

監修医師:
五藤 良将(医師)
目次 -INDEX-
日本脳炎の概要
日本脳炎とは、日本脳炎ウイルスに感染することによって発症する病気で、主にコガタアカイエカという蚊を媒介として感染します。
日本脳炎という名称ですが、現在の主な流行地域は東南アジア、南アジアであり、日本国内での患者数は年間で10名以下です。国内においては関東以西の西日本での感染例が多いですが、地球規模の温暖化に伴い、今後これまで発見例がない地域でも発生する可能性はあります。
人が日本脳炎ウイルスに感染しても、ほとんどの場合は無症状ですが、100人〜1000人に一人の割合で発症すると言われています。発症すると脳に炎症を起こし、高熱、頭痛、嘔吐などの症状が出るほか、神経系の麻痺や意識障害に至ることもあります。
発症者の20%〜40%は死に至り、特に幼児、小児、老人では死亡の危険性が高いです。
また、発症後の生存者の45%〜70%に麻痺、けいれん、パーキンソン病のような症状、精神障害といった後遺症が残ると言われています。
日本脳炎の原因
日本脳炎は、フラビウイルス科に属する日本脳炎ウイルスへの感染が原因となって起こります。
この日本脳炎ウイルスは豚、牛、馬、羊、山羊、鳥類など、自然界の多くの動物の体内にいます。この中で特に豚は日本脳炎ウイルスの増幅動物であり、豚の血液を吸った蚊が人間を刺すことでウイルスを媒介し、人間への感染が起こります。日本脳炎ウイルスが人間から人間へ感染することはありません。
豚、蚊、人が揃っていることが感染の条件であるため、蚊が吸血活動を行う夏〜秋の農村地域で生じやすい傾向があります。多くの蚊の体内から日本脳炎ウイルスが見つかっていますが、日本では、特に媒介能力が高いのが水田など比較的大きなたまり水のある場所で繁殖するコガタアカイエカといったイエカ属の蚊です。
日本脳炎ウイルスが人間の体内に侵入し、脳へ到達して脳細胞を破壊することによって症状が現れます。年間発症者が少ないため、過去の病気と思われがちですが、現在も豚と蚊の間では頻繁にウイルスが行き来しており、常に感染の可能性があることを忘れてはいけません。
日本脳炎の前兆や初期症状について
日本脳炎ウイルスの潜伏期間は6日〜16日で、感染しても多くの場合は発症しない不顕性感染であるため、前兆をつかむことは難しいです。
発症後の初期症状には発熱、頭痛、嘔吐、めまいなどが見られます。その後、脳炎や髄膜炎に進行すると、意識障害やけいれん、異常行動、神経障害といった重篤な症状が現れます。脳炎、髄膜炎に至った場合の死亡率は20%〜40%と高く、生存しても精神障害などの重い後遺症が残る可能性が45%〜70%とされています。
日本脳炎の発症が疑われる場合、直ちに子どもの場合は小児科、大人の場合は神経内科、感染症科を受診してください。意識障害やけいれんなどで自力で病院へ行けない状態であれば、ためらわずに救急車を呼んでください。
日本脳炎の検査・診断
日本脳炎に特徴的な所見が認められる場合、確定診断のために血液、髄液を検査し、病原体およびその遺伝子、抗体を調べます。並びに、血液中の白血球数、赤血球の反応といった血液、血清の所見、脳波やCT、MRIの画像と合わせて診断を下します。
血液や血清からウイルスそのものを検出することは困難なため、患者の死後、病理解剖で脳の組織を採取し、ウイルスの分離、抗原あるいはウイルスRNAの検出をもって確実な診断を下します。
日本脳炎は感染症法において4類感染症に分類されており、診断した医師は感染者の全数を直ちに保健所へ届け出なければなりません。感染した患者、無症状の病原体保有者、感染症死亡者および感染症死亡疑い者の死体について報告義務があるため、日本脳炎が疑われる病死者は死後の病理解剖で確定させる必要があります。
日本脳炎の治療
現在、日本脳炎に有効な治療法はないため、一般療法と対症療法が中心となり、特に高熱とけいれんへの対処が重要となります。また、合併症の予防にも努めます。具体的には呼吸の確保、水分や栄養の補給、発熱やけいれん、意識障害などの治療です。
脳のむくみに対してステロイド治療を行う場合もありますが、予後や後遺症、死亡率の改善には効果がないとされています。
将来的に日本脳炎に効果が期待できる薬剤が開発されたとしても、ウイルスによって破壊された脳細胞の修復は難しいと考えられます。したがって、治療によって元の健康な状態に戻ることは困難だと考えられるため、何よりも予防が重要となります。
日本脳炎になりやすい人・予防の方法
日本脳炎ウイルスの感染源とその媒介役が揃っていることが感染の条件であるため、豚の飼育域に近い場所にいる人はそれだけ感染の機会が多いということになります。また、海外の流行地域へ渡航した人も注意が必要です。年齢で見ると、免疫系が発達途上の幼児、小児、体力の低下した高齢者はより感染に注意しましょう。
蚊に刺されない対策
予防としては、まず蚊への接触を抑えることです。長袖の着用、蚊取り線香やスプレーなどの虫除け剤の適切な使用、網戸、蚊帳といった物理的な対策などが有効です。温帯地域では夏から秋にかけて、海外では雨季のシーズン、また熱帯域では年間を通しての防虫対策を怠らないようにしてください。
ワクチン接種
そして、もう一つの対策の柱が予防接種です。
不活化させた日本脳炎ワクチンを接種することで、日本脳炎ウイルスに対する免疫効果が得られます。特効薬がない現状においては、ワクチンが唯一の防御手段となります。不活化ワクチンのため、免疫を獲得するためには複数回接種する必要があります。
現在、国内で推奨されている標準的な接種スケジュールは、まず3歳の時に6日〜28日の間隔を空けて2回、その後おおむね1年後の4歳で1回、計3回接種します。この3歳〜4歳の時期の接種を1期接種とし、その後、2期接種として9歳〜12歳頃に1回の接種、合計4回の接種を行います。
かつては14歳〜16歳頃に3期目の接種が実施されていましたが、有効性が低いとされ、2005年に廃止されています。
1期、2期の定期接種を受け終えていても、その有効期間は3年〜4年とされており、他の予防接種と比べて有効期間はやや短いと言えます。日本脳炎の流行地域、とりわけ農村部に長期間渡航する場合などは改めて渡航前に1回、その後3年〜4年おきに1回の予防接種を受けることが望ましいです。流行地域への渡航者や、農村部など感染リスクの高い地域に長期滞在する人には、年齢を問わず追加接種(任意接種)が推奨されます。
日本脳炎ワクチンの特例対象者について
国内では2005年〜2010年の間において、日本脳炎ワクチンの接種が控えられていたことがありました。これは、当時用いられていたワクチンによる急性散在性脳脊髄炎(ADEM)の疑い例が発生したため、国が予防接種を積極的に勧めなかったことに由来します。
現在はワクチンの製法が変わった新型ワクチンが用いられており、安全性が高まったことで再び定期接種が行われるようになりました。
この積極的勧奨を控えていた時期に日本脳炎の予防接種を受けるはずだった対象者には、特例措置として、1995年4月2日から2007年4月1日の間に生まれた人に対し、1期初回から2期までの未接種分を20歳未満まで接種することができます。この時期に生まれていて、3歳〜4歳(1期)、9歳〜12歳(2期)の接種を終えておらず、接種を希望する方はお住まいの自治体の保健所へ問い合わせてください。




