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子宮後転
佐伯 信一朗

監修医師
佐伯 信一朗(医師)

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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。

子宮後転症の概要

子宮後転症(子宮後傾後屈症)とは、通常前傾している子宮が骨盤内で後方に傾いた状態を指します。子宮の位置や角度には個人差がありますが、後傾後屈している場合には骨盤内の他の臓器との関係が変化し、さまざまな症状を引き起こすことがあります。多くの女性にとっては無症状であり、偶然の検査で発見されることが多いですが、重度のケースでは月経困難症や性交痛、不妊症の原因となることがあります。 子宮後転症は大きく分けて可動性と固定性の二つのタイプがあります。
  • 可動性の子宮後転症では、体位の変化や内診で子宮の位置を戻すことが可能ですが、固定性の子宮後転症では、骨盤内の癒着などが原因で子宮が動かなくなっています。
  • 固定性の場合、子宮内膜症や骨盤内炎症などの疾患が関連していることが多く、適切な診断と治療が求められます。

子宮後転症の原因

子宮後転症の原因には、先天性と後天性のものがあります。先天性の場合は、骨盤の形態や子宮の発育の過程で後傾後屈が生じることがあり、特に明らかな原因がなくても後転しているケースがあります。この場合、特に症状がなければ治療の必要はありません。 一方、後天的な子宮後転症は、骨盤内の疾患や外科手術の影響で発生することがあります。代表的な原因の一つが子宮内膜症です。子宮内膜症では、子宮の周囲に異所性の内膜組織が増殖し、炎症や癒着を引き起こすことで子宮の可動性が失われ、後方へ固定されることがあります。また、骨盤内の炎症(骨盤内炎症性疾患:PID)も子宮後転の原因となり得ます。PIDは性感染症などによって引き起こされることが多く、骨盤内の組織に瘢痕形成をもたらし、子宮の位置を変化させる可能性があります。 さらに、子宮筋腫や骨盤内腫瘍が存在する場合、それらの影響で子宮が後方へ押しやられることがあります。特に後壁に発生する筋腫は子宮の傾きを変えやすく、後転の原因となることが報告されています。また、骨盤底筋群の弛緩が進むことで子宮が後方へ移動しやすくなることもあり、特に閉経後の女性ではこの傾向が強まると考えられています。

子宮後転症の前兆や初期症状について

子宮後転症の多くは無症状のまま経過しますが、一部の女性では月経困難症、性交痛、不妊症などの症状がみられることがあります。月経困難症は、子宮が後方へ傾くことで経血の排出がスムーズに行われず、子宮収縮が強くなることで引き起こされます。このため、通常よりも激しい生理痛を伴うことがあります。 性交痛も一般的な症状の一つであり、特に子宮が腟の後壁に圧迫されることで痛みを感じることがあります。深部性交痛として認識されることが多く、症状が強い場合には性生活に影響を及ぼすこともあります。 また、不妊症との関連も指摘されています。子宮が後方へ傾くことで精子が子宮頸管内に進入しにくくなったり、受精卵の着床環境が悪化したりする可能性があります。特に骨盤内癒着を伴う場合は、卵管閉塞や卵巣の可動性低下が起こりやすく、不妊のリスクが高まると考えられています。

子宮後転症の検査・診断

子宮後転症の診断は、婦人科診察と画像検査を組み合わせて行われます。内診では、子宮の位置や可動性を確認し、後傾後屈の程度や固定性かどうかを評価します。特に骨盤内に癒着がある場合、子宮の動きが制限されていることが診察の際に確認されます。 画像検査としては、経腟超音波が一般的に使用されます。子宮の傾きや周囲組織との関係を詳細に観察することができ、特に子宮内膜症や筋腫の有無を評価する際に有用です。さらに、MRI検査は骨盤内の詳細な評価が可能であり、子宮後転症の原因となる疾患の診断に役立ちます。特に癒着が疑われる場合には、MRIが有効な診断ツールとなります。

子宮後転症の治療

子宮後転症自体は病的な状態ではないため、症状がなければ特に治療の必要はありません。しかし、月経困難症や性交痛、不妊症などの症状がみられる場合には、適切な治療が推奨されます。月経痛が強い場合には、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を使用することで痛みを軽減することができます。また、子宮内膜症が関連している場合には、ホルモン療法(低用量ピルや黄体ホルモン剤)が推奨されることがあります。骨盤内癒着が原因で子宮後転症が生じている場合には、腹腔鏡手術による癒着剥離術が有効とされています。

子宮後転症になりやすい人・予防の方法

子宮後転症は先天的な場合が多いため、完全に予防することは難しいですが、後天的な要因によるものは予防が可能です。骨盤内炎症を防ぐために、性感染症の適切な管理が重要であり、特にクラミジア感染症の早期発見と治療が求められます。 また、定期的な婦人科検診を受けることで、子宮内膜症や骨盤内炎症を早期に診断し、適切な管理を行うことができます。骨盤内の手術を受けた場合には、術後の癒着形成を防ぐためのケアが必要です。

参考文献

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