

監修医師:
五藤 良将(医師)
胃腸炎の概要
胃腸炎は、消化管、特に胃と小腸に炎症を引き起こす病気で、ウイルスや細菌など多種多様な病原体が原因となります。典型的な症状には下痢、嘔吐、腹痛、発熱などがあり、多くの場合、ウイルスが原因です。日本では、多くの人が胃腸炎により病院を受診しており、冬と春に流行のピークがあります。
胃腸炎は、集団行動を行う場所で発生しやすい傾向があり、学校や老人ホームなどの施設では、感染が急速に広がることがあります。また、レストランでの食事や特定の食品が原因で集団発生することもあります。
胃腸炎の原因
胃腸炎の原因は多岐にわたりますが、最も一般的な原因はウイルスです。その中でも特にノロウイルスが多く、ロタウイルス、小型球形ウイルス(Small round structured virus : SRSV)、腸管アデノウイルスなどが原因となります。
細菌性のものでは、黄色ブドウ球菌、カンピロバクター、赤痢菌、サルモネラ菌、大腸菌などが原因となります。菌に汚染された食物や水を介して感染します。例えば、サルモネラ菌は生の卵や鶏肉、未調理の野菜などに存在することがあり、適切に調理されていない場合に感染する可能性があります。
さらに、寄生虫による胃腸炎も存在します。クリプトスポリジウムやアメーバ、ランブル鞭毛虫などが原因となり、特に衛生状態が不十分な地域や環境で感染のリスクが高まります。
胃腸炎の前兆や初期症状について
胃腸炎では、原因となる病原体や感染様式、菌量、罹患者の免疫状態によって異なりますが、一般的に以下のような症状がみられます。
- 下痢
急性の水様便(水のような便)が特徴で、1日に3回以上の排便がみられます。血が混ざる血便やベタベタした粘液便を伴うこともあります。 - 嘔吐
突然の吐き気と嘔吐が出現し、数時間から数日間続くことがあります。嘔吐と下痢が同時に出現することが多いようです。 - 発熱
多くは37〜38度の軽度から中等度の発熱をみとめますが、特に細菌性の場合には、39度を超える高熱が出ることもあります。 - 腹痛
腹部のけいれんや痛みが現れ、数日間持続することがあります。 - そのほか
頭痛、筋肉痛、全身のだるさなどがみられることもあります。呼吸器症状(咽頭痛、咳、鼻水)も約10%に現れます。
また、以下のような症状が見られる場合には、早急に医療機関(成人の場合は一般内科や消化器内科、小児の場合は小児科)を受診することが重要です。特に、子供や高齢者、免疫力が低下している人は注意が必要です。
- 持続する発熱
高熱が続く場合、感染が重篤化している可能性があります。 - 脱水症状
口の乾き、尿の減少、めまいなどがある場合、重度な脱水がある可能性があります。 - 血便
血液が混じった便が出る場合、腸管の損傷や細菌性の可能性があります。 - 持続する嘔吐
嘔吐が止まらない場合、脱水症状が悪化するリスクがあります。
胃腸炎の検査・診断
胃腸炎の診断は、病歴と臨床症状に基づいて行われます。必ずしも病原体を同定する検査が必要になるわけではありません。
- 病歴の聴取
症状の発症時期、食事履歴、旅行歴、感染者との接触歴などを詳細に聴取します。これにより、感染源や感染経路を特定する手がかりとなります。 - 身体検査
腹部の触診や聴診を行い、腹痛の部位や程度、腸蠕動音の有無を確認します。また、脱水の程度を評価するために、皮膚の弾力性や口腔内や腋窩の湿潤状態を確認します。
通常、胃腸炎の診断には血液検査や便検査は必要ありませんが、以下の場合には追加の検査が行われることがあります。
- 重篤な症状が見られる場合
持続する発熱、脱水症状、血便、強い腹痛などがみられる場合には、血液検査や便検査が行われることがあります。血液検査では、白血球数やCRP(C反応性蛋白)などの炎症マーカーを測定し、感染の状態を評価します。また、腎機能やヘマトクリットなど脱水の評価も行います。 - 集団発生が疑われる場合
同じ場所で複数の人が同様の症状を訴える場合には、原因を特定するために便検査や微生物検査が行われることがあります。これにより、特定の病原体や感染経路を明らかにすることができます。
胃腸炎の治療
胃腸炎の治療は、主に対症療法が中心となりますが、細菌性や寄生虫によるものでは病原体特異的な治療を行います。対症療法としては症状に合わせて以下のような治療を行います。
