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中枢神経原発悪性リンパ腫
伊藤 規絵

監修医師
伊藤 規絵(医師)

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旭川医科大学医学部卒業。その後、札幌医科大学附属病院、市立室蘭総合病院、市立釧路総合病院、市立芦別病院などで研鑽を積む。2007年札幌医科大学大学院医学研究科卒業。現在は札幌西円山病院神経内科総合医療センターに勤務。2023年Medica出版社から「ねころんで読める歩行障害」を上梓。2024年4月から、FMラジオ番組で「ドクター伊藤の健康百彩」のパーソナリティーを務める。またYou tube番組でも脳神経内科や医療・介護に関してわかりやすい発信を行っている。診療科目は神経内科(脳神経内科)、老年内科、皮膚科、一般内科。医学博士。日本神経学会認定専門医・指導医、日本内科学会認定内科医・総合内科専門医・指導医、日本老年医学会専門医・指導医・評議員、国際頭痛学会(Headache master)、A型ボツリヌス毒素製剤ユーザ、北海道難病指定医、身体障害者福祉法指定医。

中枢神経原発悪性リンパ腫の概要

中枢神経原発悪性リンパ腫(Primary Central Nervous System Lymphoma:PCNSL)は、脳に発生するまれな悪性腫瘍 で、全脳腫瘍の約3%を占めます1)。この腫瘍は主に中高年に発症し、50歳以上が患者さんの80%を占めています1)。近年、高齢化に伴い発症数が増加傾向にあります1)。PCNSLの90%以上がB細胞由来で、免疫不全状態やEBウイルス感染との関連が示唆されています1)2)。主な症状には、腫瘍の発生部位に応じた局所症状(麻痺、失語、視力障害など)や頭蓋内圧亢進症状(頭痛、嘔気、嘔吐)があります。また、特徴的な症状として、ぶどう膜炎による視力障害が挙げられます。

診断には、MRI(特に拡散強調画像)やPET-CTが有用で、ほかの脳腫瘍との鑑別に役立ちます。最終的な診断は生検術による病理検査で確定します。
治療は、手術による摘出ではなく、化学療法と放射線療法が中心となります。標準的治療として、高用量メソトレキセート療法と全脳放射線照射が行われますが、晩期障害のリスクがあります。近年では、放射線治療を避けた化学療法単独のプロトコールや、リツキシマブの併用など、新たな治療法の開発が進んでいます。
PCNSLは治療に良く反応しますが、再発率が高く、予後は依然として厳しい状況です。今後、より効果的で副作用の少ない治療法の開発が期待されています。

中枢神経原発悪性リンパ腫の原因

正確な発生原因は現在も明らかになっていません3)。しかし、いくつかの危険因子や関連する要素が特定されています。PCNSLは免疫機能の低下と関連があることが示唆されています。特に、臓器移植後や自己免疫疾患のために長期的に免疫抑制剤を使用している患者さんでは、移植後リンパ増殖性疾患(PTLD)として発症することがあります。また、AIDS患者さんにおいてもPCNSLの発症リスクが高まることが知られています。

PCNSLの90%以上がB細胞由来であり、特にびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)が多くを占めます3)。一部の研究では、PCNSLにおいてBcl-6とMum-1の共発現(non-GCB型)が高頻度で見られることが報告されており、これが予後不良に関連している可能性があります4)。
AIDS関連PCNSLでは、Epstein-Barr(EB)ウイルスが高率に陽性となることから、ウイルス感染も発症に関与している可能性があります4)。
これらの要因が複合的に作用し、PCNSLの発症に寄与していると考えられますが、さらなる研究が必要です。

中枢神経原発悪性リンパ腫の前兆や初期症状について

腫瘍の発生部位や進行度によって異なりますが、以下のような症状が見られることがあります。

1. 神経学的症状
麻痺(手足の動きが悪くなる)や失語症(言葉が出にくくなる)、視力低下など
2. 精神症状
記憶障害やイライラしやすくなる、注意障害など
3. 頭蓋内圧亢進症状
頭痛や悪心・嘔吐
4. その他の症状
けいれんや眼症状(ぶどう膜炎など)

これらの症状は、PCNSLに特異的なものではありませんが、50歳以上の方で上記のような症状が急速に進行する場合は、PCNSLの可能性を考慮する必要があります5)。特に、精神症状や頭蓋内圧亢進症状が初期に現れることが多く、それぞれ全体の40%と33%程度の患者さんで認められます6)。
PCNSLは進行が早い腫瘍であるため、これらの症状が出始めてから急速に悪化していくことが多いのが特徴です。そのため、これらの症状に気づいた場合は、速やかに医療機関を受診することが重要です。

