー・マリー・トゥース病(Charcot-Marie-Tooth病、略称CMT)は、1886年にフランスとイギリスの医師シャルコー、マリー、トゥースの3名によって初めて報告された、遺伝子変異が原因の末梢神経疾患の総称です。 末梢神経がうまく働かなくなることで、手足の筋力が低下したり、感覚が鈍くなるといった症状が現れます。遺伝による病気ですが男性と女性で発症頻度に差はなく、通常は幼少期から青年期(0~20歳頃)までに症状が出始めます。場合によっては中年期(50~60歳代)に発症することもあり、それまでスポーツをするなど健康に過ごしてきてまったく症状がない方もいます。

CMTは遺伝性末梢神経障害のなかでも特に多い疾患の一つであり、遺伝性運動感覚ニューロパチー(hereditary motor and sensory neuropathy, HMSN)とも呼ばれます。とはいえ全体としてはまれな病気で、欧米の疫学調査では約2,500人に1人、日本では約1万人に1人の有病率と報告されています。進行はゆるやかで命に関わる病気ではなく、寿命にも大きな影響を与えません。 多くの患者さんは生涯にわたり自力で歩行することが可能で、仕事を続けることもできます。ただし、症状の進行につれて杖が必要になることはありますし、全体の約20%の方は将来的に車椅子を使用します。致死的な疾患ではなく、適切なリハビリや装具の利用によって日常生活を工夫しながら長く自立した生活を送ることができる病気です。

シャルコー・マリー・トゥース病の原因

シャルコー・マリー・トゥース病は遺伝子の変異によって起こります。現在までに100種類以上の原因遺伝子が見つかっていますが、それぞれの遺伝子変異がどのように病気を引き起こすか、詳細な仕組みはまだ完全には解明されていません。遺伝子変異によって末梢神経の構造や機能に異常が生じ、神経が筋肉に信号を送れなくなったり感覚を伝えられなくなったりすることで症状が現れると考えられています。 CMTは遺伝性の病気であり、いくつかの遺伝形式が知られています。代表的な遺伝形式には、常染色体顕性遺伝(優性遺伝)、常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)、X染色体連鎖遺伝などがあります。

顕性遺伝の場合は親が患者さんの場合に約50%の確率で子に遺伝します。一方で、潜性遺伝の場合は両親に症状がなくても子に発症することがあります。ただし、遺伝子に変異があっても必ずしも親から子へ病気が伝わるとは限らないことに注意が必要です。また、遺伝的多様性といって、異なる遺伝子変異でも似たような症状を引き起こす場合があり、逆に同じ遺伝子変異でも人によって症状の出方が異なることもわかっています。つまり、原因となる遺伝子は多岐にわたりますが、結果として起こる末梢神経の障害は共通しており、全身のうち特に手足の筋力低下や感覚障害といった症状が現れます。

数多くある原因遺伝子のなかでも、特に多いのがPMP22という遺伝子の変異です。PMP22遺伝子の変異はCMT患者さん全体の約40%を占めており、このタイプはCMT1A型と呼ばれます。ほかにも、ミエリン蛋白ゼロ遺伝子(MPZ)やガングリオシド合成酵素遺伝子(GDAP1)など多くの遺伝子がCMTの原因となりうることが知られています。

シャルコー・マリー・トゥース病の前兆や初期症状について

シャルコー・マリー・トゥース病の初期症状は、主に足や下肢に現れることが多く、ゆっくりと進行します。典型的な症状として、次のようなものがあります。

  • 足や足指の変形(凹足)
  • 足首や足の筋力低下(足下垂)
  • 歩行時に膝を高く上げて足を前に出す(鶏歩)
  • 足首のねんざや骨折
  • 下肢の痩せ(筋萎縮)
症状は左右ほぼ対称に現れ、はじめは足や脚など下肢の末端から出るのが典型的です。手や腕の末端の筋力低下や手指の細かな動きの障害は、多くの場合かなり進行してから現れるか、軽度にとどまります。しかし、感覚障害は手足のいずれにも初期から見られることがあります。 このような初期症状に気付いたら何科を受診するかですが、まずは脳神経内科を受診することをおすすめします。足の変形が強い場合にはまず整形外科を受診しても構いませんが、最終的には専門的な検査のため神経内科医の診療を受けることになるでしょう。小児期に発症した場合は、小児科医に相談するとよいでしょう。

