

監修医師:
栗原 大智(医師)
目次 -INDEX-
脈絡膜腫瘍の概要
脈絡膜は眼球の後部で網膜の外側、強膜(眼球の白目の壁)の内側にある層で、豊富な血管とメラニン色素を含み、外から入る光を吸収して網膜に栄養を送る役割があります。
脈絡膜腫瘍とは、この脈絡膜に発生する腫瘍の総称で、良性・悪性の両方が存在します。良性腫瘍には例えば脈絡膜血管腫(血管の異常増殖による腫瘍)や脈絡膜母斑(眼底のほくろ様の色素斑)などがあり、悪性腫瘍には脈絡膜悪性黒色腫(メラノーマ)などがあります。そのほかに脈絡膜に発生する腫瘍としては、良性では稀な脈絡膜骨腫(骨組織ができる良性腫瘍)、悪性ではほかの臓器から眼への転移性脈絡膜腫瘍(乳がんや肺がんなどから転移)や眼内に発生する悪性リンパ腫なども含まれます。
脈絡膜腫瘍の原因
脈絡膜腫瘍の多くは明確な原因が分かっていませんが、一部には遺伝子の異常が関与します。例えば良性の脈絡膜血管腫は、生まれつきの血管の奇形(海綿状血管腫の一種)と考えられ、スタージ・ウェーバー症候群という先天性の病気(顔面のポートワイン母斑や脳の血管奇形を伴う症候群)ではびまん性の脈絡膜血管腫が高頻度に起こります。悪性の脈絡膜メラノーマでも、細胞内の特定の遺伝子変異(例えばGNAQやGNA11遺伝子変異)が腫瘍形成の引き金になることがわかっています。
また、脈絡膜メラノーマに関しては、皮膚の黒色腫と同様に紫外線(UV)曝露との関連が指摘されています。明確な因果関係を示す決定的なデータはありませんが、肌や虹彩の色が薄く日光で日焼けしやすいタイプの方に多いことから、長年にわたる強い日光曝露がリスクを高めている可能性があります。
脈絡膜腫瘍の前兆や初期症状について
脈絡膜腫瘍は初期には症状が乏しいことが多く、自覚症状が全くない場合も少なくありません。実際、ある報告では脈絡膜メラノーマ患者さんの約30%は発見時に何の症状も訴えなかったとされています。腫瘍が黄斑(網膜の中心部)から離れた周辺部に小さく存在する場合などは視力に影響が出ず、健康診断の眼底検査やほかの目的で眼科受診した際に偶然発見されるケースもあります。良性の脈絡膜母斑は大半が無症状で、一生変化のない場合も多いため、患者さん自身は存在に気付かないことがほとんどです。しかし、腫瘍が大きくなるにつれ、視界に見えにくいところができたり、見えにくさが強くなる場合は眼科を受診するようにしましょう。
脈絡膜腫瘍の検査・診断
脈絡膜腫瘍を疑う場合は眼科で各検査を行い、診断します。本章では各検査について解説します。
眼底検査
脈絡膜腫瘍が疑われる場合、まず眼底検査を行います。眼底検査では網膜越しに脈絡膜の腫瘤やその上の網膜の状態(網膜剥離の有無、橙色の色素沈着の有無など)が観察されます。
光干渉断層計(OCT)
光干渉断層計(OCT)は網膜を横断面で映し出す検査で、網膜の浮腫や腫瘍による隆起、漿液性網膜剝離などを確認できます。また、腫瘍による網膜への影響(例えば脈絡膜母斑に伴う網膜色素上皮の変化など)も詳細に観察できます。OCTは非侵襲的で経過観察にも使われます。
超音波検査(エコー検査)
超音波検査(エコー検査)は眼球にプローブをあて、眼球内部の構造を超音波で画像化することができます。腫瘍の厚みや大きさも測定することができ、腫瘍内部の反射パターンから良性か悪性かの推測も可能です。例えば脈絡膜メラノーマは超音波で内部反射が低く均一でドーム状隆起を呈することが多く、脈絡膜血管腫は高反射で均一な所見を示すなど、特徴の差があります。
眼底造影検査
眼底造影検査にはフルオレセイン蛍光眼底造影(FA)やインドシアニングリーン造影(IA)があり、造影剤を腕から注射して眼底血管を撮影する検査です。脈絡膜血管腫では早期から脈絡膜の異常血管が染まって漏出し、後期に腫瘍全体が蛍光を発する像が見られます。一方、脈絡膜メラノーマではメラニン色素が多い場合造影剤の蛍光がブロックされて暗く写りますが、腫瘍内部に新生血管があるとそのパターンが写し出されることがあります。ICGAでは脈絡膜の深部の血流を見ることができ、腫瘍の境界や栄養血管の有無の評価に有用です。
画像検査(CTやMRI)
大きな腫瘍や骨腫ではCTで石灰化の有無を確認したり、MRIで腫瘍の広がりや性状を評価することがあります。特に脈絡膜メラノーマはMRIで高信号を示す特徴があり、視神経への距離や眼窩内への広がりを術前に評価するのに用いられます。
