

監修医師:
勝木 将人(医師)
目次 -INDEX-
進行性核上性麻痺(PSP)の概要
進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy:PSP)は、中年期以降に発症する脳幹を中心とした中枢神経系(大脳、脳幹、小脳、脊髄からなる神経組織)に変性を生ずる疾患です。原因(感染症、腫瘍、血管障害、中毒、奇形、脱髄疾患、栄養障害や自己免疫疾患などによらない)の明らかでない神経細胞脱落を起こす現象を、病理学的に変性と言います。
臨床的主要症状には姿勢反射障害による易転倒性(特に後方への転倒)や核上性注視麻痺(特に垂直方向の眼球運動障害)、パーキンソニズム(筋強剛、無動など)、認知機能障害(特に前頭葉機能障害など)、構音障害、嚥下障害などを認めます。
発症から2〜3年で車椅子が必要になる傾向があります。
診断は主に臨床症状と経過に基づいて行われます。補助診断として、MRIにおける中脳被蓋部の萎縮(ハチドリサイン:humming bird sign)やドパミントランスポーターシンチグラフィ(DaT Scan)による大脳基底核機能検査が有用です。
現在のところ根本的な治療法は確立されていません。対症療法として、レボドパやドパミンアゴニスト、抗コリン薬などのパーキンソン病(Parkinson disease:PD)治療薬が試されますが、効果は限定的で一時的です。
症状の進行に伴い、日常生活動作の低下、嚥下障害による誤嚥性肺炎のリスク増加などが問題となります。PSPの病態解明と効果的な治療法の開発は、現在も神経科学分野における重要な研究課題となっています。
進行性核上性麻痺(PSP)の原因
現在のところ正確な原因は完全には解明されていません。しかし、PSP患者さんの神経病理所見にはタウタンパク質の異常蓄積が認められます。
タウ(Tau)とは、1975年に発見された微小管関連のタンパク質です。正常のタウが異常タウに置き換わってしまうと微小管の維持や核の安定化ができなくなります。さらに、異常タウは不溶性(不溶性リン酸化Tau)なので凝集体として神経細胞内に蓄積されてしまいます。このタウタンパク質が脳内の神経細胞とグリア細胞の両方に蓄積し、大脳基底核、脳幹、小脳といった脳の特定の部位で神経細胞の変性・脱落を引き起こすと考えられています。
さらにPSPは40歳以降に発症することが多く、年齢も発症の要因の一つと考えられています。
進行性核上性麻痺の患者数
令和元年度(2019年度)の医療受給者証保持者数によると、日本における進行性核上性麻痺の患者数は11,615人でした。この数字は2019年度のデータであり、現在はさらに変化している可能性があります。進行性核上性麻痺は高齢になるほど発症率が高くなる傾向があるため、高齢化社会の進展に伴い、患者数が増加する可能性があります。
進行性核上性麻痺(PSP)の前兆や初期症状について
- 易転倒性
PSPの最も特徴的な初期症状の一つです。特に後方へ転倒しやすく、バランスを保つことが難しくなります。 - 歩行障害
すくみ足(歩こうとして足が一歩前に出ない)や加速歩行(歩いているうちに徐々にスピードが速くなる)が見られます。 - パーキンソン症状
手首などの固さ(筋強剛)や動作の緩慢さが現れます。ただしパーキンソン病(PD)と異なり、安静時振戦は稀です。 - 姿勢の変化
初期には必ずしも前かがみにはならず、むしろ直立する、または首が後屈する姿勢をとることがあります。 - 眼球運動障害
上下方向の眼球運動が困難になります。特に下方視が困難となることが多いようです。 - 認知機能の変化
注意力や判断力の低下、思考の緩慢化などが見られることがあります。
これらの症状は徐々に進行しますが、パーキンソン病(PD)と比べて進行が速い傾向があります。特に、初期症状はPDに似ているため、正確な診断には医師による詳細な評価が必要です。
進行性核上性麻痺の病院探し
脳神経内科(または神経内科)の診療科がある病院やクリニックを受診して頂きます。
進行性核上性麻痺の経過
徐々に発症し、経過は緩徐進行性です。PSPの場合は発症後平均約5年で車椅子使用、約8年で臥床状態となり、罹病期間は9年程度と報告されています。進行すると嚥下機能障害・呼吸障害(上気道閉塞、中枢性無呼吸)や排尿機能障害を認め、誤嚥性肺炎や尿路感染症を合併します。PSPの経過は個人差がありますが、一般的にパーキンソン病(PD)よりも進行が速く、より重度の障害をもたらします。早期診断と適切な症状管理が重要となります。
進行性核上性麻痺(PSP)の検査・診断
問診
家族歴、遺伝性の有無と症状の経過(発症時期や進行状況など)を詳しく聴取します。しかし、受診されてすぐに家族歴を伺っても全てを正直に話してくれる患者さん・家族はごく少数です。中々言い出しにくいデリケートな分野であるので、次回に仕切り直すなど、時間をかけて聴取することが大切となります。
神経学的診察
錐体外路症状(筋強剛や動作緩慢、無動など)や小脳症状(体幹・四肢の運動失調や企図時振戦、眼球運動障害など)、自律神経症状(起立性低血圧、排尿障害など)の有無を確認します。
画像検査頭部MRI画像
