

監修医師:
伊藤 規絵(医師)
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旭川医科大学医学部卒業。その後、札幌医科大学附属病院、市立室蘭総合病院、市立釧路総合病院、市立芦別病院などで研鑽を積む。2007年札幌医科大学大学院医学研究科卒業。現在は札幌西円山病院神経内科総合医療センターに勤務。2023年Medica出版社から「ねころんで読める歩行障害」を上梓。2024年4月から、FMラジオ番組で「ドクター伊藤の健康百彩」のパーソナリティーを務める。またYou tube番組でも脳神経内科や医療・介護に関してわかりやすい発信を行っている。診療科目は神経内科(脳神経内科)、老年内科、皮膚科、一般内科。医学博士。日本神経学会認定専門医・指導医、日本内科学会認定内科医・総合内科専門医・指導医、日本老年医学会専門医・指導医・評議員、国際頭痛学会(Headache master)、A型ボツリヌス毒素製剤ユーザ、北海道難病指定医、身体障害者福祉法指定医。
目次 -INDEX-
肺性脳症の概要
肺性脳症は、肺機能の低下に起因する脳機能障害を特徴とする深刻な病態です。 主に慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease :COPD)などの肺疾患が基礎にあり、高二酸化炭素血症と低酸素血症が主要な病態生理学的メカニズムとなります。 肺性脳症では、肺のガス交換機能が障害されることで、血中二酸化炭素濃度が上昇し、酸素濃度が低下します。これらの変化は脳血流を変化させ、脳圧を上昇させます。持続的な高二酸化炭素血症と低酸素血症は、脳機能に直接的な悪影響を及ぼし、神経学的症状を引き起こします。 主な症状には、せん妄(せんもう)、意識障害、けいれんが含まれます。また、脳圧上昇に伴う頭痛、吐き気、嘔吐(おうと)も一般的です。症状は特に夜間や起床時に顕著になることがあり、注意力散漫(さんまん)や意識混濁(いしきこんだく)も観察されます。 診断は、血液ガス分析による二酸化炭素と酸素濃度の測定、経皮的酸素モニタリング、胸部画像検査(レントゲンやCT)などを通じて行われます。基礎疾患の評価も重要で、感染症が疑われる場合は追加の検査が必要となります。 治療の主体は低酸素血症と高二酸化炭素血症の是正(ぜせい)にあります。酸素療法、非侵襲的陽圧換気(Non-invasive positive pressure ventiration:NPPV;二酸化炭素(CO2)の蓄積を防ぎつつ、酸素化を改善する)、CPAP(Continuos positive airway pressure)療法、場合によっては人工呼吸を使用した治療が行われます。また、基礎疾患の治療や誘因を遠ざけることも重要です。 肺性脳症の予防と管理には、呼吸リハビリテーションや禁煙などの長期的な肺機能改善策が不可欠です。この複雑な病態の理解と適切な管理は、患者さんの予後改善に重要な役割を果たします。肺性脳症の原因
肺機能の低下に伴う血液ガス組成(PaCO2上昇、PaO2低下、pH異常が主な血液ガス組成)の異常です。特に重要なのは、高二酸化炭素血症と低酸素血症です。 原因で一般的な基礎疾患はCOPDです。肺気腫や慢性気管支炎などのCOPD患者さんでは、肺のガス交換機能が著しく障害されます。その他、気管支喘息や結核術後、神経筋疾患、胸郭変形なども原因となり得ます1)。 病態生理学的メカニズムは、肺機能低下により、血中二酸化炭素濃度が上昇し、酸素濃度が低下します。二酸化炭素は細胞膜を容易に通過するため、脳細胞内のpHを低下させ、脳機能に直接影響を与えます。また、二酸化炭素の血管拡張作用により脳血流が増加し、頭蓋内圧が上昇します1)。 呼吸器感染症やうっ血性心不全、手術侵襲、気胸などが肺性脳症の誘因となることがあります1)。特に注意すべきは、慢性のII型呼吸不全患者さんに対する不適切な高濃度酸素投与で、これにより呼吸中枢が抑制され、二酸化炭素蓄積が促進される可能性があります1)。肺性脳症の前兆や初期症状について