シャルコー・マリー・トゥース病の検査・診断

シャルコー・マリー・トゥース病の診断には、症状の経過の問診と神経学的診察に加えて、いくつかの検査を組み合わせて行います。主な検査方法は次のとおりです。

神経伝導検査

手足の末梢神経に電気刺激を与え、その信号の伝わる速さや強さを測定する検査です。末梢神経の機能状態を客観的に調べることができ、CMTでは神経伝導速度の低下など特徴的な所見が得られることがあります。

筋電図検査(針筋電図検査)

微細な針を筋肉に刺して筋肉の電気的な活動を記録する検査です。筋肉が神経から適切に指令を受け取れているか、筋肉自体に異常がないかを調べます。CMTでは筋電図で神経原性の筋萎縮パターンが認められます。検査の際には針を刺すため多少痛みを伴います。

神経超音波検査

超音波(エコー)を使って末梢神経の形態を画像として描出する検査です。手足の神経が太く肥大していないか、圧迫などほかの要因がないかを確認します。身体に侵襲を与えない非侵襲的検査で痛みもありません。

神経生検

必要に応じて行われる検査で、足首付近にある腓腹神経という感覚神経の一部を外科的に採取し、顕微鏡で神経組織の変化を調べます。侵襲的な検査であるため、診断確定のためにどうしても必要な場合に限り実施されます。

遺伝子検査

血液検査によって遺伝子の変異の有無を調べます。神経伝導検査や筋電図などの結果からCMTが強く疑われた場合、最終的な確定診断のために遺伝子検査が行われます。多くのCMT関連遺伝子について検査が可能で、特に頻度の高いPMP22遺伝子の変異については健康保険で検査が受けられます。

シャルコー・マリー・トゥース病の治療

現在、シャルコー・マリー・トゥース病そのものを根本的に治す治療法は確立されていません。例えば、CMTの動物モデルではオナプリストンというホルモン剤やビタミンB12、クルクミンなどが症状の改善に有効とする報告がありますが、これらの薬剤を人間の患者さんに使用した場合の安全性や効果はまだ十分に確認されていません。

しかし、近年は遺伝子治療など新しい視点からの研究開発が活発に進められており、将来的にCMTの原因遺伝子に対する治療薬が開発される可能性があります。実際に、一部のCMT患者さん(約0.5%)ではトランスサイレチン遺伝子変異による家族性アミロイドポリニューロパチー(ATTRvアミロイドーシス)と診断され、この病気にはすでに効果のある治療薬が存在します。CMTと診断された患者さんでも、原因遺伝子によっては既存の治療法の対象となる場合があるため、正確な遺伝子診断を受けておくことが重要になりつつあります。現在も国内外で新たな治療法の臨床試験や研究が進行中であり、将来的な治療薬の登場が期待されています。

シャルコー・マリー・トゥース病になりやすい人・予防の方法

特定の環境要因や生活習慣が原因で発症する病気ではないため、この体質の方がなりやすいといったものはありません。シャルコー・マリー・トゥース病は遺伝的な要因によって発症するものであり、基本的には家族に同じ病気の方がいる場合に発症リスクが高くなります。

予防の方法については、残念ながら遺伝子変異による疾患であるため発症そのものを完全に予防する方法はありません。しかし、家族にCMTの患者さんがいる場合や、自身がCMTで将来子どもを望む場合には、あらかじめ遺伝カウンセリングを受けておくことがすすめられます。 専門の遺伝カウンセラーや主治医が、遺伝の可能性やリスクについて説明してくれますし、必要に応じて出生前診断や着床前診断など選択肢について相談することもできます。遺伝カウンセリングと検査によって、ご家族への遺伝の確率を知り将来の計画に役立てることができます。

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