監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
腟炎の概要
腟炎は、腟の炎症を指す一般的な婦人科疾患です。女性の多くが一生に一度は経験する可能性がある、非常に一般的な症状です。
腟炎は、腟内の正常な細菌叢のバランスが崩れることで発症することが多く、その原因は様々です。
主な腟炎の種類には以下のようなものがあります。
- 細菌性腟症
- カンジダ腟炎(真菌性腟炎)
- トリコモナス腟炎
これらの他にも、非感染性の腟炎(アレルギー性腟炎や萎縮性腟炎など)も存在します。
腟炎の症状は、原因によって様々ですが、一般的には以下のような症状が見られます。
- 異常な腟分泌物(量の増加、色や臭いの変化)
- 外陰部の痒みや灼熱感
- 排尿時の痛みや不快感
- 性交痛
腟炎は適切な診断と治療を受ければ通常は良好な経過をたどりますが、放置すると骨盤内炎症性疾患(PID)などの合併症を引き起こす可能性があります。また、妊娠中の腟炎は、早産や低出生体重児のリスクを高める可能性があるため、注意が必要です。
腟炎の原因
腟炎の原因は多岐にわたり、複雑な要因が絡み合っています。最も一般的な原因は、腟内の正常な細菌叢のバランスが崩れることです。この細菌叢は主に乳酸桿菌で構成されており、腟のpHを酸性に保ち、病原微生物の増殖を抑制する重要な役割を果たしています。
細菌性腟症は、この細菌叢のバランスが崩れることで発症します。正常な乳酸桿菌が減少し、代わりにガードネレラ・バジナリスなどの嫌気性菌が過剰に増殖することで引き起こされます。新しい性的パートナーとの関係や複数のパートナーとの関係、腟内洗浄、喫煙、月経、抗生物質の使用などが、このバランスを崩す要因となる可能性があります。
カンジダ腟炎は、カンジダ属(主にカンジダ・アルビカンス)という真菌の過剰増殖によって引き起こされます。この状態は、抗生物質の使用、妊娠、糖尿病、免疫機能の低下、経口避妊薬の使用などによって引き起こされる可能性があります。これらの要因は、腟内の環境を変化させ、カンジダの増殖を促進します。
トリコモナス腟炎は、トリコモナス・バジナリスという原虫の感染によって引き起こされます。この感染症は主に性行為によって伝播します。感染リスクは、複数の性的パートナーがいる場合や、他の性感染症に罹患している場合に高まります。
非感染性の腟炎も存在し、これには様々な要因が関与します。アレルギー性腟炎は、石鹸、香水、洗剤、下着の素材などに対するアレルギー反応によって引き起こされます。
萎縮性腟炎は、閉経後や授乳中などのエストロゲン低下によって腟粘膜が萎縮することで発症します。また、腟洗浄液、殺精子剤、香り付きタンポンなどの化学的刺激も腟炎を引き起こす可能性があります。
これらの原因は単独で作用することもありますが、多くの場合、複数の要因が複雑に絡み合って腟炎を引き起こします。個人の生活習慣、ホルモンバランス、免疫状態なども腟炎の発症に影響を与える重要な要素です。
腟炎の前兆や初期症状について
腟炎の前兆や初期症状は、原因となる病原体や要因によって異なりますが、一般的に以下のような症状が見られます。
異常な腟分泌物
- 量の増加
- 色の変化(白色、灰色、黄緑色など)
- 臭いの変化(魚臭、酵母臭など)
- 質感の変化(水様、泡状、カッテージチーズ状など)
外陰部の痒み
特にカンジダ腟炎で顕著ですが、他の種類の腟炎でも見られることがあります。
灼熱感や刺激感
外陰部や腟内に不快な灼熱感や刺激感を感じることがあります。
排尿時の痛みや不快感
尿が外陰部に触れる際に、刺激感や痛みを感じることがあります。
性交痛
腟の炎症により、性交時に痛みや不快感を感じることがあります。
腟入口部の発赤や腫脹
炎症により、腟入口部が赤くなったり、腫れたりすることがあります。
軽度の下腹部痛
一部の女性では、軽度の下腹部痛を感じることがあります。
これらの症状は、腟炎の種類によって現れ方が異なります。
- 細菌性腟症:典型的には灰白色の薄い分泌物と魚臭が特徴的です。痒みは比較的軽度です。
- カンジダ腟炎:白色のカッテージチーズ状の分泌物と強い痒みが特徴的です。
- トリコモナス腟炎:黄緑色の泡状の分泌物と強い悪臭、外陰部の炎症が見られます。
ただし、これらの症状は必ずしも腟炎に特異的ではなく、他の婦人科疾患でも類似の症状が現れる可能性があります。また、症状が軽微な場合や無症状の場合もあるため、定期的な婦人科検診が重要です。
初期症状を感じた場合は、自己診断や市販薬による自己治療を避け、できるだけ早く医療機関を受診することが推奨されます。適切な診断と治療により、症状の早期改善や合併症の予防が可能となります。
腟炎の検査・診断
腟炎の診断は、主に問診、視診、内診、および検査室検査に基づいて行われます。以下に主な診断方法を示します。
問診
- 症状の種類、程度、持続期間
- 性行為の頻度や新しいパートナーの有無
- 月経周期や妊娠の可能性
- 使用中の薬剤(抗生物質、経口避妊薬など)
- 既往歴(糖尿病、自己免疫疾患など)