肺機能低下に伴う血液ガス組成の変化により引き起こされます。自律神経系の変化は、心拍数増加や発汗の増加、血圧上昇、顔面紅潮です。神経学的症状は、頭痛(特に夜間や早朝に悪化)や注意力散漫、易興奮性、性格変化、不眠です。運動機能の変化は、手の震え(羽ばたき振戦)や食事時に箸や茶碗を落とすなどの不器用さなどです。 呼吸器症状は、呼吸困難やばち指(指先が丸く膨らみ、太鼓のバチ状になる状態で、重大な疾患の兆候となることがあり)、チアノーゼ、一過性無呼吸などです。これらの症状は、特に夜間や起床時に顕著になることがあります。また、COPDなどの基礎疾患がある患者さんでは、これらの症状に特に注意を払う必要があります。早期発見と適切な管理が、肺性脳症の進行を防ぐうえで重要です。肺性脳症の病院探し
脳神経内科(または神経内科)や呼吸器内科の診療科がある病院やクリニックを受診していただきます。肺性脳症の検査・診断
主に血液ガス分析と画像検査を中心に行われます。この疾患の本質が肺機能低下に起因する血液ガス組成の異常であるため、これらの検査が重要な役割を果たします。血液ガス分析
肺性脳症の診断において特に重要な検査です。この検査では、以下のパラメータを評価します。PaCO2(動脈血二酸化炭素分圧)
80mmHg以上で意識障害のリスクが高まります4)。PaO2(動脈血酸素分圧)
50mmHg以下で意識障害を引き起こす可能性があります4)。pH
7.20以下で意識障害が発生しやすくなります4)。HCO3-(重炭酸イオン)
酸塩基平衡の評価に用いられます。 また、経皮的酸素モニタリングも非侵襲的に酸素飽和度を継続的に測定するために使用されます。画像検査
胸部レントゲンやCT検査は、基礎疾患の評価や肺の状態を確認するために実施されます。これらの検査により、肺気腫、肺線維症、肺炎などの病態を把握することができます。その他の検査
血液検査
白血球数、CRP、肝機能(GOT、GPT)などを測定し、炎症や臓器障害の程度を評価します。喀痰検査
感染症が疑われる場合に実施します。神経学的検査
意識レベルの評価を行います。肺性脳症の治療
原因となる肺機能不全の改善と脳機能障害の管理を中心に行われます。呼吸管理
低酸素血症と高二酸化炭素血症の是正が重要な課題です。例えば、酸素療法(低酸素血症の改善を目的として実施されますが、慎重な管理が必要)やNPPV、CPAP療法(気道閉塞を防ぎ、換気を改善する)、人工呼吸管理(重症例では気管挿管による人工呼吸が必要となることがあり)などです。原疾患の治療
基礎疾患や誘因となった病態の管理も重要です。例えば、感染症対策(抗生物質の投与など)や薬剤調整(不適切な薬剤使用がある場合は中止や変更を検討する)、心不全管理(うっ血性心不全が誘因の場合は適切な治療を行う)などです。脳保護療法
脳浮腫や二次的な脳障害を予防するための治療も考えられます。脳圧管理(必要に応じて脳圧降下薬を使用)と体温管理(発熱時は解熱処置を行う)が重要です。リハビリテーション
急性期を脱した後は、呼吸リハビリテーションを導入し、肺機能の改善と再発予防を図ります。長期管理
慢性肺疾患患者さんでは、禁煙指導や定期的な肺機能評価、適切な薬物療法の継続が重要です。 肺性脳症の治療は、個々の患者さんの状態に応じて総合的に行われる必要があります。早期診断と適切な治療介入が予後改善の鍵となります。肺性脳症になりやすい人・予防の方法
主にCOPDなどの慢性肺疾患患者さんに発症リスクが高くなります。特に、高齢者(加齢に伴う肺機能の低下と基礎疾患の存在により、リスクが上昇)や喫煙者(長期の喫煙は肺機能を著しく低下させ、COPDのリスクを高めます)、職業的曝露(粉塵や有害ガスに長期間さらされる職業に従事する方々)、遺伝的素因(特定の遺伝子多型を持つ方々は、免疫応答や炎症反応の制御に異常をきたしやすい可能性があります)を持つ方々がなりやすいと考えられます。 予防方法としては、禁煙(特に効果的な予防法です)や定期的な肺機能検査(早期発見・早期治療につながります)、呼吸リハビリテーション(肺機能の維持・改善に効果があります)、感染症予防(インフルエンザワクチンの接種や手洗い、マスク着用などの感染対策)、適切な薬物療法(基礎疾患の管理と症状コントロール)などが重要です。 これらの予防策を総合的に実施することで、肺性脳症のリスクを軽減できる可能性があります。関連する病気
- 慢性閉塞性肺疾
- 肺高血圧症
- 睡眠時無呼吸症候群
参考文献