中枢神経原発悪性リンパ腫の病院探し

脳神経外科や脳神経内科(または神経内科)の診療科がある病院やクリニックを受診して頂きます。

中枢神経原発悪性リンパ腫の検査・診断

複数の手法を組み合わせて行われます。

1) 画像診断

MRICTスキャンが主要な画像診断法です。PCNSLは造影MRIで均一に強く造影される特徴があります。単純CTやMRI拡散強調画像では、腫瘍細胞の高密度な集積により僅かに高信号を示します。また、FDG-PETも診断に有用で、PCNSLは一般的に高い組織内代謝速度(k3)を示すことが特徴的です7)。

2)脳脊髄液検査

腰椎穿刺により脳脊髄液を採取し、細胞学的検査を行います。これは疾患の確定診断に重要な役割を果たします。

3)血液検査

血液中の腫瘍マーカー(可溶性IL-2レセプター、β2-ミクログロブリン)の上昇が見られることがあります。

4)全身検査

全身のPET検査を行い、中枢神経系以外の部位にリンパ腫がないことを確認します。

5)生検

確定診断には生検が必要です。主に以下の2つの方法があります。

1. 開頭手術
腫瘍が脳表面に近い場合に適しています。
2. 定位手術
脳の深部にある腫瘍に対して行います。レクセルフレームや脳ナビゲーションシステムを用いて精度の高い生検を行います11)。

生検で得られた組織を顕微鏡で観察し、PCNSLの90%以上を占めるびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)であるかを確認します12)。

これらの検査・診断法を総合的に用いることで、PCNSLの正確な診断が可能となります。早期診断が治療効果の向上につながるため、症状が現れた際は速やかに専門医の診察を受けることが重要です。

中枢神経原発悪性リンパ腫の治療

組織診断確定後、大量メトトレキサート(high dose methotrexate:HD-MTX)療法を基盤とする化学療法と、それに続く全脳照射が原則です8)。しかし、HD-MTX単独療法と全脳照射による初期治療では再発率が高く、治療成績はまだ満足できるレベルに達していません8)。

(1)初回治療

1)化学療法

  • HD-MTXを含む多剤併用療法が推奨されます。
  • リツキシマブ(R)をMTX基盤化学療法に併用することがあります。
  • R-MPV療法(リツキシマブ、メトトレキサート、プロカルバジン、ビンクリスチン)は、全脳照射を回避または減量する方法として開発されました9)。R-MPV療法は、メトトレキサート大量療法に全脳照射を併用した場合と比較して、無増悪生存期間、全生存期間が長く、治療成績が良好です9)。

2)放射線療法

  • 照射野は眼球進展がない症例では眼球後半部を含んだ全脳が推奨され、眼球進展がある症例では全眼球を含んだ全脳が推奨されます。
  • 照射線量は23.4〜50 Gy(1回線量1.5〜2.0 Gy)が推奨されますが、眼球への線量は30〜36 Gy程度に留めることが推奨されます8)。
  • メトトレキサート大量療法では全脳照射を併用した方が、再発リスクは低くなりますが、認知機能障害が出る「白質脳症」という副作用が出やすくなるのが難点です。

(2)大量化学療法と自家幹細胞移植

  • 寛解導入療法後に完全奏効が得られた場合、地固め療法として大量化学療法と自家造血幹細胞移植を組み合わせた方法が報告されています10)。
  • 大量化学療法では、ブスルファンとチオテパ併用療法を行います。

(3)再発・難治性PCNSLの治療

1)化学療法

  • 大量メトトレキサート(HD-MTX)療法を含む初期治療により長期間の効果が得られた患者さんにはHD-MTX療法を含む治療を提案されます10)。

2)分子標的薬

  • BTK阻害薬のチラブルチニブ単独療法は、再発治療の選択肢の一つです10)。

PCNSLの治療は、患者さんの状態や病状に合わせて、これらの治療法を組み合わせることが重要です。

中枢神経原発悪性リンパ腫になりやすい人・予防の方法

PCNSLは、50〜80歳、特に60歳代に多い傾向があり、高齢になるほど罹患率が上昇します8)。また、男性にやや多く見られます6)。免疫不全状態、特にAIDS患者さんや臓器移植後で免疫抑制剤を使用している方は、PCNSLの発症リスクが高まります。

PCNSLの明確な予防法は確立されていませんが、関連する危険因子を避けることが重要です。免疫不全状態を招くような生活習慣を避け、HIV感染の予防に努めることが大切です。免疫抑制剤の使用は、自己免疫疾患などの治療に必要な場合もありますが、PCNSLのリスクを考慮し、医師と相談しながら慎重に判断する必要があります.
PCNSLの早期発見・早期治療が重要です。認知機能低下などの精神症状、頭蓋内圧亢進症状、視力障害などの症状に注意し、気になる症状があれば速やかに医療機関を受診してください。特に高齢者は、PCNSLの治療による神経毒性(白質脳症)のリスクが高いため、早期発見と適切な治療法の選択が重要になります8) 。

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