

監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。
分娩麻痺の概要
分娩麻痺とは、赤ちゃんが出産時に受ける力によって腕の神経(腕神経叢)が損傷を受け、上肢の麻痺が生じる状態を指します。医療分野によって、「分娩麻痺」「上腕神経叢麻痺」「新生児腕神経叢麻痺」など様々な名称で呼ばれています。この状態は、1874年にErbという医師によって初めて報告され、「Erb麻痺」とも呼ばれています。 分娩麻痺の回復の見込みは、神経の損傷程度によって変わります。軽い場合は自然に良くなることが多いものの、重症の場合は神経の損傷が残り、腕の動きに障害が残ることがあります。大人の事故などによる腕神経叢の損傷と比べると、新生児の分娩麻痺は回復が比較的良好とされていますが、重度の場合は手術や長期のリハビリが必要となることがあります。分娩麻痺の原因
分娩麻痺は、主に出産時に赤ちゃんの腕の神経に強い力がかかることで起こります。特に、大きな赤ちゃん(体重4000g以上)の場合、産道を通る際に肩が引っかかりやすく、その状態で医療者が赤ちゃんを引き出そうとする際に神経を傷つけることがあります。頭から生まれる場合は右側に、お尻から生まれる場合は両側に麻痺が起きやすいと言われています。また、吸引分娩や鉗子分娩などの際にも神経に強い力がかかることがあり、分娩麻痺のリスクが高まると考えられています。分娩麻痺の発生率は医療技術の向上により減少傾向にあると考えられていましたが、最近の大規模な研究では、明確な減少傾向は見られないという報告もあります。分娩麻痺の前兆や初期症状について
分娩麻痺は生まれてすぐに腕の動きの異常として気付かれることが多く、傷つく神経の場所によって症状が異なります。最も多いのは「上位型麻痺(Erb麻痺)」で、肩を上げることや肘を曲げることが難しくなり、特徴的な腕の形(ウェイターズチップポジション)となります。「全型麻痺」は肩から指先まで全体が麻痺する重い状態です。まれに見られる「下位型麻痺(Klumpke麻痺)」では、指の曲げ伸ばしや物をつかむ動作が困難になり、重症の場合は目の症状(Horner症候群)を伴うことがあります。分娩麻痺の検査・診断
分娩麻痺の診断は、出産時の状況確認と神経の検査によって行われます。特に、出産の様子や赤ちゃんの体重、分娩方法が重要な情報となります。出生直後から麻痺が見られ、反射や筋力が弱くなっているかを確認します。 補助的な検査として画像診断が役立ちます。レントゲンでは鎖骨の骨折や横隔膜の麻痺がないかを確認でき、MRIでは神経の損傷状態を調べることができます。重症の場合は、電気を使って神経の働きを調べる検査も行われます。分娩麻痺の治療
分娩麻痺の治療は、神経の損傷の程度や回復状態に応じて選択されます。軽症の場合は自然回復を待ちながら、適切なリハビリを行います。リハビリでは、関節の動きを保つ運動や筋力をつける訓練を、赤ちゃんの成長に合わせて行います。 重症の場合は、手術が検討されます。生後3〜6ヶ月の時点で自然な回復が見られない場合、腱や神経を移す手術が選択肢となります。手術後の回復を促すため、長期的な経過観察が必要です。分娩麻痺になりやすい人・予防の方法
分娩麻痺は、大きな赤ちゃん、肩が引っかかりやすい場合、吸引・鉗子分娩、高齢出産、双子などの場合にリスクが高くなります。そのため、これらの要因がある妊婦さんでは、慎重に出産計画を立てることが重要です。 予防には、適切な胎児管理と出産計画が欠かせません。超音波検査で赤ちゃんの体重を推定し、大きいと予測される場合は帝王切開を検討することが有効とされています。また、肩が引っかかった場合の適切な対応技術の向上や、十分な医療スタッフの配置も重要な対策となります。関連する病気
- 腕神経叢麻痺
- 顔面神経麻痺
- 低酸素性虚血性脳症
- 鎖骨骨折
- 先天性筋緊張低下症
- ギラン・バレー症候群
参考文献
- 川端秀彦. "分娩麻痺の治療戦略―上位型麻痺における神経修復術の適応について." 日整会誌. 2013; 87: 43-7.
- Chauhan SP, Blackwell SB, Ananth CV. "Neonatal brachial plexus palsy: Incidence, prevalence, and temporal trends." Semin Perinatol. 2014; 38(4): 210-218.
- Foad SL, Mehlman CT, Ying J. "The epidemiology of neonatal brachial plexus palsy in the United States." J Bone Joint Surg Am. 2008; 90(6): 1258-1264.
- Birch R. "Birth lesion of the brachial plexus." In: Surgical Disorders of the Peripheral Nerves. London: Springer-Verlag; 2011.
- Doumouchtsis SK, Arulkumaran S. "Are all brachial plexus injuries caused by shoulder dystocia?." Obstet Gynecol Surv. 2009; 64(9): 615-623.