視診と内診
- 外陰部の発赤、腫脹、病変の有無
- 腟分泌物の量、色、質感の観察
- 腟壁や子宮頸部の状態確認
pH測定
- 腟分泌物のpHを測定(正常値は4.0-4.5)
- 細菌性腟症やトリコモナス腟炎ではpHが上昇
KOH(アミン)テスト
- 腟分泌物に10%KOH溶液を滴下し、アミン臭(魚臭)の有無を確認
- 細菌性腟症で陽性となることが多い
顕微鏡検査
- 腟分泌物の湿潤標本とグラム染色標本を作成
- 細菌性腟症:clue cells(上皮細胞に細菌が付着)の確認
- カンジダ腟炎:菌糸や芽胞の確認
- トリコモナス腟炎:運動性のある原虫の確認
培養検査
- 特にカンジダ腟炎の診断や、抗真菌薬の感受性試験に有用
- 難治性や再発性の症例で実施されることが多い
核酸増幅検査(NAAT)
- トリコモナス腟炎の診断に高感度で有用
- 細菌性腟症の診断にも利用可能
その他の検査
- 性感染症(クラミジア、淋菌など)のスクリーニング
- 必要に応じて血液検査(糖尿病、免疫機能の評価など)
これらの検査結果と臨床症状を総合的に評価し、腟炎の診断と原因の特定が行われます。
また、腟炎の種類によって診断基準が設けられています。例えば、細菌性腟症の診断にはAmsels criteriaやNugent scoreが広く用いられています。
診断の際には、他の類似した症状を引き起こす疾患(性感染症、子宮頸がんなど)との鑑別も重要です。特に、症状が非典型的な場合や治療に反応しない場合は、より詳細な検査が必要となることがあります。
腟炎の治療
細菌性腟症
- 経口メトロニダゾール
- 経口クリンダマイシン
- 腟内投与用クリンダマイシンクリーム
- フラジール腟錠(メトロニダゾール腟錠)
カンジダ腟炎
- 経口フルコナゾール
- 腟内投与用抗真菌薬
ミコナゾール腟坐剤・クリーム
クロトリマゾール腟錠・クリーム
イソコナゾール腟錠・クリーム
オキシコナゾール腟錠・クリーム - 経口メトロニダゾール
- フラジール腟錠(メトロニダゾール腟錠)
- アレルギー性腟炎:ステロイド軟膏の局所使用(医師の指示による)
- 萎縮性腟炎:エストリオール腟錠
- 処方された薬剤を指示通りに完遂すること
- 治療中は性行為を控えること
- アルコール摂取を避けること(特にメトロニダゾール使用時)
- 症状が改善しない場合や再発する場合は再受診すること
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トリコモナス腟炎
非感染性腟炎
治療期間は通常5-7日程度ですが、症例によっては長期間の治療が必要となることがあります。
また、妊婦の場合は、胎児への影響を考慮して治療法を選択する必要があります。
治療中および治療後の注意点
腟炎の多くは適切な治療により改善しますが、再発することも少なくありません。
特に、細菌性腟症やカンジダ腟炎は再発率が高いため、生活習慣の改善や予防策の実施が重要です。
腟炎になりやすい人・予防の方法
膣炎になりやすい人
腟炎は多くの女性が経験する一般的な問題ですが、特定の要因や生活習慣によってそのリスクが高まる可能性があります。
性的活動が活発な女性、複数の性的パートナーがいる女性、妊婦、糖尿病患者、免疫機能が低下している人、抗生物質を頻繁に使用する人、経口避妊薬を使用している人、閉経後の女性などが腟炎になりやすい傾向があります。
予防の方法
腟炎の予防には、適切な衛生管理が非常に重要です。外陰部は清潔な水で優しく洗い、腟内洗浄は避けるべきです。通気性の良い綿素材の下着を選び、きつすぎる下着や合成素材の下着は避けることも有効です。
生活習慣の改善も腟炎の予防に役立ちます。バランスの取れた食事と適度な運動、十分な睡眠とストレス管理、禁煙は全身の健康を維持し、腟炎のリスクを低減させます。
性生活に関しては、安全な性行為の実践(コンドームの使用など)や、性行為後の排尿が推奨されます。また、不必要な抗生物質の使用を避け、医師の指示なく市販の腟用製品を使用しないようにすることも重要です。
プロバイオティクスの摂取も考慮する価値があります。乳酸菌を含む食品やサプリメントは、腟内細菌叢のバランス維持に役立つ可能性があります。
定期的な婦人科検診も重要な予防策です。症状がなくても定期的に検診を受けることで、早期発見・早期治療が可能となります。妊婦の場合は、定期的な産前検診を受け、腟炎の早期発見と適切な管理を行うことが重要です。
閉経後の女性は、必要に応じて局所エストロゲン療法を検討することも有効な場合があります。
糖尿病患者の場合は、血糖値の適切なコントロールに努めることが、腟炎の予防に役立ちます。
これらの予防策は、腟炎のリスクを完全に排除するものではありませんが、発症リスクを低減し、再発を防ぐのに役立ちます。
自身の身体の変化に注意を払い、必要に応じて医療専門家に相談することが、健康的な腟環境を維持するための鍵となります。腟炎の症状が現れた場合は、自己診断や市販薬による自己治療を避け、速やかに医療機関を受診することが最も重要です。
参考文献