

監修医師:
栗原 大智(医師)
目次 -INDEX-
脳静脈洞閉塞症の概要
脳静脈洞閉塞症は、脳内の静脈洞や皮質を走行する小静脈に血栓が形成されたり、炎症が生じたりすることで血管が閉塞する疾患です。
この病態は全脳卒中の約1%を占めるまれな疾患であり、若年者や妊婦に多く発症する傾向があります。
脳は硬膜という膜で覆われており、その中に硬膜静脈洞と呼ばれる太い静脈が存在します。これらの静脈洞は脳内を循環した血液を集める役割を果たすとともに、脳脊髄液の吸収にも関与しています。
脳静脈洞閉塞症が発症すると、特に横静脈洞や上矢状静脈洞が閉塞しやすく、脳脊髄液の吸収障害や脳圧上昇を引き起こします。
主な原因は血栓形成ですが、健康な個人での発症はまれです。危険因子として、経口避妊薬の使用、高度な脱水症、悪性腫瘍、血液凝固異常、炎症性腸疾患などが挙げられます。また、妊娠中や分娩後の女性も発症リスクが高いとされています。
症状の発現には個人差があり、48時間以内に急性発症する場合もあれば、1ヶ月以上かけて緩徐に進行する場合もあります。主な症状には、持続的で進行性の頭痛、吐き気、嘔吐などがあり、重症化すると意識障害や麻痺などの神経症状が現れることがあります。
診断には、CT、MRI、脳血管撮影などの画像検査が用いられ、血液検査も併せて行われます。
治療の主軸は抗凝固療法であり、ヘパリンの投与やカテーテルを用いた血栓溶解療法が行われます。また、脳圧上昇に対する対症療法や、原因疾患に対する治療も並行して実施されます。
脳静脈洞閉塞症の原因
脳内の静脈洞や皮質を走行する小静脈における血栓形成です。この病態は、血液凝固系の異常や血管内皮の損傷によって引き起こされます。
血液凝固系の異常
先天性の要因として、アンチトロンビンIII欠損症やプロテインC欠損症、プロテインS欠損症などの血栓性素因が挙げられます。これらの異常は血液凝固能を亢進させ、血栓形成リスクを高めます。
後天的要因
悪性腫瘍や炎症性腸疾患、全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患が発症リスクを上昇させます。これらの疾患に伴う炎症反応や免疫系の異常が、血管内皮の損傷や血液凝固能の亢進を引き起こします。
環境因子と薬剤
妊娠・出産に関連するホルモン環境の変化や経口避妊薬の使用、脱水状態、長期臥床による静脈うっ滞なども血栓形成を促進する要因となります。また、頭部外傷や脳神経外科手術後の硬膜損傷や静脈洞の直接的な損傷も血栓形成の契機となることがあります。
脳静脈洞閉塞症の前兆や初期症状について
多くの場合、頭痛から始まります。この頭痛は、通常の頭痛とは異なり、持続的で進行性の特徴を持ち、安静時でも改善しにくいという特徴があります。
頭痛は多くの場合、眼窩後部と前頭部に限局し、片側性であることが多いようです。頭痛に加えて、吐き気・嘔吐(特に朝方に増強し、症状の変動が少ない傾向がある)や視覚障害(一時的な視野のぼやけや複視(物が二重に見える)が生じることがある)、軽度の運動麻痺(初期段階で軽度の運動麻痺が現れることがある)、けいれん発作(初期症状としてけいれん発作が起こる)もあります。
これらの症状は、脳内の静脈還流が妨げられることによる脳圧上昇や、血流障害による脳の局所神経症状として現れます。 症状は徐々に進行し、重症化すると意識障害や重度の神経症状へと発展する可能性があるため、早期発見が重要です。
脳静脈洞閉塞症の病院探し
脳神経内科(または神経内科)や脳神経外科の診療科がある病院やクリニックを受診していただきます。
脳静脈洞閉塞症の検査・診断
問診、神経学的診察、画像診断、血液検査を組み合わせて総合的に行われます。
初期評価
神経学的診察では、意識状態や瞳孔反射、眼球運動、顔面筋の動き、四肢の筋力や感覚機能など、脳神経系全体の機能を評価します。また、頭痛の性質や持続時間、随伴症状の有無、発症からの経過を詳細に聴取し、血栓形成の進行度を推測します。
