

監修医師:
吉川 博昭(医師)
腹部外傷の概要
腹部外傷は、外的な力が腹部に加わることで生じる損傷を指します。
小腸や肝臓、脾臓、膵臓、腎臓などの重要な臓器に及ぶ可能性があり、生命を脅かす深刻な状態を引き起こすことがあります。
腹部外傷の原因は多岐にわたり、暴力による直接的な打撃、物体との衝突、交通事故、刺創や銃創などの穿通性外傷も含まれます。
症状としては腹痛のほかに、腹腔内(横隔膜の下から骨盤までの空間)の出血や肋骨骨折なども生じることがあります。
臓器が損傷され、損傷した内容物が腹腔内に漏れ出ると、腹膜炎を引き起こす可能性もあります。
治療は基本的に損傷した臓器の種類や程度に応じて、止血術や手術などの適切な処置が選択されます。
重症例では大量出血により血圧が急激に低下し、ショック状態に陥ることもあるため、患者の状態に応じて輸血や輸液、酸素療法などの全身管理が必要です。
腹部外傷の治療には迅速かつ適切な判断が求められ、早期発見と適切な治療が患者の予後を大きく左右します。

腹部外傷の原因
腹部外傷はさまざまな状況で発生します。
主な原因として、蹴られる、殴られるなどの直接的な暴力行為が挙げられます。
自転車のハンドルにぶつかるなどの物体との衝突や、高所からの転落、交通事故なども重要な要因です。
さらに、刺創や銃創などの穿通性外傷も腹部外傷を引き起こす可能性があります。
特に子どもの場合、虐待による身体的な暴力が継続的に加えられることも腹部外傷の原因になります。
これらの外力が腹部に加わり、臓器や血管に損傷を与えることで、命の危険にさらされる状態を引き起こす可能性があります。
腹部外傷の前兆や初期症状について
腹部外傷の初期症状は、主に外力を受けた部位の腹痛として現れます。
外力の影響で皮下出血や肋骨骨折なども生じる可能性があります。
強い衝撃が加わった場合、小腸、肝臓、脾臓、膵臓、腎臓などの臓器が損傷し、腹腔内出血を引き起こすことがあります。
損傷を受けた臓器によって、特有の症状が現れることもあります。
脾臓が損傷した場合は左肩に放散痛が生じ、腎臓が損傷した場合は血尿が見られます。
臓器が損傷され、その内容物が腹腔内に漏れ出ると、後に腹膜炎を引き起こす危険性もあります。
腹腔内で大量出血が起きた場合、血圧が急激に低下し、ショック状態に陥ることがあります。
この状態では腹部が大きく膨らみ、冷や汗、呼吸不全、脱力なども起きて、命の危険にさらされます。
腹部外傷の検査・診断
腹部外傷の診断は、病態に応じて、問診や血液検査、尿検査、画像診断などをおこないます。
なお、緊急性の高い症例では、診断を確定する前に救命のために手術を優先することもあります。
問診では腹部外傷の発生状況や経過を詳しく聴取します。
血液検査や尿検査によって、炎症マーカーのほか、肝臓、膵臓、腎臓などの臓器機能を評価します。
画像診断では主に腹部超音波検査とCT検査が用いられます。
腹部損傷では「FAST」と呼ばれる腹部超音波検査が用いられることが多く、腹腔内の出血の有無を素早く確認できます。
腹腔内出血が少ないことが予測され、緊急性が低い場合は、より詳細な情報を得るためにCT検査が実施されます。
CT検査では、臓器損傷の程度や出血の範囲を正確に評価でき、適切な治療方針の決定に役立ちます。
腹部外傷の治療
腹部外傷の治療方針は、患者の状態と損傷の程度に応じて決定されます。
出血がなく血圧や脈拍などのバイタルサインが安定している場合は、経過観察をすることがあります。
腹腔内出血が認められる場合は、輸血をおこないながら経カテーテル的動脈塞栓術による止血を試みます。
経カテーテル的動脈塞栓術では、カテーテルを用いて出血している血管を特定し、塞栓物質を注入して止血を図ります。
出血が止まらない場合は、開腹手術によって臓器の縫合や部分切除、必要に応じて臓器の摘出などをおこないます。
交通事故などによる重症例では、腹部以外にも多発的な損傷が起きていることが多く、全身状態が極めて悪いケースがあります。
このような場合、心肺蘇生や輸液、酸素療法などの全身管理をおこないながら、患者の循環動態を安定させつつ治療を進めます。
初期治療によって状態が安定した後は、集中治療室で継続的な管理をおこないます。
腹部外傷になりやすい人・予防の方法
腹部外傷のリスクが高い人には、暴力を受ける可能性がある人、高所作業に従事する人、トラック運転手など交通事故のリスクが高い職業の人、虐待を受けている子どもや高齢者が含まれます。
腹部外傷の完全な予防法は存在しませんが、外傷を避けるための対策は可能です。
交通事故予防のため、自動車運転時は安全運転を心がけ、必ずシートベルトを着用しましょう。
歩行者や自転車利用者は交通ルールを厳守し、常に周囲の状況に注意を払ってください。
高所作業では適切な安全装備の使用が不可欠です。
また、社会全体で虐待防止に取り組むことも重要です。
子どもの体にあざがあるなど、日常的な暴力の兆候を発見した場合は、速やかに児童相談所に連絡することが求められます。
高齢者虐待の疑いがある場合は、地域の福祉事務所や地域包括支援センターに相談することが大切です。
これらの予防策を実践し、安全意識を高めることで、腹部外傷のリスクを軽減できます。




