目次 -INDEX-

角膜真菌症
栗原 大智

監修医師
栗原 大智(医師)

プロフィールをもっと見る
2017年、横浜市立大学医学部卒業。済生会横浜市南部病院にて初期研修修了。2019年、横浜市立大学眼科学教室に入局。日々の診察の傍らライターとしても活動しており、m3や日経メディカルなどでも連載中。「視界の質=Quality of vision(QOV)」を下げないため、診察はもちろん、SNSなどを通じて眼科関連の情報発信の重要性を感じ、日々情報発信にも努めている。日本眼科学会専門医。

角膜真菌症の概要

角膜真菌症(真菌性角膜炎)は、角膜(黒目の表面を覆う透明な膜)にカビなどの真菌が感染して起こる炎症性の目の病気です。代表的な原因菌にはフサリウム属アスペルギルス属といった環境中のカビ、そしてカンジダ属のような酵母菌(人の皮膚や粘膜にも常在)があります。真菌が角膜に侵入すると白っぽい潰瘍ができ、放置すれば角膜に穴が開くこともあり、失明につながる重大な疾患です。早期に適切な治療を受ければ視力を保てる可能性がありますが、進行すると治療が難しくなり視力障害が残る恐れがあります。

角膜真菌症は世界的には決して珍しくない病気で、毎年少なくとも約100万例以上発生していると推計されています。特に温暖多湿な熱帯・亜熱帯地域で多くみられ、これらの地域では角膜感染症全体の20~60%を真菌が占めるとの報告もあります。農村部で土や植物に触れる機会が多い若年~中年の農業従事者に多く発生する傾向があります。一方、欧米や日本など温帯で気温の穏やかな地域では、細菌性角膜炎の方が圧倒的に多く、真菌症は全角膜感染症の数%程度と稀です。

日本の調査でも、現在の感染性角膜炎患者さんの主な起炎菌はブドウ球菌などの細菌であり、真菌やアカントアメーバによる症例は少ないとされています。しかし、コンタクトレンズの普及やステロイド点眼の使用増加に伴い、国内でも真菌性角膜炎の報告例は増えてきている傾向があります。

角膜真菌症の原因

角膜真菌症の原因となる真菌は大きく糸状菌(カビ菌)酵母菌の2種類に分類されます。一般的に、フサリウムやアスペルギルスなどの糸状菌は農作業中に木の枝や植物の葉で目を怪我した際などに角膜へ侵入し発症することが多く、一方でカンジダなど酵母状の真菌はドライアイや角膜びらんなど既存の角膜疾患がある目にステロイド点眼を使用した場合などに繁殖して発症します。主要な原因真菌としては、フサリウム属アスペルギルス属カンジダ属の3種類で全体の95%以上を占めるとも報告されています。

角膜真菌症の前兆や初期症状について

角膜真菌症の症状は、ほかの角膜感染症(細菌性角膜炎など)と類似しますが、しばしばゆっくり進行する傾向があります。感染初期には軽い異物感や違和感程度のこともありますが、次第に以下のような症状が現れてきます。

  • 眼の痛み
  • 眼の充血
  • 視力低下・かすみ
  • 光を見るとまぶしい(羞明)
  • 涙が止まらない(流涙)
  • 目やに(眼脂)
これらの症状が出現し悪化してきた場合、角膜に白く濁った潰瘍が形成されている可能性があります。進行すると角膜の組織が崩れ、最終的には角膜に穴(穿孔)が開いてしまう危険性もあります。これら症状に心当たりがある場合や目の調子に異変を感じた場合、できるだけ速やかに眼科を受診してください。

角膜真菌症の検査・診断

眼科では視力検査や細隙灯顕微鏡検査後に、角膜真菌症が疑われれば確定診断のためのさまざまな検査を行います。診断に用いられる主な検査方法は次のとおりです。

角膜擦過検査

局所麻酔下で滅菌した器具を用いて角膜潰瘍部の組織を少量こすり採取します。得られた検体は、後述の顕微鏡検査や培養検査、遺伝子検査の検体となります。

顕微鏡での直接鏡検

採取した角膜組織を特殊な染色液で染め、顕微鏡で真菌の有無をその場で調べます。特徴的な形態を顕微鏡下で確認することができれば、迅速に診断・治療が可能です。

培養検査

角膜擦過物を培養用の寒天培地(サブロー培地など)に塗り、真菌を培養して種類を同定します。培養検査は確定診断に必要ですが、真菌は増殖が遅いため結果判明までに数日~数週間要することがあります。

