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ウェルニッケ脳症
朝山 康裕

監修医師
朝山 康裕(医師)

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金沢医科大学医学部卒業。国立病院機構金沢医療センター、金沢医科大学病院、島根大学医学部附属病院脳神経内科、国立病院機構宇多野病院脳神経内科などに勤務したのち、あさやま内科クリニック 院長に就任。日本内科学会専門医、日本神経学会神経内科専門医。

ウェルニッケ脳症の概要

ウェルニッケ脳症は、ビタミンB1(チアミン)の欠乏によって引き起こされる急性の神経疾患です。ビタミンB1は糖質をエネルギーに変換する代謝過程で重要な役割を果たしており、不足すると脳細胞がエネルギー不足に陥り、脳の特定の部位にダメージが生じます。これにより、ウェルニッケ脳症の症状が現れるのです。

ウェルニッケ脳症の主な症状は、意識障害、眼球運動障害、運動失調の三つに分類されます。意識障害は軽度の意識混濁から重度の昏迷状態まで幅広く、眼球運動障害には複視(物が二重に見える状態)や眼球の運動異常、眼瞼下垂(まぶたが垂れ下がる状態)などが含まれます。運動失調はバランスを保つことが困難になり、歩行が不安定になる症状を指します。

ウェルニッケ脳症は早期に診断し治療しないと、永久的な神経障害や後遺症を残すことがあるため、迅速な対応が求められます。治療が遅れると、コルサコフ症候群という慢性的な記憶障害を併発するリスクが高まり、長期記憶の形成に深刻な影響を与えることがあります。治療の中心はビタミンB1の補給です。早期の治療により、症状の多くは回復可能ですが、長期間放置された場合の予後は不良となることが多いようです。

この病気は1881年にドイツの神経科医カール・ウェルニッケによって初めて報告され、彼の名にちなんでウェルニッケ脳症と呼ばれています。ウェルニッケ脳症は迅速な対応が求められる疾患であり、特にリスク因子を持つ人々は予防と早期発見に努めることが重要です。リスク因子として一般的なのは、アルコール依存症です。

ウェルニッケ脳症の原因

ウェルニッケ脳症の原因は、ビタミンB1の欠乏です。ビタミンB1は糖質の代謝に重要な役割を果たしており、特に脳や神経系の正常な機能に不可欠です。このビタミンが不足すると、脳の特定の部位が正常に機能しなくなり、ウェルニッケ脳症の症状が現れることがあります。

ビタミンB1は通常食事から摂取されるため、食事の摂取不足や吸収不良が欠乏の原因となります。一般的な原因として、アルコール依存症が挙げられます。アルコール依存症の方は食事摂取が不足しがちなことに加え、アルコールの作用で消化管のビタミンB1吸収機能が低下することが知られています。ほか、妊娠悪阻(つわり)やがんとその化学療法による食欲低下、また、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎・クローン病)による吸収不良などが原因となります。過度な偏食によってウェルニッケ脳症を発症する場合もあるようです。長期の透析やエイズ、甲状腺中毒症、特定の遺伝子変異を持つことも本疾患のリスクとなると言われています。

ウェルニッケ脳症の前兆や初期症状について

ウェルニッケ脳症は迅速な診断と治療が求められるため、早期の発見が重要です。前兆や初期症状がある場合は、脳神経内科を受診しましょう。

ウェルニッケ脳症の背景には、ビタミンB1の欠乏があり、その原因として栄養失調が挙げられます。よって、病気の前兆として体重減少が見られることが多い傾向にあります。特に慢性的なアルコール依存症の患者さんでは顕著です。栄養状態が悪化することで、全身の筋力低下や免疫力の低下が見られることもあります。

また、初期症状としては以下のようなものがあります。

1. 意識障害
ウェルニッケ脳症の初期段階では、意識障害がしばしば見られます。患者さんは混乱しやすくなり、時間や場所、人物の認識ができなくなることがあります。これは、いわゆる「せん妄」として現れることが多いようです。

