監修医師:
神宮 隆臣(医師)
目次 -INDEX-
神経調節性失神の概要
神経調節性失神とは、反射性失神ともよばれる一過性の意識消失です。自律神経による血圧や脈拍の調節が乱れて、脳への血流が一時的に途絶えることで発生します。直接生命に影響する疾患ではありませんが、意識を失ったりしやすいので、生活を制限されることが問題となります。
自律神経は交感神経と副交感神経で構成され、体のさまざまな機能を自動的に調節しています。交感神経はストレスがかかったときに活発になり、心拍数を増加させたり血管を収縮させたりして、血圧を上げるように働く機能を担っています。
副交感神経は心身を休ませる役目があり、血圧や心拍数を下げる働きを持つ神経です。副交感神経の75%程は迷走神経とよばれる神経で、心臓や肺、腹部の臓器に張り巡らされています。これらの自律神経の調節バランスが崩れると、神経調節性失神が起こります。
神経調節性失神の原因
神経調節性失神は、原因別に3種類に分けられます。
血管迷走神経性失神
迷走神経反射とも呼ばれ、迷走神経からの刺激で起こる失神です。以下のような状況が誘因となります。
- 長時間の同じ姿勢(立位、座位)
- 痛みなどの身体的ストレス
- 不眠や疲労の蓄積
- 精神的恐怖や強いストレス
学校で朝礼中に倒れるケースがよく知られています。
状況失神
日常生活における特定の動作が引き金となる失神です。主な誘因は以下のようなものです。
- 排尿
- 排便
- 飲み込み
- 咳
- くしゃみ など
頸動脈洞症候群
首を回したり圧迫したりといった、首への刺激によって起きる失神です。具体的には以下のような動作が誘因となります。
- 衣服の着替え
- ネクタイなどによる頸部の圧迫
- 運転中の首の動き
- 重い荷物の上げ下ろし
神経調節性失神の前兆や初期症状について
神経調節性失神が起こる直前には、しばしば以下のような前兆が認められます。
- 疲労感・脱力感
- 吐き気
- 冷や汗
- 目の前が暗くなる
- ふらつき など
意識を失った状態からは数秒から数分程で回復します。
神経調節性失神の大多数は命に関わることはありません。しかし、失神は心臓の病気でも起こります。
心疾患が隠れていると、命に関わる不整脈を起こしやすい可能性もあるため、失神や前兆を経験した方は一度医療機関を受診するのが望ましいです。
失神の診療科
失神の診療は、循環器内科や脳神経内科が得意とします。かかりつけ医に相談して紹介してもらうのもおすすめです。
失神外来を訪ねてもよいでしょう。関連する診療科が連携して診察してくれます。
倒れてケガをした場合などは、救急外来でも問題ありません。
神経調節性失神の検査・診断
神経調節性失神は、問診や検査で総合的に診断します。心臓や脳の病気が隠れていないか判断することも重要です。
問診
問診では、以下を詳しく確認します。
- 失神時の状況
- これまでの病歴
- 内服中の薬
- 突然死の家族歴の有無
特に失神時の状況は大切です。失神前後の症状や、意識がない間の様子など、居合わせた人の証言も含めて医師に伝えましょう。
チルト試験
ヘッドアップチルト試験とも呼び、血管迷走神経性失神を診断するための検査です。台の上に仰向けになって安静にした後、台を徐々に起こして、血圧や心電図を観察します。
チルト試験での陽性率は最大75%程度であり、血管迷走神経失神の患者さんでも陰性となるケースも珍しくありません。この場合は、問診と合わせて総合的に診断します。
頸動脈洞マッサージ
頸動脈洞症候群を疑う場合に行う検査です。患者さんの頸部を医師が刺激し、血圧や心拍数の変化が現れるか調べます。
心電図検査
状況失神の場合、上記の検査で診断するのが難しい場合も少なくありません。24時間の心電図を継続的に見るホルター心電図を装着すると、診断の参考になることがあります。
その他の検査