画像診断
画像診断は脳静脈洞閉塞症の確定に不可欠です。以下の検査が主に用いられます。
MRIベノグラフィー(MRV: Magnetic Resonance Venography)
MRI(磁気共鳴画像法)を用いて静脈系の血管を造影剤を用いずに詳細に描出し静脈の血流を可視化する
CT静脈造影
高解像度で血栓の位置を特定
脳血管造影
血流動態をリアルタイムで観察
これらの検査により、静脈洞内の血栓の描出と脳実質の状態評価が可能となります。
血液検査
凝固系の異常を評価するため、以下の項目を中心とした血液検査を実施します。例えば、プロトロンビン時間や活性化部分トロンボプラスチン時間、D-ダイマー値、フィブリノゲン値、抗リン脂質抗体、プロテインC活性、プロテインS活性などです。
補助的検査
さらに、診断の補助として、髄液検査(頭蓋内圧の測定と感染症の除外)や脳波検査(てんかん性異常の有無の確認)、眼底検査(うっ血乳頭の評価)などが行われることがあります。
これらの検査結果を総合的に判断し、脳静脈洞閉塞症の診断を確定します。また、基礎疾患の確認も同時に行うため、必要に応じて追加の検査が実施されます。早期診断が治療効果を高めるため、疑わしい症状がある場合は速やかに専門医の診察を受けることが重要です。
脳静脈洞閉塞症の治療
抗凝固療法を中心とした薬物療法が基本となり、急性期から慢性期まで継続して行われます。
急性期治療
急性期には、未分画ヘパリンまたは低分子量ヘパリンを用いた抗凝固療法が第一選択となります。未分画ヘパリンの場合、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を正常値の1.5〜2.5倍に維持するよう投与量を調整します。この初期治療は通常5〜7日間続けられます。
維持療法
急性期治療後は、経口抗凝固薬による維持療法に移行します。従来はワルファリンが使用されてきましたが、近年では直接経口抗凝固薬(DOAC)も選択肢となっています。維持療法の期間は通常3〜6ヶ月ですが、凝固異常や自己免疫疾患が原因の場合はより長期の継続が必要となることがあります。
血栓溶解療法
重症例や急速に進行する症例では、t-PA(組織プラスミノーゲン活性化因子)を用いた血栓溶解療法が考慮されます。
外科的治療
保存的治療に反応が乏しい場合や、急速に神経症状が悪化する場合には外科的治療が検討されます。減圧開頭術は重度の頭蓋内圧亢進に対して実施され、脳組織の圧迫を軽減します。
リハビリテーション
早期からの理学療法やリハビリテーションの開始は、二次的な合併症の予防と日常生活動作の改善に重要です。
治療効果を高めるためには、早期診断と適切な治療の迅速な開始が不可欠です。また、原因疾患の特定と管理も並行して行われ、再発予防にも注意を払う必要があります。
脳静脈洞閉塞症になりやすい人・予防の方法
主に血液凝固異常や特定の基礎疾患を有する方です。具体的には先天性血栓性素因(アンチトロンビンIII欠損症、プロテインC欠損症、プロテインS欠損症などの遺伝的要因を持つ方)や後天的要因(悪性腫瘍、炎症性腸疾患、全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患を有する方)、妊娠・出産関連(妊娠後期から産褥期の女性)、薬剤使用(経口避妊薬を服用している女性)です。また、その他として高度な脱水症、多血症、鎌状赤血球症などの血液異常を有する方です。
予防方法としては、基礎疾患の適切な管理と治療や妊娠中・産後の十分な水分摂取と早期離床、長時間の同一姿勢の回避、経口避妊薬使用の際のリスク評価と適切な選択、定期的な血液検査による凝固能の評価などが挙げられます。これらの予防策を講じることで、脳静脈洞閉塞症のリスクを軽減できる可能性があります。
参考文献