2. 眼球運動障害
ウェルニッケ脳症のもう一つの典型的な症状は、眼球運動の障害です。具体的には、眼球が正常に動かなくなり、複視(ものが二重に見える状態)が発生します。さらに、眼瞼下垂(まぶたが下がる状態)や、目の焦点が合わなくなることもあります。

3. 運動失調
運動失調もウェルニッケ脳症の初期症状の一つです。患者さんはバランスを保つことが難しくなり、歩行がぎこちなくなります。手足が動かしにくくなることもあり、日常生活に支障をきたすことがあります。

ウェルニッケ脳症の検査・診断

ウェルニッケ脳症の診断は迅速に行うことが重要です。適切な診断・治療が遅れると、不可逆な記憶障害などを引き起こす可能性があるためです。
以下に、ウェルニッケ脳症の検査と診断方法について説明します。

1. 病歴聴取と身体診察
診断の第一歩は、患者さんの詳細な病歴を聴取することです。アルコール依存症や栄養失調の既往歴があるかどうかを確認することが重要です。また、意識障害、眼球運動障害、運動失調などの典型的な症状があるかどうかも評価します。これにより、ウェルニッケ脳症の可能性を初期段階で判断する手助けとなります。

2. 血液検査
血液検査は、ビタミンB1の血中濃度を測定するために行われます。ビタミンB1の欠乏が確認されれば、診断の一助となります。また、血液検査では、ほかの栄養素や電解質のバランスも評価されます。アルコール依存症の場合、肝機能検査や血中アルコール濃度の測定も行われることがあります。

3. 画像診断
脳の状態を確認するために、画像診断が行われます。MRI(磁気共鳴画像)は、ウェルニッケ脳症の診断に特に有用です。MRIで第3脳室周囲(視床内側)、中脳水道周囲、第4脳室底、乳頭体に左右対称な異常信号が出ることがあり、ウェルニッケ脳症に特徴的な所見です。ただし、画像上は異常が指摘できない場合もあり、MRIによって本疾患を否定することは困難です。

これらの検査と診断方法を総合的に評価することで、ウェルニッケ脳症の診断が確定されます。早期に診断し、適切な治療を行うことが、患者さんの予後を改善するために不可欠です。

ウェルニッケ脳症の治療

ウェルニッケ脳症の原因はビタミンB1の欠乏ですので、主な治療はビタミンB1の補充です。通常は静脈注射により大量のビタミンB1を投与します。
そのほか、脱水や栄養不足があれば点滴や食事による水分補給、栄養補給をする場合もあります。

また、ビタミンB1欠乏の原因がアルコール依存症である場合、アルコール依存症自体の治療も必要になります。

ウェルニッケ脳症は治療によって症状が改善することが多い傾向にありますが、治療が遅れるとコルサコフ症候群を発症し、不可逆な記憶障害などが起きる場合があります。そのため、早期の診断・治療が重要であり、診断が確定していなくともビタミンB1の投与を開始する場合があります。

ウェルニッケ脳症になりやすい人・予防の方法

ウェルニッケ脳症はビタミンB1の欠乏が原因で発症するため、特定の生活習慣や病気によってリスクが高くなります。
ウェルニッケ脳症の原因の項目でも説明したように、栄養不良やビタミンB1の吸収不良がこの病気を引き起こします。具体的には、アルコール依存症、妊娠悪阻、がん、炎症性腸疾患などの方がウェルニッケ脳症になりやすいと言えます。

ウェルニッケ脳症の予防の方法としては、アルコールの制限、バランスの取れた食事などが重要になります。また、場合によっては栄養補助食品の利用が有効なこともあります。先に述べたアルコール依存症、妊娠悪阻、がん、炎症性腸疾患といった原疾患がある方は、それぞれ専門医による治療やフォローアップを受けることにより、ウェルニッケ脳症発症のリスクを低下させることが可能です。

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