監修医師:
中路 幸之助(医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター)
急性腹症の概要
急性腹症とは急激な腹痛が起こり、緊急手術などの迅速な対応が必要になる腹部などの疾患です。
急性虫垂炎や胆石症、腸閉塞、尿管結石、胃腸炎、急性すい炎、憩室炎(けいしつえん)、消化性潰瘍穿孔(しょうかせいかいようせんこう)、卵巣茎捻転(らんそうけいねんてん)など、あらゆる臓器の疾患によって起こります。
原因によっては急激な腹痛の他に、発熱や嘔吐、下痢、便秘、動悸、意識障害などのさまざまな症状が伴います。
急性腹症は症状の進行が早いことが特徴で、適切な治療が遅れると重篤な合併症を引き起こしたり、命の危険にさらされたりする可能性があります。
急激な腹痛が発症したら、できるだけ早く腹痛の原因と病態を把握し、適切な治療をすることが大切です。
しかし、高齢者などで病態の解釈が難しい場合は、確定診断が得られないまま緊急の処置をすることもあります。
急性腹症の疾患を正確に診断するためには、基礎疾患を含めた病歴を詳しく聴取すること、超音波検査やCT検査などの画像診断をおこなうことが重要です。
急性腹症の原因
急性腹症の原因になるのは、主に以下の疾患です。
- 消化器系疾患:腸閉塞、腸管虚血、急性虫垂炎、胆石症、急性胆管炎、胃腸炎、急性すい炎、憩室炎、消化性潰瘍穿孔、肝臓がん破裂、内臓動脈瘤破裂
- 泌尿器科系疾患:尿管結石、腎臓梗塞
- 婦人科系・産婦人科系疾患:骨盤内炎症性疾患(子宮頸部、卵管、卵巣などの感染症)、卵巣茎捻転、卵巣出血、異所性妊娠
- 循環器系疾患:心筋梗塞、大動脈解離、腹部大動脈瘤破裂、肺動脈塞栓症
これらの疾患は、年齢や性別、基礎疾患の有無などによって発症リスクが異なります。
急性腹症の前兆や初期症状について
急性腹症の初期症状は急激に起こる腹部の痛みです。
痛みが生じる部位は左右の上腹部や下腹部、みぞおち、へその周り、腹部全体などさまざまで、原因疾患によって異なります。
急性大動脈解離や尿管結石などでは背部痛が伴ったり、急性すい炎や消化性潰瘍穿孔などではショック状態を起こしたりすることもあります。
急性腹症の検査・診断
急性腹症の検査では、緊急度を判定するためにABCDの評価がおこなわれ、血液検査や画像検査、内視鏡検査、心電図検査、尿検査などで原因疾患の判定をおこないます。
痛みが生じる部位の確認や、腹部の触診、疾患に応じたテストなどをおこなって、原因疾患を推測することもあります。
ABCDの評価
ABCD(バイタルサイン)の評価は、急性腹症の緊急度や重症度を判定するために必要な検査です。
患者の脈に触れながら声をかけ、気道(A:Airway)、呼吸(B:Breathing)、循環(C:Circulation)、意識レベル(D:Disability)の状態について確認します。
会話の成立や意識の清明さ、開眼の有無、呼吸の胸の動きや速さ、脈の早さ、皮膚の冷感や冷や汗の有無などを確かめ、30秒程度で評価します。
血液検査
血液検査では、白血球やヘモグロビンなどの血液細胞、電解質、肝臓、腎臓、炎症反応、筋逸脱酵素、血糖値などのマーカーを測定します。
原因疾患を特定するために、膵臓や心臓、感染症などのマーカーを調べることもあります。
画像検査
画像検査では主に超音波検査やCT検査を使用して、腹痛の原因となっている臓器について調べます。
CT検査はより緊急な対応が必要な場合は施行できないことがあります。
妊娠している女性に対しては、放射線による被爆を避けるために、超音波検査やMRI検査が用いられます。
内視鏡検査
内視鏡検査は食道や胃、大腸などの疾患が疑われるときに、内部をより詳細に確認するために利用されます。
心電図検査
みぞおち辺りに痛みがあり、心疾患の既往やリスクがある場合は、心電図検査をおこなって心筋梗塞の有無を確かめます。
腎臓梗塞などが疑われる場合は、心房細動が起きていないか確認する必要があります。
尿検査
尿管結石や妊娠が疑われる場合、尿検査によって、尿中の白血球や潜血、hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)などを調べます。
急性腹症の治療
急性腹症の治療は、主に疾患に応じた治療がおこなわれますが、緊急度や重症度に応じて対応が異なります。
緊急手術が必要になる場合は、全ての検査結果を待たずに治療に移行することもあります。
緊急手術が必要になる場合
緊急性の高い疾患が疑われ、早急に治療をしなければ命を落とす危険性がある場合は、緊急手術や血管内治療の適応になります。
検査をおこなった医療機関で治療できる設備が整っていない場合は、迅速に専門施設へ転送することもあります。
対象となるのは主に以下の疾患が疑われる場合で、それぞれの疾患に適応される緊急手術をおこないます。
超緊急対応 | 緊急対応 | |
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疾 患 |
|
|
対 応 |
血液検査の結果がでる前や、CT検査をおこなう前に治療することが多い。 | 血液検査やCT検査の結果がでてから治療することもある。 |
緊急手術が必要でない場合
緊急手術が必要にならない場合は、重症度に合わせて時期に応じた手術や点滴治療、血管内治療、内視鏡治療などがおこなわれます。
循環血液量が不十分である場合は、リンゲル液などによる点滴治療が早急に施行されます。
どの疾患にも鎮痛剤を投与するケースが多く、アセトアミノフェンやモルヒネ、ペンタゾシンなどが使用されます。
低アルブミン血症がある場合はアルブミン製剤、貧血が強い場合は輸血、感染症が疑われる場合は抗菌薬の投与をおこないます。
点滴治療は主に手足の静脈からおこないますが、改善が難しい場合は上大静脈や下大静脈、脛骨の骨髄から投与することもあります。
急性腹症になりやすい人・予防の方法
急性腹症の疾患が起こりやすい年代や性別差はさまざまです。
腸閉塞、急性胆管炎、急性胆嚢炎、尿管結石、急性虫垂炎、消化性潰瘍穿孔などは女性の急性腹症で起こりやすい疾患としても挙げられています。
急性腹症を完全に予防するのは難しいですが、健康的な生活習慣を維持することが大切です。
バランスの取れた食事や適度な運動、十分な水分摂取は、消化器系の健康維持に効果的です。
食物繊維を摂取して便秘を予防することで、腸閉塞のリスクを下げられたり、多量のアルコールや喫煙を控えることで、心筋梗塞や急性すい炎などの予防につながります。
特に高齢者や基礎疾患がある人は、内臓の異常を早期に発見するために定期的な健康診断を受けましょう。
基礎疾患がある人は適切な治療や日常生活の管理も継続してください。
腹部の不快感や痛みを感じた場合は、早めに医療機関に受診し、重症化を防ぐことも重要です。