病理診断
病理診断は、眼球を摘出した場合やごく一部で腫瘍生検(生体組織検査)が可能な場合に行われます。
脈絡膜腫瘍の治療
脈絡膜腫瘍は良性か、悪性かによってその治療は大きく異なります。
良性腫瘍の治療
良性腫瘍にはさまざま種類がありますが、ここでは脈絡膜血管腫と脈絡膜母斑の治療を中心に解説します。
脈絡膜血管腫
脈絡膜血管腫の大きさが小さく、症状がなければ経過観察を行います。しかし黄斑部に漿液が漏出して網膜浮腫を起こしている場合や、漿液性網膜剥離視力低下を生じている場合には治療が必要です。治療法としては腫瘍に対するレーザー光凝固術や冷凍凝固術が従来から行われてきました。これらは腫瘍部分の異常血管を焼灼・凝固することで漏出を抑え、漿液性網膜剝離の消退を促す方法です。このほかにも光線力学的療法(PDT)といって、光感受性の薬剤を静脈投与した後に腫瘍部に特定波長のレーザーを当てて血管を閉塞させる治療も有効性が示されています。
脈絡膜母斑
脈絡膜母斑は基本的に治療の必要はありません。定期的に眼底検査で観察し、大きさや外観に変化がないか確認する経過観察が原則です。母斑そのものは視力に影響を与えないことが多いですが、ごく一部が悪性化(悪性黒色腫)する恐れがあるため、変化がないか確認することが重要です。もし経過中に母斑が大きくなってきたり、悪性化があったりすれば早期治療を検討します。悪性を疑う所見が明らかな場合には、良性だからと放置せず放射線治療などを早めに適用することもあります。
その他の良性腫瘍についても、基本的には経過観察となります。ただし、視機能に影響したり、悪性化したりする場合はその病態に合った治療を選択します。
悪性腫瘍の場合
悪性腫瘍にはさまざま種類がありますが、ここでは脈絡膜悪性黒色腫(メラノーマ)と転移性脈絡膜腫瘍、眼内悪性リンパ腫の治療を解説します。
脈絡膜悪性黒色腫(メラノーマ)
脈絡膜悪性黒色腫(メラノーマ)は確定診断後ただちに眼球摘出が標準的な治療でした。しかし、現在では腫瘍の大きさが小さい症例、転移のない症例では眼球を温存する治療が行われています。その一つが放射線治療であり、腫瘍に放射線を集中照射して腫瘍細胞を死滅させる方法です。
腫瘍が小さく外科的切除が可能な部位にある場合は、眼球を残したまま強膜の一部と腫瘍をくり抜く経強膜的局所切除術が行われることもあります。ただし、放射線治療や局所切除を行った場合でも、腫瘍が大きかったり黄斑や視神経に近かったりすると、治療後に視力が大きく低下する可能性があります。
腫瘍が大きい場合や眼内に広がってコントロールが難しい場合、あるいは既に視力が失われている場合などでは、眼球摘出術が選択されます。摘出した眼球は病理検査で詳細に調べられ、転移リスクの評価も行われます。
眼内悪性リンパ腫
原発性の眼内悪性リンパ腫(主に脈絡膜よりも網膜や硝子体に発生)は中枢神経(脳)に病変を伴う場合が多いです。しかし、眼以外に病変がない場合、局所の放射線照射やメトトレキサートの硝子体内注射(抗がん剤を眼内投与)が行われることがあります。中枢神経や全身に病変が及んでいる場合には、全身化学療法や全脳照射など全身的治療が必要です。悪性リンパ腫は全身状態や合併症を考慮した集学的治療となり、眼の病変に対しては視力温存と腫瘍制御のバランスを考えて方針が立てられます。
脈絡膜腫瘍になりやすい人・予防の方法
脈絡膜腫瘍の明確な予防方法は知られていませんが、リスクを下げるための生活上の工夫がいくつかあります。
紫外線対策
まず重要なのは紫外線対策です。晴天時や屋外作業時には紫外線カット効果のあるサングラスや帽子を着用するようにしましょう。
生活習慣の改善
全身の健康管理も間接的に予防につながります。規則正しい生活とバランスの取れた食事を行い、喫煙や過度の飲酒は避けた方が安心です。
定期的な眼科検診
脈絡膜腫瘍は症状が出にくい病気のため、早期発見には定期検診が有効です。とくに40歳以上の方は年に1回程度の頻度で眼科検診を受け、眼底検査を含めたチェックをしてもらうことが推奨されます。定期検診により腫瘍が見つかれば、視力に影響が出る前の初期段階で発見・治療できるかもしれません。
関連する病気
参考文献




