

監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
先天性水頭症の概要
脳の中には脳脊髄液(髄液)という液体が循環していて、この髄液は脳を保護し、栄養を運ぶ大切な役割を果たしています。通常、髄液は脳の中の特定の場所(脈絡叢)で作られ、脳室と呼ばれる空間を通って流れ、最終的に血液中に吸収されます。先天性水頭症は、この髄液の流れが妨げられることで脳室が異常に大きくなってしまう病気です。日本では赤ちゃん1万人に対して約3人の割合で発生する比較的まれな病気です。
水頭症は、髄液の流れ方の問題によって二つのタイプに分けられます。脳室内に髄液の流れを妨げる異常がある場合を「非交通性水頭症」、髄液の流れを妨げる異常はないものの髄液が血液中に吸収される過程に問題がある場合を「交通性水頭症」と呼びます。この違いは治療方法を選ぶ際の重要な判断材料となります。
先天性水頭症の原因
先天性水頭症の原因は様々ですが、その多くは原因が分かっていません。ただし、約40%は遺伝子が関係していると考えられています。遺伝子の中でも特に重要なのは、L1CAMと呼ばれる遺伝子の変化です。この遺伝子の変化は、X染色体(性別を決める染色体の一つ)上にあるため、男の子に多く見られます。最近の研究では、他にもいくつかの遺伝子が関係していることが分かってきました。
先天性水頭症の前兆や初期症状について
先天性水頭症の多くは胎児期や生まれてすぐの時期に診断されます。主な症状は頭の大きさの異常な増大(頭囲拡大)と、頭の前方にある柔らかい部分(大泉門)が硬く膨らむことです。ただし、水頭症の進行が緩やかな場合は、頭の大きさが徐々に増えることで圧力が分散されるため、大泉門の膨らみがはっきりしないこともあります。症状が進行すると、頭の皮膚の下を走る静脈が目立つようになったり、頭に光を当てると赤く透けて見える(落陽現象)ことがあります。さらに重症の場合には、頭の骨と骨のつなぎ目(頭蓋縫合)が離れたり、目の奥の神経(視神経乳頭)に異常が見られたりすることもあります。また、成長に伴って、運動や知的な発達の遅れ、行動の異常、視力の問題、ホルモンバランスの乱れなどが明らかになってくることがあります。なお、X連鎖性遺伝性水頭症という特定のタイプでは、これらの症状に加えて、母指(親指)が内側に曲がるという特徴的な症状も見られます。
先天性水頭症の検査・診断
先天性水頭症の診断は、複数の検査方法を組み合わせて総合的に行われます。基本となる臨床所見としては、頭囲測定と頭囲曲線での経時的変化の確認が重要です。また、拇指の内転屈曲が見られる場合は、遺伝性水頭症を強く疑う所見となります。画像検査による診断では、脳室の大きさや髄液の流れを詳しく調べます。特に胎児期から乳児期早期においては、超音波検査によるスクリーニングが有用です。より詳細な診断にはMRIが必要となり、中脳水道閉塞の有無や第3脳室底の異常、風船状膨隆の有無などを確認することができます。X連鎖性遺伝性水頭症では、治療後の脳室壁が波打つような特徴的な形状や、四丘体の肥大が特徴的な所見として認められます。また、CTは被曝の問題はありますが、治療後の長期的な経過観察において重要な役割を果たします。
遺伝子検査も重要な診断方法の一つです。特にX連鎖性遺伝性水頭症では、L1CAM遺伝子の検査が確立されており、出生前診断や保因者の検査にも活用されています。これらの検査を適切に組み合わせることで、より正確な診断と適切な治療方針の決定が可能となります。
先天性水頭症の治療
治療は主に手術で行われ、二つの方法があります。一つは、余分な髄液を頭の中から腹部に流す手術(脳室腹腔シャント術)です。もう一つは、内視鏡という細い管状のカメラを使って、脳室に新しい髄液の通り道を作る手術です。ただし、この二つ目の方法は、髄液の流れが特定の場所で完全に止まっている場合(非交通性水頭症)にのみ有効とされています。
手術後は定期的な経過観察が重要です。特にシャント手術を受けた場合は、シャントの働きが適切に保たれているかを確認する必要があります。また、日常生活では急激な頭部への衝撃を避けることや、発熱やシャントの周りの皮膚の変化などの異常が見られた場合は速やかに医師に相談することが大切です。
先天性水頭症になりやすい人・予防の方法
遺伝性の水頭症では、家族の中に同じ病気の人がいるかどうかが重要です。特にX連鎖性遺伝性水頭症では、L1CAM遺伝子の変化を持つお母さんから生まれる男の赤ちゃんの半分(50%)が重度の水頭症を持つ可能性があります。
遺伝カウンセリングでは、この病気の遺伝的な特徴や、次の妊娠での発症リスク、さらに利用可能な検査や治療法について詳しい説明を受けることができます。また、心理的なサポートも受けられ、ご家族で今後の方針を考える際の重要な支援となります。
現時点では、遺伝性の水頭症を予防する確立された方法はありませんが、早期発見と早期治療が重要です。定期的な妊婦健診を受けることで、胎児の段階で異常に気付くことができる場合もあります。また、赤ちゃんの頭の大きさや発達の様子を定期的に確認することで、早期発見につながります。
参考文献
- Yamasaki M, et al. Prenatal molecular diagnosis of a severe type of L1 syndrome (X-linked hydrocephalus). J Neurosurg Pediatr 2011
- Yamasaki M, Kanemura Y. Molecular biology of pediatric hydrocephalus and hydrocephalus-related diseases. Neurol Med Chir 2015
- Kundishora AJ, et al. Genomics of human congenital hydrocephalus. Childs Nerv Syst 2021
- Jin SC, et al. Exome sequencing implicates genetic disruption of prenatal neuro-gliogenesis in sporadic congenital hydrocephalus. Nat Med 2020
- Marguet F, et al. Neuropathological hallmarks of fetal hydrocephalus linked to CCDC88C pathogenic variants. Acta Neuropathol Commun 2021




