監修医師:
勝木 将人(医師)
目次 -INDEX-
軽度認知障害の概要
軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)とは、注意力や記憶力など認知機能が低下がしているものの、基本的な日常生活には支障をきたしていない状態のことです。
認知症と健常な状態のグレーゾーンの段階であり、軽度認知障害のある高齢者は約400万人いるとされています。
軽度認知障害の方が認知症に移行するのは1年で5~15%程度であり、必ずしも認知症に進行するわけではありません。
1年で16~41%の方は健常なレベルに戻っていることが明らかにされています。
認知症への移行を遅らせたり、健常な状態に回復したりするためには、早めの受診を心がけ、医師に相談しながら運動や認知トレーニングなどに取り組むことが大切です。
軽度認知障害の原因
軽度認知障害の主な原因は、大きく2つに分けられます。
1つはアルツハイマー病、血管性疾患、レビー小体病といった脳の疾患です。もう1つは、高血圧や糖尿病をはじめ、肥満や喫煙などの生活習慣が影響するリスク要因です。
脳の疾患においては、アルツハイマー病やレビー小体病が脳内の異常なタンパク質の増加を引き起こし、認知機能の低下につながります。
また、血管性疾患では、脳内の血管が損傷することで認知機能が影響を受けることが多くみられます。
一方、脳卒中や高血圧、糖尿病といった生活習慣病は、脳内の血管に障害をきたし、認知機能に深刻な影響を及ぼします。特に、脳卒中を起こした場合、軽度認知障害や認知症になるリスクが高く、発症率は1年以内で10%に達すると報告されています。
さらに、うつ病やストレス、睡眠不足、社会的な孤立といった心理的・社会的な要因も、軽度認知障害に関与する可能性があります。そのため、これらの要因一つひとつに適切に対処していくことが重要です。
軽度認知障害の前兆や初期症状について
軽度認知障害では、記憶力の低下が多くのケースでみられます。具体的には、次のような症状が現れることがあります。
- 最近の出来事を思い出せない
- 予定や約束を忘れてしまう
- 外出や人付き合いに興味がなくなる
- 忘れ物や探し物の頻度が多くなる
ただし、このような症状が現れている場合でも、家事や買い物など日常生活には支障をきたしていない可能性があります。
症状を放っておくことで認知症に進行する恐れがあります。そのため、家族や友人など周囲の人に症状を指摘された場合は、速やかに精神科や心療内科などの診療科がある医療機関を受診することが重要です。
軽度認知障害の検査・診断
軽度認知障害を疑う場合は、まず問診を行い、患者本人や家族から日常生活の様子や認知機能の変化についての情報を集めます。
次に、認知機能を評価するための標準的なスクリーニング検査を実施します。この中には、記憶力や注意力、言語能力、計算能力などを測るテストが含まれます。
スクリーニング検査 | ポイント |
---|---|
長谷川式認知症スケール (HDS-R:Hasegawa Dementia Scale-Revised) |
・年齢、見当識、3単語の即時記銘と遅延再生、計算、数字の逆唱、物品記銘、言語流暢性の9項目からなる検査。 ・30点満点で、20点以下が認知症疑い。 |
ミニメンタルステート検査 (MMSE:Mini Mental State Examination) |
・時間や場所の見当識、3単語の即時再生と遅延再生、計算、物品呼称、文章復唱、3段階の口頭命令、書字命令、文章書字、図形模写の11項目から構成される検査。 ・30点満点で23点以下が認知症疑い、27点以下は軽度認知障害疑い。 |
モカテスト (MoCA:Montreal Cognitive Assessment) |
・視空間、遂行機能、命名、記憶、注意力、復唱、語想起、抽象概念、遅延再生、見当識の9項目からなる検査。 ・30点満点で25点以下が軽度認知障害の疑い。 ・MoCAはMMSEよりも糖尿病患者の認知機能障害を見出せる。 |
また、MRIやCTなどの画像検査によって脳の萎縮や障害がないかを確認します。さらに、血液検査によってビタミン欠乏や甲状腺機能の低下など、認知機能に影響を与えていないかなどを調べることもあります。
これらの検査結果を総合的に判断し、軽度認知障害の診断をおこないます。
軽度認知障害の治療
軽度認知障害の治療は、運動や食事などの生活習慣の改善と薬物療法です。症状の進行を遅らせ、認知機能を改善することを目標とした治療がおこなわれます。
運動習慣の改善
運動習慣がある方は、軽度認知障害のリスクが低いとされています。
一般的に、年齢を重ねると少しずつ脳が小さくなり機能が低下します。
しかし、運動をすることで脳の血流が増加したり神経細胞が増加したりすることで、認知機能が向上する可能性があります。
ある研究結果では、定期的な運動習慣(週3回、週2時間以上)がある方と比べて、運動習慣がない方は、認知症になるリスクが1.82倍であることが明らかとなりました。
たとえば、水泳やジョギングの有酸素運動をしたり、足腰を鍛える筋トレをしたりすることが効果的です。中強度以上の運動(息が少しはずむものの、運動している人と話ができる程度)を週3日以上行って、認知機能が今の状態よりも低下しないようにしていくことが重要です。
ほかにも、運動をきっかけに外出したり、友人と交流を持ったりすることが症状を悪化させないためには欠かせません。
ただし、高齢者の場合は、過度な運動により熱中症やケガなどの恐れがあるため、かかりつけ医に相談しながら進めることが推奨されます。
食事の改善
軽度認知障害の進行を抑える食べ物は、現時点(2024年9月時点)では科学的に明らかにされていません。
しかし、食事の内容だけではなく、食事のときの空間を意識することで病状の進行を抑制する効果が期待できます。例えば、次のような食事の環境が望ましいです。
- 孤食よりも会話を楽しめる
- 味覚や触覚などの五感を感じられる
- 季節を感じて行事を楽しめる
- 彩りのきれいな食事を味わえる
食事は主食・主菜・副菜と品目のバランスを整え、さまざまな食品を取り入れることが大事です。
薬物療法
レカネマブが、アルツハイマー病による軽度認知障害の進行を抑える効果があることが明らかになりました。
そのため、軽度認知障害の症状に応じて使用するケースもあります。医師と相談のうえで薬物療法を実施していくことが大切です。
軽度認知障害になりやすい人・予防の方法
軽度認知障害になりやすい人には、次のような特徴があります。
- 高齢者(65歳以上)
- 糖尿病や高血圧、肥満といった生活習慣病がある人
- 運動習慣がない人
- 喫煙している人
- 家族や友人と交流がない人
予防方法としては、生活習慣の改善や定期的な運動が欠かせません。さらには、脳トレーニングゲームやボードゲームをしたり、音楽活動・芸術活動に励んだりすることが大切です。
症状に悩んだときには、地域包括支援センターやかかりつけ医に相談することで、効果的な予防につながったり、今の生活での悩みを解決できる可能性があります。
近くに家族がいない方やサポートしてくれる人がいない方は、これら地域の支援機関に相談してみてください。
参考文献