監修医師:
勝木 将人(医師)
聴神経鞘腫の概要
聴神経鞘腫(ちょうしんけいしょうしゅ)は聴神経腫瘍とも呼ばれ、第8脳神経(内耳神経)の聴神経を包む細胞に発生する良性の腫瘍です。
聴神経には体のバランスをつかさどる前庭神経と、聴覚をつかさどる蝸牛神経があり、腫瘍が発生することで、難聴や耳閉感(耳が詰まった感じ)、めまいなどの症状が起こります。
片耳に発症することがほとんどであり、発症率は脳腫瘍の約10%を占め、やや女性に多いことが特徴です。
(出典:一般社団法人 日本ガンマナイフ学会 「主な適応疾患 聴神経腫瘍」)
聴神経鞘腫は良性の腫瘍なので、短期間で急に大きくなったり、他の臓器に転移したりすることはありません。
腫瘍は数年かけて成長し、徐々に脳を圧迫します。
脳や周りの組織が圧迫されると、顔面のしびれや歩行中のふらつき、意識障害などの症状が出現する可能性があるため、できるだけ早めの診断が必要です。
聴神経鞘腫を早い段階で見つけるには、造影剤を使用したMRI検査が必要です。
発見された場合は、時期や状態に応じて、腫瘍の増大を抑えるガンマナイフ治療や、腫瘍の摘出術をおこないます。
腫瘍が大きくなって脳が圧迫された段階では、治療法が限られたり、合併症を引き起こす可能性があるため、疑わしい症状が見られたらできるだけ早く耳鼻咽喉科に受診し、早期発見につなげることが重要です。
聴神経鞘腫の原因
聴神経鞘腫のはっきりした原因は明らかになっていませんが、遺伝子異常が関係していると考えられています。
NF2(神経線維腫症2型)という腫瘍の発生を抑制する遺伝子の活動量が落ちていることが、聴神経鞘腫の原因であると考えられ、現在研究が進められています。
聴神経鞘腫の前兆や初期症状について
聴神経鞘腫の主な初期症状は、腫瘍がある耳に起こる聴力の低下です。
感音難聴が起こり、高い音が聞こえにくい、さまざまな声が聞き分けにくいなどの症状が現れます。
耳閉感や耳鳴り、めまいなどの症状が見られることもあります。
発症から数年が経過し、腫瘍が大きくなって大脳や小脳、脳幹、脳神経などが圧迫されると、顔面のしびれや歩行中のふらつきなどが生じます。
さらに悪化すると脳室(脳の内部にある空間)が拡大して水頭症も合併し、意識障害や慢性的な頭痛、物忘れ、尿失禁などが起こります。
聴神経鞘腫の検査・診断
聴神経鞘腫の検査は聴覚と平衡感覚の検査を中心におこなわれます。
検査結果より聴神経鞘腫が疑われる場合、造影MRI検査によって確定診断します。
聴覚検査
聴覚検査は、主に純音聴力検査と聴性脳幹反応によっておこないます。
純音聴力検査では、異なる高さの音をヘッドホンで聞かせ、それぞれの音で聞こえる最も小さい音量を調べる検査です。
聴神経鞘腫の特徴として、高音域や中音域(dip型)の聴力低下が見られます。
聴性脳幹反応では、頭部に電極とヘッドホンを装着して音を流し、音刺激に対する脳幹の反応を調べます。
聴神経鞘腫がある場合、正常とは異なる特徴的な反応パターンが認められます。
平衡感覚の検査
平衡感覚の検査は、温度眼振検査や前庭誘発筋電位検査をおこないます。
温度眼振検査は、外耳(耳の入り口)に冷水もしくは温水を流して内耳(耳の最も奥にある聴覚や平衡感覚をつかさどる器官)を刺激し、眼振の誘発を確認します。
聴神経鞘腫がある耳では、内耳の反応が正常に得られないため、正常の耳よりも眼振が少なくなります。
前庭誘発筋電位検査は、耳から音刺激を加えたときに、耳石(内耳のなかにある平衡覚をつかさどる器官)と関係する首の筋肉の反応を筋電図で確認する検査です。
聴神経鞘腫がある耳では、正常の耳よりも胸鎖乳突筋などの筋肉の反応が乏しくなります。
造影MRI検査
聴神経鞘腫の確定診断では、ガドリニウムという造影剤を注入したうえでMRI検査を実施します。
ガドリニウムを併用することで、腫瘍の大きさや周りの組織との関係性を明確に判断することが可能です。
初期段階の腫瘍も発見できるため、早期発見にもつながります。
聴神経鞘腫の治療
聴神経鞘腫の治療は腫瘍の大きさや聴力低下の程度、患者の年齢などを考慮して決定されます。
主な選択肢はガンマナイフ治療と手術療法ですが、腫瘍の成長が年間1mm程度以下と遅いことから、小さな腫瘍の場合は経過観察することもあります。
ガンマナイフ治療
ガンマナイフ治療は、頭に装着した専用のヘルメットから、腫瘍に向けて放射線を照射する治療法で、腫瘍の増殖を抑制します。
3cm以下の小さな腫瘍に対して有効で、頭部を切開せずに治療が可能です。
治療効果の判定には数年の経過観察が必要であり、最終的に腫瘍が完全に消失するわけではありません。
腫瘍が大きい場合は手術療法と併用することもあります。
手術療法
手術療法は主に3cmを超える大きな腫瘍や、脳幹を圧迫するなどの命に関わる状態などで適応されます。
手術による内耳の損傷をできるだけ減らす「経中頭蓋窩法」や、顔面神経の刺激を抑える「経迷路法」などを状態に応じて選択します。
腫瘍を直接摘出でき、神経症状を抑えられることが利点ですが、耳に関連する症状の改善が目的ではないため、術前よりも聴力が低下する可能性もあります。
聴神経鞘腫になりやすい人・予防の方法
聴神経鞘腫になりやすい人や予防の方法はありません。
しかし、病状を悪化させないために、片耳の聴力低下や耳閉感、耳鳴りなどの疑わしい症状が見られた場合は、早めに耳鼻咽喉科に受診しましょう。
定期的に聴力検査を受けることも大切です。
参考文献