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ボツリヌス食中毒
居倉 宏樹

監修医師
居倉 宏樹(医師)

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浜松医科大学卒業。初期研修を終了後に呼吸器内科を専攻し関東の急性期病院で臨床経験を積み上げる。現在は地域の2次救急指定総合病院で呼吸器専門医、総合内科専門医・指導医として勤務。感染症や気管支喘息、COPD、睡眠時無呼吸症候群をはじめとする呼吸器疾患全般を専門としながら一般内科疾患の診療に取り組み、正しい医療に関する発信にも力を入れる。診療科目
は呼吸器内科、アレルギー、感染症、一般内科。日本呼吸器学会 呼吸器専門医、日本内科学会認定内科医、日本内科学会 総合内科専門医・指導医、肺がんCT検診認定医師。

ボツリヌス食中毒の概要

ボツリヌス食中毒とは、ボツリヌス菌が作り出したボツリヌス毒素を含む食品を摂取することで発症する病気のことです。ボツリヌス毒素は「最強の自然毒素」ともいわれるほど、強い毒性を持っています。
ボツリヌス毒素は、神経伝達物質であるアセチルコリンの放出を邪魔します。そのため神経と筋肉の伝達が阻害され、筋肉が収縮できず身体に麻痺が生じるのです。

ボツリヌス菌芽胞(※)は土壌や海、湖、川などに広く生息しており、野菜や果物、肉、魚などの食品を常に汚染する可能性があります。このようなボツリヌス菌の芽胞(※)は熱や乾燥、消毒に強い性質を持っています。
(※)芽胞(がほう)とは、細菌の繁殖に適さない環境になったとき形成される耐久性の高い細胞のこと

ボツリヌス菌は低酸素状態になると繁殖し、毒素を作り出す「偏性嫌気性(へんせいけんきせい)」の細菌で、A~G型が知られています。
ボツリヌス菌が原因で発症する病気にはボツリヌス食中毒(食餌性ボツリヌス症)のほか、3つの病態があります。

乳児ボツリヌス症
生後1年未満の乳児がボツリヌス菌芽胞を摂取した場合に発症する(原因食品はハチミツが多いです)
創傷ボツリヌス症
傷口からボツリヌス菌芽胞が侵入し、神経毒素が産生された場合に発症するした場合に発症する
成人腸管定着ボツリヌス症
1歳以上の小児や成人がボツリヌス菌芽胞を摂取した場合に発症する(消化器の異常や、抗菌薬使用などによる腸内細菌業の異常が認められることが多い)

ボツリヌス食中毒の原因

ボツリヌス食中毒の原因となりうるものは、缶詰のように「酸素のない密閉された状態の食品」です。

日本で起こったボツリヌス食中毒の事例として有名なものは、下記のとおりです。

  • 真空パック詰の食品:カラシレンコン、ハヤシライスの具、あずきばっとう(※)
  • 缶詰の食品:里芋
  • 瓶詰の食品:グリーンオリーブ

特に自家製の缶詰や瓶詰食品が最も頻度が高いです。
(※)あずきばっとうとは、岩手県の郷土料理で甘さ控えめの小豆汁にうどんが入ったもの

また北海道や東北地方の特産品である「いずし」を原因としたボツリヌス食中毒も報告されています。なお、いずしとは魚と野菜を米麹に漬けて発酵させたものです。近年は家庭で作る機会が減ったため、いずしによるボツリヌス食中毒はほとんどなくなりました。

ボツリヌス食中毒の中には、原因食品が特定できないケースも多いようです。そのため主に加工食品に由来する食中毒といえど、患者の発生が1件のみのことも少なくありません。

ボツリヌス食中毒の前兆や初期症状について

ボツリヌス菌の毒素により、急性で発熱のない左右対称性の麻痺症状が出ます。初期症状としては下記のような症状や神経症状があげられます。

  • 物が二重に見える、かすんで見える(複視・霧視)
  • まぶたが垂れ下がる(眼瞼下垂)
  • 物が飲み込みにくい(嚥下困難)
  • ろれつが回らなくなる(言語不明瞭)
  • 口腔内の乾燥

これらは、原因となる食品を食べた6時間〜10日間後多くは18〜48時間後)に発症します。なお、聞く、触る、においを嗅ぐなどの感覚は正常です。また、熱はなく意識もはっきりとしています。

