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肛門陰窩炎
長田 和義

監修医師
長田 和義(医師)

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2012年、長崎大学医学部卒業。消化器内科医として、複数の総合病院で胆膵疾患を中心に診療経験を積む。現在は、排泄障害、肛門疾患の診療にも従事。診療科目は消化器内科、肛門科。医学博士、日本内科学会認定内科医、日本消化器病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。

肛門陰窩炎の概要

肛門陰窩炎(こうもんいんかえん)は、直腸と肛門管の境界線である歯状線(しじょうせん)に6~11個程度存在する小さなくぼみ(陰窩)に便汁や細菌が侵入し、炎症を引き起こす疾患です。 明確な診断基準はありませんが、本邦からの報告では肛門痛、肛門違和感、掻痒感などが主訴で、肛門指診で歯状線上に圧痛を認め、肛門鏡診にて胴部に陥凹あるいは変形した肛門陰窩を認め、ほかに原因となるような疾患が否定できる場合とされています。 肛門陰窩炎は軽度の炎症にとどまる場合もありますが、悪化して感染が広がると膿がたまり、肛門周囲膿瘍(こうもんしゅういのうよう)痔瘻(じろう)へ進展することがあります。

この病気は女性に比べて男性で多い傾向が報告されており、男女とも若年から高齢までみられます。部位としては、肛門の後方に多いと報告されていますが、同時に複数個所に炎症を認める場合もあります。また排便習慣や肛門の清潔状態と深く関係しており、軟便や下痢を繰り返す方で発症しやすい可能性が報告されています。

また、慢性的に炎症が続いている場合があり、いったん炎症やそれによる症状が落ち着いても、再度症状が強くなる(再燃する)こともあります。繰り返す炎症により、近くの肛門上皮が脆弱化して裂肛(切れ痔)を起こす可能性も報告されています。 肛門陰窩炎は、早期に治療を始めることで症状の改善が期待できます。

肛門陰窩炎の原因

肛門陰窩炎の原因は明らかになっていませんが、肛門陰窩への便汁の侵入に伴う反応性の炎症や、細菌感染が主な原因と想定されています。特に細菌感染症の場合は、感染が肛門陰窩のあたりにとどまった場合が肛門陰窩炎とされ、肛門陰窩の奥につながる肛門腺まで感染がおよぶと肛門周囲膿瘍へ進展します。肛門周囲膿瘍の状態から、圧力が上がって自然に排膿された後、または切開して排膿させた後に炎症が落ち着き、膿の通り道である瘻管が形成された状態が、痔瘻といわれます。 肛門陰窩炎の発症には、以下の要因が影響していると考えられます。

解剖学的な要素

肛門陰窩の深さや肛門管の長さなど、肛門の解剖学的な要素には個人差があります。痔瘻については、家族内での発症が多いことが報告されています。このため、もともと肛門陰窩への感染症を起こしやすいか否かについても、個人差および遺伝的要因がある可能性が考えられます。

軟便や下痢

軟便や下痢は、肛門陰窩へ便汁や細菌が侵入しやすい原因となり、炎症や感染のリスクが高まります。肛門周囲膿瘍や痔瘻についても、軟便や下痢が主な原因となることが報告されています。

免疫力の低下

一般的に糖尿病などの疾患、ストレスや過労などによって免疫力が低下すると、細菌に対する抵抗力が弱まり、感染症が発生しやすくなります。このため、免疫力の低下が肛門陰窩炎の発症や再燃に関係している可能性が考えられます。

肛門陰窩炎の前兆や初期症状について

肛門陰窩炎の初期症状

肛門陰窩炎の初期症状は、次のようなものが挙げられます。通常は軽度ですが、患者さんによっては重い症状を訴える場合もあります。また症状がおきやすい状況として、座っているときや排便時に多いことが報告されていますが、立位や体動時に症状を感じることもあるとされています。

