

監修医師:
栗原 大智(医師)
目次 -INDEX-
急性網膜壊死の概要
急性網膜壊死(Acute Retinal Necrosis;ARN)は、ヘルペスウイルスなどの感染によって網膜に壊死性の炎症が起こる眼疾患です。
免疫が正常な方でも突然発症し、適切に治療しないと網膜剥離(もうまくはくり)や視神経萎縮をきたし失明に至るおそれがあります。ぶどう膜炎(虹彩、毛様体、脈絡膜の炎症の総称)の中でも予後不良なタイプであり、日本の調査ではぶどう膜炎患者さん全体の約1%に過ぎないと報告されています。失明を防ぐためには迅速な検査と診断、治療の開始が重要となります。
急性網膜壊死の原因
急性網膜壊死の主な原因はウイルス感染で、単純ヘルペスウイルス1型・2型(HSV-1/2)や水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)が網膜に感染して発症します。実際、皮膚に帯状疱疹が出た後に眼内で炎症が起こるケースもあります。また、2023年には新たな原因としてヒトアデノウイルスによる網膜壊死の症例が世界で初めて報告されました。今まで原因不明とされていた急性網膜壊死の原因が、ヒトアデノウイルスである可能性が示唆されました。
そして、急性網膜壊死は免疫低下と関連があることが知られています。急性網膜壊死は通常は免疫機能が正常な方に起こりますが、免疫不全のある方では類似のウイルス性網膜炎がより重症化することがあります。例えば、HIV感染者で水痘帯状疱疹ウイルスが眼に感染すると、進行性網膜外層壊死(PORN)と呼ばれる急激に失明に至る重症な病態を引き起こすことがあります。このように患者さんの免疫状態は病状に影響し、免疫低下時にはより一層注意が必要です。
急性網膜壊死の前兆や初期症状について
急性網膜壊死では初期症状として、主に片眼に目の充血・痛み、眩しさ(羞明)、霞んで見える(霧視)、虫が飛ぶように見える(飛蚊症)といった症状が現れます。早い段階から視力低下も生じ、文字が読みにくい、視野の一部が欠けるなどの異常に気付くことがあります。
病状が進行すると現れる症状はさらに悪化し、数週間のうちに炎症が網膜全体に広がり視力が急激に悪化します。網膜周辺部の黄白色の病変(壊死)が次第に拡大・融合し、網膜に小さな裂け目(網膜裂孔)が生じて網膜剥離を起こすことがあります。網膜剥離が起これば視野が欠けたり大幅な視力低下を招き、適切な治療を行わなければ失明に至る恐れがあります。急性網膜壊死が疑われる症状がみられる場合は速やかに眼科を受診してください。
急性網膜壊死の検査・診断
急性網膜壊死の検査・診断について、各検査ごとに解説します。
視力検査
急性網膜壊死が疑われる場合、まずは視力の変化を確認するために視力検査を行います。発症初期には視力低下が軽度であっても、病変が進行すると網膜剥離などにより急激に視力が落ちることがあるため、視力の推移を継続的に測定することが重要です。
眼底検査
急性網膜壊死の特徴的な所見を確認するため、瞳孔を開く点眼薬を用いて散瞳し、眼底を詳しく観察します。網膜周辺部に白色の壊死病変や血管炎の所見、硝子体(しょうしたい)の混濁がみられるかをチェックし、また前眼部に虹彩炎や眼圧上昇の原因がないかも確認します。これらの典型的な臨床所見を総合的に判断することで、急性網膜壊死である可能性が高いと考えられます。
画像検査
眼底写真撮影では、網膜の色調変化や壊死病変の位置・範囲、出血や血管炎の程度を記録し、経過観察に用います。また、光干渉断層計(OCT)により、網膜の断面構造を高解像度で確認し、網膜内液の貯留や網膜剥離の有無を評価します。眼球超音波検査は高度な硝子体混濁で眼底が見えない場合や、網膜剥離が疑われる場合に用います。網膜の状態や網膜剥離有無や範囲を把握できます。これらの検査結果を踏まえ、網膜病変の重症度や進行度を総合的に判断します。