PCR検査(遺伝子検査)

培養検査に時間がかかる欠点を補うため、近年では病原体のDNAを検出するPCR法による迅速診断も行われています。角膜擦過物から真菌の特定DNA配列を増幅し検出することで、培養を待たずに真菌の存在を確認できます。PCR検査は高感度ですが専門施設でしかできない場合も多いことが欠点です。

角膜真菌症の治療

角膜真菌症と診断されたら、速やかに抗真菌薬による治療が開始されます。基本となるのは抗真菌薬の点眼治療で、感染を起こしている角膜に直接点眼を行います。代表的な点眼薬にナタマイシン(ピマリシン)があります。この薬はポリエン系抗真菌薬の一種で、特に糸状菌(フサリウムやアスペルギルスなど)に対して第一選択薬として用いられます。ナタマイシン点眼は角膜実質への浸透性が高く真菌を効果的に殺菌できるため、世界的にも角膜真菌症の標準治療薬となっています。日本でも承認されており、真菌性角膜炎の約8割で使用されたとの報告があります。

その他、アムホテリシンB(ポリエン系)、ミコナゾールやフルコナゾール、ボリコナゾール(アゾール系)といった抗真菌薬を点眼用に調製して使うこともあります。酵母菌(カンジダ属)の感染にはアゾール系薬(例:フルコナゾール点眼など)が有効な場合が多く、糸状菌にはポリエン系薬(ナタマイシンやアムホテリシンB)の方が効果的とされています。治療効果を高めるため、初期治療時には角膜潰瘍の表面を軽く擦過して汚死組織を除去する処置(デブリードマン)を併用することもあります。これにより薬剤が患部に浸透しやすくなります。

点眼治療は基本的に外来で行われます。症状が強い場合には1日数回~1時間おきなど高頻度で点眼を続けます。症状や菌種に応じては経口抗真菌薬(内服薬)の併用も検討されます。特に強い毒性を示す真菌や全層に及ぶ重度感染では、ボリコナゾール(ヴォリコン)やイトラコナゾールなどの経口薬を併用して全身的にも治療します。場合によっては点滴注射による抗真菌薬投与が行われることもあります。治療の効果判定には時間がかかるため、少なくとも数週間以上の根気強い点眼治療が必要です。

適切な薬物治療を行っても感染が制御できず角膜が溶解してくる場合や、角膜穿孔のリスクが高まった場合には外科的治療が検討されます。外科的処置としては、病変部を部分的に切除する角膜表層切除術や、角膜の大部分を他人の角膜組織と入れ替える治療的角膜移植(角膜移植術)があります。角膜移植は感染巣を一気に除去できる利点がありますが、移植片にも再感染する恐れがあるため、術後も抗真菌薬治療を続け注意深く経過を追う必要があります。

角膜真菌症になりやすい人・予防の方法

角膜真菌症は重篤な視力障害をもたらす恐れがありますが、日常生活での心がけによってそのリスクを下げることができます。予防のためのポイントを以下にまとめます。

コンタクトレンズの正しい取り扱い

コンタクトレンズ使用者は特に感染予防に注意しましょう。レンズの衛生管理を徹底することが重要です。装用前後には石鹸でしっかり手を洗い、清潔な指でレンズを扱ってください。レンズを外したあとは決められた消毒液でこすり洗い・すすぎを行い、清潔な保存液を満たした清潔なケースに保管します。水道水や唾液など消毒されていない水でレンズやケースをすすぐのは厳禁です。また、レンズをつけたまま寝ない、レンズを装用したままプールや入浴しないことも徹底してください。レンズケースは定期的に交換し、使い捨てレンズは使用期間を厳守することも大切です。

目の外傷予防

農作業や園芸作業、樹木の剪定作業など植物の破片が飛んで目に入る可能性がある場面では、ゴーグルや保護メガネを着用して目を守りましょう。ちょっとした枝や葉による擦り傷が角膜真菌症のきっかけになることがあります。万一目に異物が入ったり傷が付いたりした場合は、自分でこすったりせず速やかに洗眼し、必要であれば眼科で処置を受けてください。

不要なステロイドの点眼を避ける

市販の目薬や手持ちの点眼薬を自己判断で安易に使うことは避けましょう。特にステロイド成分を含む点眼薬は炎症を抑える反面、感染症を悪化させる恐れがあります。医師の指示なく痛みや充血を抑えようとステロイド点眼を続けると、もし角膜真菌症であった場合に症状を隠してしまい、気付いたときには重症化している危険があります。

この記事の監修医師