

監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
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卵巣過剰刺激症候群の概要
卵巣過剰刺激症候群(OHSS:オーエイチエスエス)は、主に不妊治療の過程で起こる合併症です。世界的に体外受精(IVF)を受ける方の約1-4.5%で起こるとされています。不妊治療では、妊娠の可能性を高めるために卵巣を刺激して複数の卵子を育てますが、この刺激が強すぎると卵巣が過剰に反応して腫れ、体にさまざまな症状が現れる状態となります。軽い症状から、まれに命に関わる重い症状まで、その程度はさまざまです。
卵巣過剰刺激症候群の原因
主な原因は不妊治療での排卵誘発や卵巣刺激です。不妊治療では、注射などで卵巣を刺激するホルモン(FSHという物質)を使用しますが、これによって複数の卵子が一度に育ちすぎてしまうことがあります。すると卵巣が腫れ、体の中の血管から水分が漏れ出しやすくなります。これは血管内皮増殖因子(VEGFという物質)という、血管を新しく作ったり血管から水分が漏れやすくなったりする物質が大量に作られるためです。最新の研究では、このVEGFが症状の重症度と密接に関係していることが分かっています。また、育ちすぎた卵胞から女性ホルモン(エストロゲン)も大量に作られ、これも症状を悪化させる原因となります。ごくまれですが、体質的な原因(FSH受容体という物質の異常)や、甲状腺の病気が原因で起こることもあります。特に甲状腺機能との関係については、最近の研究で重要性が指摘されており、甲状腺機能が低下している方では注意が必要です。
卵巣過剰刺激症候群の前兆や初期症状について
最初の症状は、おなかが張る感じです。これは卵巣が腫れて大きくなることと、おなかの中に水がたまり始めることが原因です。症状が進むと、吐き気や嘔吐が現れ、おなかの痛みを感じることもあります。さらに症状が進行すると、胸に水がたまることで息苦しさを感じたり、尿の量が減ったり、水分がたまることで体重が急に増えたりすることがあります。また、のどの渇きを感じることも多くなります。
特に注意が必要なのは、急な強いおなかの痛みです。これは腫れた卵巣が捻れる(卵巣茎捻転という状態)可能性があるためで、この場合は緊急で治療が必要になることがあります。また、足の血管に血の固まり(血栓)ができやすくなることも分かっており、足のむくみや痛みにも注意が必要です。
卵巣過剰刺激症候群の検査・診断
医師は症状の程度を判断するために、まず患者さんの症状についての詳しい問診を行います。その後、超音波検査でおなかの中の水の量と卵巣の大きさを確認します。通常の卵巣は3cm程度ですが、この病気では6cm以上に腫れることがあります。また血液検査では、血液の濃さ(ヘマトクリット値)や、血液中の蛋白質の量などを調べます。
これらの検査結果から、症状を軽症・中等症・重症の3段階に分類します。軽症の場合は、おなかが張る程度で日常生活に大きな支障はありません。中等症になると吐き気や嘔吐が現れ、おなかの水も増えてきます。重症の場合は、息苦しさやおなかの痛みがあり、尿の量が減るなどの症状が出現します。
卵巣過剰刺激症候群の治療
治療の基本は、症状の程度に応じた適切な管理です。最新の治療ガイドラインでは、症状の重症度に応じて段階的な治療が推奨されています。
軽症の場合は通常、自宅での療養が可能で、十分な水分摂取(1日1リットル程度)と毎日の体重測定を行います。症状が悪化した場合はすぐに病院を受診する必要があります。
中等症や重症の場合は入院が必要になることがあり、点滴による水分補給を行います。新しい治療法として、カルシウム製剤の点滴の研究も進められていますが、その効果についてはさらなる検証が必要とされています。場合によってはおなかの水を抜く処置(腹水穿刺)が必要になることもあります。また、この病気では血栓ができやすいため、予防のための薬(ヘパリンなど)や弾性ストッキングを使用します。症状が良くなるまで、定期的な検査と経過観察を継続します。
最新の治療法として、ドパミン作動薬(カベルゴリン)やアロマターゼ阻害薬(レトロゾール)の使用も効果があることが分かってきており、症状の予防や軽減に役立つ可能性があります。
卵巣過剰刺激症候群になりやすい人・予防の方法
卵巣過剰刺激症候群になりやすい人
この症候群は、若い年齢の方ややせ型の方、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)という病気がある方、卵巣の反応性が高い方(血液検査でAMHという値が3.4ng/mL以上の方)、過去に同じような症状があった方などがなりやすいことが分かっています。
予防の方法
予防方法としては、リスクが高い方では採れた卵子をいったん全て凍結保存する方法を選択したり、排卵誘発に使う薬の種類や量を調整したりします。特に最新の研究では、GnRHアンタゴニスト法という治療法を選択することで、症状の発生リスクを約50%低下させられることが分かっています。
また、予防的な薬(カベルゴリンやレトロゾールなど)を使用することもあります。特にカベルゴリンについては、多くの研究でその効果が確認されています。治療中は定期的に超音波検査や血液検査を行い、早めの対応を心がけます。
さらに、治療開始前に甲状腺機能の検査を行うことも重要です。甲状腺機能に問題がある場合は、適切な治療を行うことで卵巣過剰刺激症候群のリスクを減らすことができます。
参考文献
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