

監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
乳汁漏の概要
乳汁漏とは、妊娠中や授乳期ではないにもかかわらず、乳房から乳汁が分泌される状態を指します。通常、出産後にプロラクチンというホルモンの作用で乳汁が分泌されますが、妊娠・授乳期以外での乳汁漏は何らかの内分泌異常や病的要因が関与している可能性があります。乳汁漏の症状は一側性または両側性に認められることがあり、乳汁の性状も水様性から乳白色、場合によっては血性のものまでさまざまです。この状態は女性に多くみられますが、男性にも発生することがあります。特に高プロラクチン血症を伴う場合には、月経不順や無月経、不妊などの症状が同時に認められることもあるため、適切な診断と治療が求められます。
乳汁漏の原因
乳汁漏の主な原因の一つとして、プロラクチンの過剰分泌が挙げられます。プロラクチンは下垂体前葉から分泌されるホルモンであり、通常は視床下部からのドパミンによって抑制されています。しかし、視床下部や下垂体に異常が生じるとプロラクチンの分泌が制御できなくなり、乳汁漏が発生します。具体的な原因としては、プロラクチン産生腺腫(プロラクチノーマ)による高プロラクチン血症、視床下部や下垂体の病変、甲状腺機能低下症、慢性腎不全などが挙げられます。また、一部の薬剤がプロラクチンの分泌を促進することが知られており、抗精神病薬、抗うつ薬、消化管運動調整薬(メトクロプラミドなど)の使用者では、薬剤性の乳汁漏がみられることがあります。さらに、胸部の刺激や外傷、過剰な乳房マッサージ、慢性的なストレスなどもホルモンバランスを乱し、乳汁漏を引き起こす要因となることがあります。
乳汁漏の前兆や初期症状について
乳汁漏の初期症状としては、乳房からの乳汁分泌が圧迫時のみ認められる場合と、自然に漏出する場合があります。乳汁は通常、白色や淡黄色ですが、血性のものが混じることもあり、その場合には乳管内病変の可能性も考慮する必要があります。乳房の痛みや圧痛が伴うことは少ないですが、プロラクチン産生腺腫が関与している場合には、月経不順、無月経、不妊、性欲低下、頭痛、視野障害などがみられることがあります。視野障害は、下垂体腺腫が視神経を圧迫することで生じるため、注意が必要です。その他にも、甲状腺機能低下症に伴う疲労感、むくみ、体重増加などの全身症状が認められることもあります。
乳汁漏の検査・診断
乳汁漏の診断には、まず視診や触診を行い、乳汁の性状や分泌の有無を確認します。圧迫時の乳汁分泌の有無を評価し、片側性か両側性かを判別することが重要です。その後、血液検査によりプロラクチンの測定を行い、異常高値が認められる場合には、複数回の測定を行って持続性の高プロラクチン血症かどうかを判断します。また、甲状腺機能低下症が疑われる場合には、甲状腺ホルモン(TSH、T3、T4)の測定を行います。さらに、MRI検査を実施し、下垂体腺腫の有無を評価します。特にプロラクチノーマが疑われる場合には、下垂体の詳細な画像診断が必要になります。ホルモン負荷試験を行い、ドパミン作動薬に対するプロラクチンの反応を評価することもあります。乳汁の性状が異常な場合や血性の分泌がある場合には、乳管内病変の可能性を考慮し、乳管造影検査や細胞診が推奨されます。
乳汁漏の治療
乳汁漏の治療は、その原因に応じて異なります。高プロラクチン血症が原因の場合には、ドパミン作動薬(カベルゴリン、ブロモクリプチンなど)が使用され、プロラクチンの過剰分泌を抑制することで症状を改善します。薬剤性の乳汁漏が疑われる場合には、原因となる薬の変更や中止を検討し、医師と相談のうえ代替薬を選択することが重要です。甲状腺機能低下症が関与している場合には、甲状腺ホルモン補充療法を行うことで、プロラクチンの異常分泌が改善し、乳汁漏の症状も軽減されます。下垂体腺腫が原因の場合で、薬物療法に反応しない場合には、外科的切除(経蝶形骨洞手術)や放射線療法が検討されることがあります。軽度の乳汁漏で、明らかな異常が認められない場合には、経過観察を行いながらホルモンバランスの変化を確認することもあります。
乳汁漏になりやすい人・予防の方法
乳汁漏になりやすい人には、ホルモンバランスが不安定な人やプロラクチンの分泌が変動しやすい人が含まれます。特に、プロラクチンを上昇させる薬剤を使用している人、甲状腺機能低下症を有する人、視床下部や下垂体に病変がある人は、乳汁漏のリスクが高くなります。慢性的なストレスもプロラクチン分泌に影響を与えるため、過度なストレスを避けることが重要です。予防策としては、定期的なホルモン検査を受け、プロラクチン値や甲状腺機能を確認することが推奨されます。適度な運動やバランスの取れた食事を心がけ、ホルモンバランスを整えることも有効です。薬剤の影響が疑われる場合には、医師と相談し、必要に応じて代替薬を検討することが望まれます。乳房への過度な刺激を避けることも、予防の一環として考えられます。
参考文献
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- 4. 日本産科婦人科学会,他:産婦人科診療カイトラインー婦人科外 来編2020.E〕本産科婦人科学会,2020.