  • 肛門周囲の不快感や違和感
  • 鈍い痛み・重苦しい痛み
  • ズキズキ・チクチク・しみるような痛み
  • かゆみやムズムズ感

肛門陰窩炎が進行した場合の症状

肛門陰窩炎から感染が進行すると、肛門周囲膿瘍となり強い症状を呈するようになります。

  • 肛門周囲の強い痛み
  • 肛門周囲の皮膚の腫れ・発赤・熱感
  • 膿の排出

受診すべき診療科目

肛門の症状の場合、一般的な内科や外科では診断やその後の治療が難しい場合があります。また肛門周囲膿瘍まで進展している場合は、早期に手術(ドレナージ)を行わないと感染が拡大し、症状がさらに悪化したり治療すべき範囲が大きくなってしまう可能性があります。 このため、肛門科(または肛門外科)を標ぼうしている医療機関を受診することがすすめられます。

肛門陰窩炎の検査・診断

問診(病歴徴取)

まずは、症状や生活習慣について問診を行い、肛門周囲に炎症・感染がおきている可能性を考えます。

視診・指診

肛門の状態を目で診て、腫れや赤み、排膿の有無などを確認します。肛門陰窩炎の場合は、肛門の外側に異常はみられません。肛門周囲膿瘍まで進展している場合は、皮膚に発赤や腫脹、排膿などの異常がみられますが、深部にのみ膿瘍が存在する場合、表面からは異常がわかりにくいこともあります。また痔瘻が形成された場合は、二次口と呼ばれる膿の出口が肛門周囲の皮膚にみられます。

次に手袋を装着しゼリーを付けた指で、肛門周囲を触ったり肛門に挿入して、腫れやしこり痛みの有無などを確認します。肛門陰窩炎では、炎症がおきている陰窩が硬く触れたり、圧迫で痛みを感じる場合があります。

肛門鏡診

肛門鏡という診察用の器具で肛門を開き、肛門の中を観察します。肛門陰窩炎では、肛門陰窩が深く窪んでいたり変形している場合がありますが、特に異常を認めない場合もあります。

肛門エコー

肛門専用のエコーで、肛門内とその付近の構造を評価することができます。エコーでは炎症を起こしている部位が黒く写ります(低エコー)。肛門陰窩炎では、肛門陰窩の部分に限局した低エコーがみられる可能性があります。

その他の画像検査

肛門陰窩炎を診断された場合や疑った場合に、ほかの画像検査を行うことは通常ありませんが、肛門周囲膿瘍や痔瘻が想定される場合はCTやMRIを行う場合があります。

肛門陰窩炎の治療

肛門陰窩炎にとどまる場合

炎症が肛門陰窩にとどまっている場合は、基本的に手術が行われることはなく保存的治療が選択肢となります。

  • 抗菌薬(抗生物質)の内服(細菌感染を抑える)
  • 痔疾患用の軟膏(炎症を抑える)
  • 排便習慣の改善や内服加療(軟便・下痢の予防)

感染が進行した場合

肛門周囲膿瘍まで進展した場合は、抗菌薬の内服で症状が改善する可能性は低く、なるべく早期に膿を抜く切開排膿(ドレナージ)を行うことがすすめられます。切開排膿は外来で局所麻酔や仙骨麻酔で行える場合もあれば、入院をして腰椎麻酔で行う必要がある場合もあります。さらに痔瘻に移行した場合は、細菌の侵入口となった肛門陰窩や瘻管を切除、ないし切開して開放する手術を要します。

肛門陰窩炎になりやすい人・予防の方法

普段から軟便下痢を繰り返している方、何らかの要因で免疫力が低下している方が、肛門陰窩炎を発症しやすい可能性があります。 可能な予防法としては、水溶性食物繊維を多く含んだバランスのよい食生活、またストレスを溜め過ぎないなど、日々の生活のなかで軟便や下痢、および免疫力の低下を防ぐことが重要と考えられます。

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