

監修医師:
高宮 新之介(医師)
目次 -INDEX-
胃軸捻転症の概要
胃軸捻転症は、胃を固定する靱帯(肝胃靱帯、胃結腸靱帯、胃脾靱帯、胃横隔膜靱帯)の弛緩や先天的な欠損により、胃が正常な位置から回転してしまう状態を指します。
胃軸捻転症の原因
原因は、大きく特発性と続発性に分類されます。
特発性
主に新生児や乳児に見られ、胃周囲の靱帯の脆弱性や未発達が原因とされています。これにより、胃が正常な位置に固定されず、捻転を起こしやすくなります。
続発性
ほかの疾患や解剖学的異常が原因で発症します。年齢が上がるにつれて続発性の割合が増加する傾向があります。続発性の原因として、以下の疾患が挙げられます。
- 横隔膜ヘルニア:横隔膜の欠損や弱化により、胃が胸腔内に移動しやすくなる状態
- 横隔膜弛緩症:横隔膜の筋肉が弛緩し、胃の位置が不安定になる状態
- 食道裂孔ヘルニア:胃の一部が食道裂孔を通じて胸腔内に脱出する状態
- 無脾症:脾臓が欠如している状態で、胃の位置や可動性に影響を与えることがあります
- 遊走脾:脾臓が正常な位置から移動し、胃の位置や可動性に影響を与える状態
- 胃腫瘍:胃内の腫瘍が物理的な圧迫や重みにより、胃の捻転を引き起こすことがあります
- 十二指腸の後腹膜固定不全:十二指腸が後腹膜に正常に固定されておらず、胃の位置異常を引き起こす状態
新生児や乳児では特発性のケースが多く、年齢とともに続発性の割合が増加する傾向があります。特に、胃を固定する組織が弱いことが主な要因とされています。また、成人の胃軸捻転症の約70%が続発性であり、横隔膜疾患や食道裂孔ヘルニア、腫瘍性病変、癒着、遊走脾などが原因とされています。
胃軸捻転症の前兆や初期症状について
胃軸捻転症の前兆や初期症状は多岐にわたり、無症状の慢性例から壊死や穿孔を伴う急性腹症までさまざまです。初期症状は軽度から重度まで幅広く、一概に特定の前兆や初期症状を定義することは難しいですが、以下の点に注意することで早期発見につながる可能性があります。
乳児の場合
- 嘔吐:乳児では嘔吐が主な症状となることが多く、噴射状の嘔吐を呈することもあります。
- 腹部膨満:新生児・乳児期には腹部膨満が見られることがあります。
Borchardtの三徴
- 心窩部膨隆
- 吐物を伴わない強い吐き気
- 胃管挿入困難
ただし、これらの三徴候がすべて揃うことはまれです。
その他の症状
- 哺乳不良
- 体重増加不良
- 腹部の緊満
胃軸捻転症の検査・診断
胃軸捻転症の診断には、以下の検査が有用です。
腹部X線単純撮影
- 胃泡の形態が通常と異なる場合、胃軸捻転症を疑うことができます
- 正面像では、胃泡の幅広い水平像や二重胃泡像が見られることがあります
- 臥位では、胃の著明な拡張が確認されることがあります
- 臓器軸性捻転(長軸性捻転):立位で鏡面像が1つ認められます
- 間膜軸性捻転(短軸性捻転):臥位で球状の胃拡張、立位で左横隔膜下の二重鏡面像(胃内ダブルバブル)を認めます
上部消化管造影
- 確定診断に有用であり、胃の捻転状態を詳細に評価できます
- 臓器軸性捻転(長軸性捻転):胃の上下が反転し、大彎が頭側に、小彎が尾側に位置する「upside-down stomach」を呈します
- 間膜軸性捻転(短軸性捻転):造影剤が胃底部から体部、前庭部へと逆α字を描きながら幽門部へ向かい、噴門の頭側に幽門が位置することが確認できます
- 短軸型では、胃底部が低く、前庭部が高い位置にあり、幽門が狭窄して(beak sign)、逆α字像が特徴的です
CT検査
- 特に急性型で血流障害が疑われる場合、造影CTにより壁内気腫、腹水、フリーエアーの有無を評価し、病態の重症度を判断します
- CTでは、胃腫瘍、遊走脾、無脾症などの続発性原因の検索も可能です。
- 3D-CTを作成することで、より正確な診断が可能となります
- また、横隔膜ヘルニアや食道裂孔ヘルニアなど、ほかの病変の有無を確認する上でも有用です
上部消化管内視鏡
- 胃内腔の異常を直接観察できます
- 捻転の解除が可能な場合もあります