画像検査頭部MRI画像で小脳や脳幹の萎縮を確認します。PSPではMRIの矢状断では中脳被蓋部が痩せ、橋の幅に比して0.5以下となります。別名ハチドリサイン(humming bird sign)とも言われます。またMRIの水平断では、被蓋部が痩せた中脳が朝顔やネズミの顔のようにみえることから、それぞれ朝顔徴候(Morning glory sign)やミッキーマウスサイン(Mickey mouse sign)と呼ばれます。場合によっては頭部CT画像も実施します。
生理学的検査
自律神経機能検査を行います。起立試験(シェロングテスト:Schellong test)はベッドサイドで起立性低血圧の有無を判定する検査で、血圧計を用意するだけで簡易に実施できます。起立後3分以内に収縮期血圧20mmHgまたは拡張期血圧10mmHg以上低下が持続すると陽性と判断します。また、残尿測定やCVR-R検査も自律神経障害を調べる上で行います。
鑑別診断
鑑別診断には、詳細な病歴聴取、神経学的診察、画像検査(MRI、DaT Scanなど)、L-dopa反応性の評価などが重要です。PSPの診断は特に初期段階では難しいことがあり、経過観察が必要な場合もあります。
- パーキンソン病(PD)
• PSPはPDと比較して進行が速く、より重度の筋強剛と身体障害をもたらします。
• PSPでは垂直性眼球運動障害が特徴的ですが、PDでは通常見られません。
• PSPではL-dopaへの反応が乏しいか、一時的であることが多い傾向です。 - 大脳皮質基底核変性症(Corticobasal degeneration:CBD)
• CBDでは症状の左右差が顕著ですが、PSPでは比較的対称的です。
• CBDでは肢節運動失行や他人の手徴候が見られることがありますが、PSPでは稀です。 - 多系統萎縮症(Multiple system atrophy:MSA)
• MSAでは自律神経症状が初期から顕著ですが、PSPでは通常軽度です。
• MSAでは小脳症状が見られることがありますが、PSPでは稀です。 - びまん性レビー小体病(diffuse Lewy body disease:DLB)
• DLBでは幻視や変動する認知機能が特徴的ですが、PSPでは通常見られません。 - アルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)
• ADでは記憶障害が主体ですが、PSPでは前頭葉機能障害が目立ちます。
• PSPでは眼球運動障害や姿勢反射障害が顕著ですが、ADでは通常見られません。 - 血管性パーキンソニズム
• 画像検査で明らかな脳血管障害の所見があれば鑑別できます。
進行性核上性麻痺(PSP)の治療
残念ながら、現時点では根本的治療薬はまだありません。患者さんの生活の質を可能な限り維持するための対症療法が主体となります。
パーキンソニズムがあった場合は、抗パーキンソン病薬は初期にはある程度有効なので試す価値はあります。
自律神経障害への対応、特に起立性低血圧に対しては、弾性ストッキングの着用や薬物療法(ミドドリン塩酸塩、ドロキシドパの内服など)を行います。睡眠時の呼吸障害への対応は、持続的気道陽圧法(CPAP)や非侵襲的陽圧換気(NPPV)を導入することがあります。重症化した場合は、気管切開が必要となることもあります。
嚥下機能障害が進行した場合の栄養管理は、経鼻胃管あるいは胃瘻の造設を行うこともあります。
疾患そのものを改善させる治療法がない中では、四肢体幹の運動機能や構音嚥下機能などの維持・改善、廃用・拘縮予防のために、リハビリテーションがとても重要になります。多くが緩徐進行性のため、疾患病期に合わせたバランス訓練、歩行訓練、手の巧緻運動訓練、言語訓練を行うことが大切です。
進行性核上性麻痺の対処法
日常生活では、体幹・下肢の失調症状、歩行時のふらつきのため、転倒に注意しなければなりません。自宅の玄関・廊下・トイレやお風呂などに手すりを設置する、また段差による躓きを防止するために、水回りや床はバリアフリーにするなどの生活環境の工夫が大切です。
嚥下機能障害には、食形態の工夫も大切です。パサパサした食材は口腔内でバラけるため誤嚥の原因となりやすく、とろみを付けたり、細かく刻むなどの工夫を行い飲み込みやすくします。また唾液の誤嚥により誤嚥性肺炎の合併も起こり得るため、口腔内のケアも欠かせません。歯科診療と併せてケアすることが重要です。
PSPは厚生労働省の特定疾患(神経難病)に指定されており、治療費の助成を受けることができます。
進行性核上性麻痺(PSP)になりやすい人・予防の方法
現在の医学的知見では明確な回答はなく、PSPは通常、遺伝性は認められず、ほとんどの場合が孤発性(散発性)です。特定の人に多いということはありません。
PSPは原因不明の神経変性が主な原因であり、確立された予防法はありません。しかし、一般的な健康管理(バランスの取れた食事、適度な運動、十分な睡眠など)が重要です。また、定期的な健康診断を受け、異常を感じた場合は、速やかに脳神経内科の診察を受けることが大切です。
関連する病気
- パーキンソン病
- 大脳皮質基底核変性症
- レビー小体型認知症
- 多系統萎縮症
- アルツハイマー型認知症
- 構音障害
- 高齢発症神経疾患
- 伊藤規絵著:ねころんで読める歩行障害 メディカ出版,大阪,2023
- 進行性核上性麻痺 - 独立行政法人国立病院機構 宇多野病院
- 難病情報センター 進行性核上性麻痺(指定難病5)
- 進行性核上性麻痺 | 岐阜大学 大学院医学系研究科 脳神経内科学分野