血液検査
急性網膜壊死以外の疾患の除外診断のため、血液検査を行うことがあります。全身の炎症反応(CRPなど)や、ほかの感染症(ウイルス・細菌など)の有無を確認し、他疾患との鑑別に役立ちます。
PCR検査
PCR検査では、採取した前房水や硝子体液から原因ウイルスのDNAを検出します。PCR検査でHSV-1/2やVZVが陽性となれば急性網膜壊死の診断根拠となり、陽性所見の有無は診断基準にも組み込まれています。PCR陽性は約99%の高い確率で本症を示すとも報告されており、原因ウイルスの特定によって治療方針も明確になります。
急性網膜壊死の治療
急性網膜壊死と診断されたら、抗ウイルス薬治療を直ちに開始します。アシクロビルやバラシクロビルといった抗ヘルペスウイルス薬の全身投与が第一選択で、ウイルスの増殖を抑え炎症の進行を止めます。通常は入院してアシクロビルの点滴治療を行い、その後経口薬に切り替えて少なくとも数週間は治療を継続します。近年ではバラシクロビルの高用量経口投与でも有効な場合があり、入院せず治療開始できるケースも報告されています。重症例では抗ウイルス薬の眼内注射(硝子体内投与)を併用することもあります。
ウイルスへの治療と並行して炎症抑制のためのステロイド治療を行うことがあります。抗ウイルス薬開始後にステロイド薬(副腎皮質ホルモン)の全身投与を加え、炎症による組織障害の抑制を図ります。ステロイドにより網膜や視神経への二次的なダメージを減らせますが、ウイルス感染を悪化させないよう投与開始のタイミングには注意が必要です。また、必要に応じてアスピリンなど抗血小板薬の併用が検討されます。
網膜剥離の予防や治療にはレーザー凝固術や硝子体手術が行われます。レーザー光凝固術では網膜の裂孔周囲や脆弱になった部位を焼き固め、網膜剥離の拡大を防ぎます。すでに網膜剥離が生じた場合や硝子体混濁が強い場合には、硝子体手術によって濁った硝子体を除去し、網膜を元の位置に復位させます。必要に応じて眼内にシリコンオイルやガスを入れて網膜を内側から固定します。レーザー治療や硝子体手術の発展により、以前より失明を防げる可能性が高まっています。
急性網膜壊死になりやすい人・予防の方法
急性網膜壊死の予後は、発症時の病状や治療開始のタイミングに大きく左右されます。治療が遅れれば高い確率で失明に至る極めて予後不良な疾患ですが、適切な治療により視力が維持できる可能性もあります。ただし、治療を行っても網膜剥離は依然高頻度で発生し(報告によれば治療眼の20~85%で網膜剥離が生じています)。最終的な視力が0.1未満に低下する場合も少なくありません。黄斑(網膜の中心部)が障害されなかった場合や網膜剥離を免れた場合には良好な視力が残ることもあります。
再発予防の観点では、一度発症した患者さんでは反対眼への発症にも注意が必要です。未治療では高率に両眼に及びますが、早期に抗ウイルス薬治療を行うことで反対眼への波及リスクを70%から10数%程度まで大幅に下げられたとの報告があります。そのため、急性期治療後も、予防的に経口抗ウイルス薬を一定期間継続することが推奨されます。臨床現場でも発症後6ヶ月程度の長期にわたりアシクロビルなどを内服して再発予防を図ることがあります。また、再発は初回発症から数年~10年以上経ってから起こることもあるため、治療後も定期的に眼科で経過観察を受け、少しでも異常を感じたら早めに受診することが重要です。
関連する病気
- ヘルペスウイルス感染
- サイトメガロウイルス網膜炎
- ぶどう膜炎
参考文献