- ただし、胃食道接合部の高度な通過障害や胃壁障害が疑われる場合は、無理な操作は避けるべきです
診断に際しては、これらの画像所見に加え、症状の経過や臨床所見を総合的に評価することが重要です。
胃軸捻転症の治療
胃軸捻転症の治療は、軽症例では内科的治療(保存的治療)が優先され、重症例(特に急性型)では緊急手術が必要になることがあります。治療の選択は、患者さんの年齢、症状の程度、捻転の種類、合併症の有無などを考慮して決定されます。
内科的治療(保存的治療)
軽症例、無症候性例や成長とともに自然軽快する可能性のある新生児・乳幼児の特発性例には保存的加療が選択されることがあります。方法は以下のようなものがあります。
- 経過観察:特に乳幼児の胃軸捻転は1歳以降に自然軽快することが多いため、不要な不安を与えないよう慎重に対応します
- 食事指導:1回の食事量を少なくし、少量頻回食を推奨します
- 体位指導:栄養摂取時には頭高位にし、哺乳後は右側臥位または腹臥位を推奨します。ただし、乳幼児突然死症候群(SIDS)との関連から、腹臥位は慎重に判断する必要があります
- 薬物療法:制酸薬、消化管運動改善薬(ガスモチン®など)、漢方薬(六君子湯など)を用いることがあります頻回の逆流性嘔吐を認める場合は、H2ブロッカーの投与を検討します
- 胃管挿入:嘔吐を繰り返す例では、胃管挿入による減圧で自然整復が期待されます。噴門部および幽門部の完全閉塞がない場合は、経鼻胃管による減圧を行います
- 内視鏡治療:内視鏡を用いた捻転解除が試みられることがあります
外科的治療
適応
- 内科的治療で改善しない場合や、症状の再燃を繰り返す場合
- 急性発症例で絞扼による血流障害が疑われる場合
- 胃穿孔、大量出血を起こしている場合
- 臓器軸性捻転で噴門部閉塞があり、胃管や内視鏡の挿入が困難な場合
- 保存的整復後に再発を繰り返す場合
- 1歳以降に発症し、保存的治療に長時間を要する場合や器質的病変を合併する場合
術式
- 捻転解除:軸捻転の整復を行い、胃管または胃壁よりの穿刺吸引後に整復を試みます。近年では、内視鏡による整復も実施されています。
- 胃固定術(再発予防):胃底部固定術:胃底部を横隔膜下面に固定前方固定術:胃を腹壁に固定
- その他:胃固定靱帯の縫縮術、胃切除術、胃腸吻合術、周囲組織への胃固定術など
- 合併症への対処:壊死や穿孔を合併している場合は、壊死部位を切除し縫合します
- 原疾患の修復:横隔膜ヘルニアや遊走脾などの続発性胃軸捻転の場合は、必要に応じて原疾患の修復も行います
- 腹腔鏡手術:近年では、低侵襲の腹腔鏡手術が増えており、術後の回復が早いことが報告されています。
胃軸捻転症になりやすい人・予防の方法
以下の方々が発症しやすいとされています。
- 乳幼児
胃やその周囲の靱帯が未発達であるため、特発性の胃軸捻転症を起こしやすい傾向があります - 合併疾患を持つ方
横隔膜ヘルニア、横隔膜弛緩症、食道裂孔ヘルニア、無脾症、遊走脾、胃腫瘍などの疾患を有する場合、続発性の胃軸捻転症のリスクが高まります - 高齢者
加齢に伴う横隔膜の異常が原因で、胃軸捻転症を発症することがあります
予防法
胃軸捻転症の予防は、原因や年齢層によって異なります。
乳幼児の場合
- 授乳後の体位管理: 授乳後は、十分にげっぷをさせた後、右側臥位や縦抱きを推奨します。ただし、腹臥位は乳幼児突然死症候群(SIDS)との関連が指摘されているため、避けるべきです
- 食事管理: 一度に大量のミルクを与えず、少量を頻回に与えることで、胃への負担を軽減します
成人の場合
- 基礎疾患の治療: 横隔膜ヘルニアや食道裂孔ヘルニアなどの関連疾患がある場合は、適切な治療を受けることが重要です
- 食生活の見直し: 消化によい食事を心がけ、過食を避けることで、胃への負担を減らします
関連する病気
- 食道裂孔ヘルニア
- 横隔膜弛緩症
- 巨大胃
参考文献
- 吉田竜二,世川 修,川島章子,他:胃軸捻転症に対する胃固定術.小児外科 41:928‒9322009
- 世川 修:胃軸捻転症.小児外科 49:1123‒1126,2017