ほかの原因が隠れていないか調べるために、前もって以下の検査を行うことがあります。
血液検査
電解質のバランス、血糖値、貧血の有無などを確認
頭部CT、MRI
脳卒中などを疑う場合
神経調節性失神の治療
神経調節性失神の治療は、今後の失神発生を予防するために行います。3種類のどれであっても、重要なのは生活習慣の見直しです。
重症例では、心拍数の低下をサポートするためにペースメーカ植込みを検討する場合もあります。
血管迷走神経性失神の治療
血管迷走神経性失神では以下の事柄を意識し、誘因となる状況を作らないのが大切です。
- 十分に水分をとる
- 長時間の立ちっぱなし・座りっぱなしを避ける
- 過度な飲酒を避ける
- 適度に塩分をとる
- ストレス管理
前兆を感じたら、しゃがんだり横になったりすると、失神を回避できる場合があります。転倒やけがを回避するためにも大切な対策です。
誘因となる薬剤を服用していれば、中止や減量を検討します。弾性ストッキングを使う、睡眠時に上半身を高くするといった対策が有効な場合もあります。
生活習慣と服用薬剤を見直しても失神を繰り返す場合は、起立調節訓練法(チルトトレーニング)を行います。これは自宅などの壁を利用して行う血圧調節の訓練です。方法は、背中全体を壁につけて立ち、両足を15cm程度前に出します。この姿勢を30分間保つ訓練を1日1〜2回行います。訓練中は下肢の筋肉を動かさないのがポイントです。
それでも失神を繰り返す場合は薬物療法を検討します。血管内の水分を増やすための食塩補給や鉱質コルチコイド、交感神経を刺激するα刺激薬などを用います。
状況失神の治療
状況失神では、排泄や食事など、生活上避けられない動作が誘因となります。なるべく失神を誘発しない動作を身につけましょう。
例えば排泄時に症状が出る患者さんは、以下のような対策が可能です。
- トイレでは手すりにつかまる
- 無理に力まない
- 済んだらゆっくり立つ
個室の鍵をかけず、緊急時に開けられるようにしておくのもよい対策です。
飲み込む時に症状が出る場合は、ゆっくりよく噛んで食べる、一口の量を少なめにするといった対策が可能です。誘因となる食べ物が決まっていれば、避けることで対策となります。失神の前兆を感じたら、頭を低くしたり横になったりして、失神の回避を試みてください。
頸動脈洞症候群の治療
頸動脈洞症候群では首の圧迫や急な動きが誘因となります。具体的には以下のような動作で起きやすいです。
- ネクタイを締める時
- 着替え
- 車の運転
- 荷物の上げ下ろし
避けられる動作は避けるほか、着替えなどでは首をゆっくり動かすよう気をつけましょう。首を締め付ける形状の服を選ばないのも大切です。
頸動脈洞症候群における失神は、前兆なしに突然起こる場合が少なくありません。前兆を感じて回避策を取るのは難しいため、繰り返す場合はペースメーカ治療を検討します。ペースメーカが心拍数の低下・停止を感知し、自動的に再開させることで症状の改善が期待できます。
神経調節性失神になりやすい人・予防の方法
血管迷走神経失神は若い方に多いですが、幅広い年代で発症する可能性があります。男女比は女性がやや多くなっています。頸動脈洞症候群は50歳以上の男性に多いのが特徴です。心疾患を合併している患者さんも少なくありません。
状況失神になりやすい人は誘因ごとに異なります。排尿時の失神は男性、排便時の失神は女性に多いとの報告があります。どちらも中高年の方で起きやすく、排便失神の方が年齢が高くなっています。飲み込みで誘発される失神は男性に多いです。
神経調節性失神の発症予防
神経調節性失神の発症予防は、治療についての説明でもお伝えしたように、誘因を避ける対策が有効です。
また、夏場を中心に十分な水分摂取を心がけることや、極端な塩分制限をしないことも予防につながります。多量の飲酒を避けることや、十分な睡眠をとることも大切です。
参考文献