

監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
プロフィールをもっと見る
兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。
目次 -INDEX-
羊水過多症の概要
日本産科婦人科学会では「妊娠時期を問わず、羊水量が800mLを超えると判断される場合を羊水過多とし、これに臨床的に何らかの自他覚症状を伴う場合を羊水過多症」と定義しています。全妊娠の約1%に認められる病態です。病的状態を必ずしも反映しているとは限りませんが、羊水過多を認める症例には厳重な周産期管理を要する疾患が含まれるため、できる限りの原因検索に努める必要があります。羊水過多症の原因
まず羊水の産生と吸収経路について理解することが重要です。妊娠16週頃までの羊水は、羊膜、絨毛膜、子宮壁を介する母体血漿成分の漏出(膜間移行)によるものが主体ですが、妊娠20週頃になると主な産生源は胎児の尿となってきます。胎児の尿産生量は、妊娠週数が進むにつれて増加し、妊娠20週頃には約100mL/日であったものが妊娠40週頃には約1,200mL/日になります。また、胎児の肺胞から分泌される肺胞液も羊水の産生源であり、妊娠末期には200~400mL/日の肺胞液が分泌されます。 羊水過多は、羊水の産生過剰あるいは吸収低下による羊水量のバランス維持の破綻によって生じます。原因は母体、胎児、胎盤因子に大別され、約60%は原因不明(特発性)です。母体側の要因では妊娠糖尿病や糖尿病合併妊娠があり、母体の高血糖状態が続くとグルコースの胎盤通過性によって胎児も高血糖となり、浸透圧利尿や巨大児による腎の過形成によって胎児尿産生量の増加をきたします。また血液型不適合妊娠では、母体にない胎児の血液型抗原が母体血中に入ることで、母体に胎児血液型抗原に対する特異的抗体が産生され、この抗体が次回妊娠中に胎盤を介して胎児に移行すると胎児赤血球と抗原抗体反応を起こし、赤血球を破壊して溶血を生じます。 胎児側の要因としては、無脳症などの中枢神経系の異常、双胎間輸血症候群、心血管疾患、腎疾患、仙尾部奇形腫、先天性感染症などがあります。特に中枢神経系の異常では、脳脊髄液の流出、抗利尿ホルモン(バソプレシン)の分泌不全による尿産生量増加、疾患によっては羊水の嚥下障害も要因となります。双胎間輸血症候群では、受血児は循環血液量の増加によって腎血流が増加し、尿産生が増えて羊水過多となります。羊水過多症の前兆や初期症状について
羊水過多症では、食事を摂るのが苦しく感じる、嘔吐、おなかのハリ、トイレが近い・尿漏れなどの症状が現れます。ただし、羊水過多でもこれらの症状が出ないこともあります。また、 痛みを伴う早期子宮収縮が起こることもあります。羊水過多症の検査・診断
主に超音波断層法を用いて羊水量を評価します。具体的な測定方法として、最大羊水深度、羊水ポケット、羊水インデックスがあります。最大羊水深度は経腹超音波でプローブを母体腹壁に垂直に当て、子宮壁および胎児成分に囲まれた最も深いスペースの長さを測定し、8cm以上を羊水過多とします。羊水インデックスは妊娠子宮を縦横に四分割し、4つの区画それぞれの羊水腔の最大深度を計測し、その総和をcmで表します。2020年の産婦人科診療ガイドラインでは、羊水インデックス≧25cmを羊水過多としています。羊水過多症の治療
原因によって管理方針は異なります。母体に糖尿病などの疾患が特定できれば治療を行います。また、超音波断層法などで胎児に羊水過多の原因となりうる異常が見つかった場合には、小児科や小児外科などの診療科と密に連携し、胎児の元気さの指標の評価を行いつつ、適切な分娩方法や娩出時期の検討を行います。 多胎妊娠、特に一絨毛膜二羊膜双胎での羊水過多では、胎児治療が可能なケースもあります。双胎間輸血症候群では、両児間の吻合血管を遮断する胎児鏡下胎盤吻合血管レーザー凝固術が児の予後を改善する有効な治療法とされています。 母体に羊水過多に伴う切迫早産の徴候があれば、入院による安静や子宮収縮抑制薬の投与などを行います。また、子宮の増大に伴う腹部緊満感や呼吸困難などの症状があれば、症状緩和のために羊水除去を検討します。通常、超音波ガイド下に穿刺針で穿刺し1,000~3,000mL程度の羊水を除去する場合がありますが、羊水除去は羊水過多の根本的な治療ではないため、複数回施行する場合があります。予後と分娩時の注意点
予後は染色体異常の有無や胎児疾患に依存しますが、羊水過多の程度が重度であるほど胎児疾患が多く、予後不良と報告されています。羊水過多は破水時の常位胎盤早期剝離や臍帯脱出のリスク因子となるため、分娩時には注意が必要です。著明な羊水過多症例では、分娩開始前に経腹的な羊水除去を検討します。羊水過多症になりやすい人・予防の方法
羊水過多症になりやすい人
特に以下のような状態にある妊婦さんで発症しやすいことが知られています。 まず、妊娠糖尿病や糖尿病合併妊娠の方は、胎児の尿産生量が増加することにより発症リスクが高まります。また、一絨毛膜二羊膜双胎妊娠の方は、双胎間輸血症候群による羊水過多のリスクがあります。さらに、過去の妊娠で血液型不適合による問題があった方は、次回妊娠時に羊水過多を発症するリスクがあります。予防の方法
予防としては、特に糖尿病合併妊娠の場合、内科と連携した厳重な血糖コントロールが重要となります。また、双胎妊娠の場合は、早期からの慎重な妊婦健診による経過観察が必要です。定期的な超音波検査を受けることで、羊水量の異常を早期に発見し、適切な管理を開始することができます。ただし、約60%は原因不明(特発性)とされており、必ずしも予防が可能とは限らないことにも留意が必要です。また、胎児の中枢神経系の異常や消化管通過障害など、妊婦側でのコントロールが困難な原因も多く存在します。参考文献
- 日本産科婦人科学会(編・監): 産科婦人科用語集・用語解説集 改定第4版,2018
- Rabinowitz R, Peters MT, Vyas S, et al: Measurement of fetal urine production in normal pregnancy by real-time ultrasonography. Am J Obstet Gynecol 161:1264-1266, 1989
- Brace RA: Physiology of amniotic fluid volume regulation. Clin Obstet Gynecol 40:280-289, 1997
- Mann SE, Nijland MJ, Ross MG: Mathematics modeling of human amniotic fluid dynamics. Am J Obstet Gynecol 175(4 Pt 1):937-944, 1996
- Carlson DE, Platt LD, Medearis AL, et al: Quantifiable polyhydramnios: diagnosis and management. Obstet Gynecol 75:989-993, 1990