- 経口補水液
軽度から中等度の脱水症状には、経口補水液が推奨されます。経口補水液は、適切な比率で塩分と糖分を含んでおり、腸管からの水分吸収を促進します。ドラッグストアなどで入手できます。入手できない場合は、スポーツドリンクや薄めたフルーツジュース、スープなどでも代用可能です。 - 静脈内輸液
重度の脱水症状や、嘔吐が続いて経口摂取が困難な場合には、静脈内輸液(点滴による水分補給)が必要です。これにより、迅速かつ効果的に体液と電解質を補充することができます。 - 整腸剤
腸内フローラ(腸内細菌叢)のバランスを整え、回復を促進する目的で整腸剤が使用されることがあります。 - 制吐薬と抗下痢薬
嘔吐がひどい場合には制吐薬、下痢止めが使用されることがありますが、細菌性の胃腸炎の場合には避けるべきであり、自己判断での使用は控え、必ず医師に相談してください。 - 抗生物質
細菌性の胃腸炎が疑われる場合には、抗生物質が使用されることがあります。例えば、シプロフロキサシンやアジスロマイシンが用いられることがあります。 - 栄養補給
胃腸炎の際には、軽い食事や消化しやすい食品を摂取することが推奨されます。例えば、白米、麺類、小麦、バナナ、ヨーグルト、スープなどがよいとされています。
胃腸炎になりやすい人・予防の方法
胃腸炎のリスクは年齢や健康状態により異なります。特に以下の人々は胃腸炎にかかりやすい傾向があります。
- 高齢者
免疫機能が低下しているため、感染症に対する抵抗力が弱くなっています。 - 乳幼児
免疫系が未熟であり、感染リスクが高いです。 - 免疫不全状態の人
HIV感染者や免疫抑制剤を使用している人々は、感染症に対する抵抗力が低下しています。 - 慢性疾患を持つ人
糖尿病や腎疾患、心疾患などの慢性疾患を持つ人々は、胃腸炎にかかるリスクが高くなります。
胃腸炎の予防には、以下のような対策が効果的です。
- 手洗い
食事の前やトイレの後、外出から戻った時など、こまめに手を洗うことが重要です。石鹸と流水を使って20秒以上洗うことが推奨されます。 - 食品の衛生管理
生肉や卵、野菜などは十分に加熱し、調理器具や食器は清潔に保ちましょう。また、食品を適切な温度で保存し、汚染を防ぐために生食品と調理済み食品を分けて保管するとよいです。 - 汚染された水の回避
海外旅行では、水道水や氷、生野菜や果物を避け、ペットボトルの水を使用しましょう。 - 予防接種
ロタウイルスに対しては予防接種が有効です。ロタウイルスワクチンは乳児期に接種することで、重症化を防ぐことができます。 - 感染者との接触を避ける
胃腸炎の症状がある人とは密接な接触を避け、特に症状が治まるまでの間は感染拡大を防ぐために隔離することが重要です。また、ノロウイルスなどは症状が改善した後も数日〜1週間程度、便中に排泄されることがあるため、回復後も手洗いなどの衛生管理は継続が必要です。
胃腸炎は通常、短期間で自然に治ることが多いですが、特に高リスク群の人々や重篤な症状がみられる場合には、迅速な対応が必要です。適切な予防策を講じることで、胃腸炎の発症リスクを大幅に減らすことができます。
参考文献
- 国立感染症研究所「感染性胃腸炎」
- Shane AL, Mody RK, Crump JA, et al. 2017 Infectious Diseases Society of America Clinical Practice Guidelines for the Diagnosis and Management of Infectious Diarrhea. Clin Infect Dis. 2017;65(12):e45-e80.
- Bresee JS, Marcus R, Venezia RA, et al. The etiology of severe acute gastroenteritis among adults visiting emergency departments in the United States. J Infect Dis. 2012;205(9):1374-1381.
- Jones R, Rubin G. Acute diarrhoea in adults. BMJ. 2009;338:b1877. Published 2009 Jun 15.