病状が進むと脳神経だけでなく、首、肩、腕、足の筋肉にも麻痺が生じます。そのため、手足の力が入りにくくなるなどの症状が現れる場合があります。また、嚥下困難機能から誤嚥性肺炎を発症することもあります。呼吸に必要な呼吸筋の低下や横隔膜の麻痺が生じると呼吸困難になることもあり、命にかかわります。
これらの症状が現れた際は、ただちに内科を受診してください。

ボツリヌス食中毒の検査・診断

ボツリヌス食中毒の診断には、身体所見と細菌学的検査によるボツリヌス菌の検出や毒素の検出、必要に応じて筋電図検査を行います。

まず臨床所見でボツリヌス食中毒が疑われた場合は、細菌学的検査を行います。この検査は、厚生労働省の許可がある施設でのみ対応可能です。なぜならボツリヌス菌やボツリヌス毒素は、国民の命や健康に重大な影響を与える恐れがあるため、感染症法により「特定二種病原体」に定められているからです。ゆえにボツリヌス食中毒が疑われたときには、医療機関から保健所に連絡する必要があります。そして、保健所が各自治体の衛生研究所や国立感染症研究所の細菌第二部に検査依頼を行います。

細菌学的検査には、患者さんの血清、糞便、吐物、胃内容物、原因と疑われている食品が必要です。なお患者さんの検体を採取するときには、抗毒素血清を投与する前に行います。便秘などにより糞便が採取できない場合は、浣腸を使用して取り出すケースもあるでしょう。患者さんの血清や糞便は冷凍せず、冷蔵状態で保健所を通して検査機関である衛生研究所や国立感染症研究所に届けます。

原因と疑われる食品を検査するためには、患者さんの食べ残した食品や同じロットの市販食品が必要となります。場合によっては調理場の下水、排水溝内の泥、食材を採取した場所の土壌を調べることもあるでしょう。

ボツリヌス食中毒の治療

ボツリヌス食中毒に対する治療としては、まず呼吸管理や栄養管理を中心とした支持療法を行います。呼吸障害が認められる場合には、人工呼吸器を用いた集中治療管理やを要する場合があります。支持療法を適切に行うことで死亡率の改善が認められます。また、毒素除去のため活性炭を胃洗浄の管から投与する治療を行う場合があります。そのほかに、ボツリヌス中毒の診断がされた際には乾燥ボツリヌスウマ抗毒素を使用します。

乾燥ボツリヌスウマ抗毒素とは、ウマの血清から作られたボツリヌス抗毒素を凍結乾燥させたものです。そのためアレルギー反応が起きないか、治療の前に薄めた薬剤でテストする必要があります。抗毒素は、可及的速やかに投与するべきであり、症状の出現から72時間以上経過すると投与による有益性が低くなる可能性があります。
また、乳児には投与が推奨されておりません。

ボツリヌス食中毒になりやすい人・予防の方法

ボツリヌス食中毒を予防するには、食品中でボツリヌス菌が増殖するのを抑えることが大切です。なぜならボツリヌス菌は土壌や海、湖、川などに広く生息しているため、食品原材料の汚染を防止するのは困難だからです。

ボツリヌス菌の増殖を抑えるポイントは「適切な温度での保存」です。ボツリヌス菌は、3℃未満の環境で増殖したり毒素を作ったりできないため、食品を冷凍・冷蔵保存するとよいでしょう。またパッケージに「要冷蔵」や「10℃以下で保存してください」などの表記がある食品は、表記通りに保存してください。レトルトパウチ食品(容器包装詰加圧加熱殺菌食品)の多くは120℃4分間以上の加熱されているため常温保存可能ですが、紛らわしい食品もあるため注意が必要です。適切に保存していても、真空パックや缶詰が膨張している、異臭がする場合にはボツリヌス菌が増殖している可能性がありますので絶対に食べないでください。

ボツリヌス毒素(菌)は、80℃で30分間以上の加熱によりほぼ破壊することができます。しかし、菌・毒素は熱に弱いですが芽胞は耐熱性です。芽胞状態の菌は熱で死滅せず、再度増殖ができる温度になると細菌本体に姿を戻しますので、注意が必要です。

なお、ボツリヌス食中毒は人から人へ感染することは基本的にありません。しかし原因食品を一緒に食べていた場合は、ボツリヌス食中毒に感染することも考えられます。疑いがある場合には、医療機関を受診しましょう。

関連する病気

  • ボツリヌス症
  • 乳児ボツリヌス症
  • 創傷ボツリヌス症
  • 成人型ボツリヌス症(腸内菌によるもの)
  • 食物性中毒(他の種類の細菌によるもの)

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