

監修医師:
栗原 大智(医師)
目次 -INDEX-
兎眼の概要
兎眼(とがん)とは、顔の麻痺やまぶたの傷などが原因で、目を完全に閉じられなくなる病気です。常に閉じきらないケースもあれば、睡眠中だけ半開きとなっているケースもあり、程度はさまざまです。
眼表面が長時間にわたって露出することで、乾燥による症状や角膜・結膜の上皮障害が併発します。軽度ならばドライアイと間違う程度の症状ですが、重症では角膜に潰瘍ができたり、感染を起こしたりします。長期化すると角膜が濁ったり穴が空いてしまったりして、視力が損なわれます。
治療は原因疾患への対処が重要です。同時に、角膜を守るための治療を行うほか、まぶたが閉じるようにする手術も検討されます。
なお病名の由来は、ウサギの目が常に開いたままに見えることからです。捕食される危険と隣り合わせのウサギは、少ないまばたきで周囲をうかがえるよう進化しているのです。
兎眼の原因
兎眼の原因は、まぶたを動かす神経の障害や、まぶた自体の障害、眼球の突出といったものです。
顔面神経麻痺
兎眼の原因で最も多いのが顔面神経麻痺です。顔面神経はまぶたを閉じる運動を担当しており、麻痺することでまぶたを完全に閉じられなくなります。
顔面神経麻痺の原因は以下のようにさまざまです。
- 中枢性:脳梗塞、脳腫瘍など
- 末梢性:特発性顔面神経麻痺(ベル麻痺)、聴神経腫瘍切除時の神経障害、外傷など
なかでもベル麻痺が最も多く、顔面神経麻痺の80%以上を占めるとされます。ベル麻痺は数時間から数日で顔の片側が麻痺する急性の疾患です。なぜ起きるのかは明らかになっていませんが、ヘルペスウイルスが原因との説が有力です。
まぶたの外傷・手術・機能障害
皮膚にある程度深い傷を負うと、治る過程で傷あとが引きつれて硬くなる場合があります。このような引きつれは、まぶたの外傷や手術でも起きることがあり、兎眼の原因となります。
眼瞼下垂の手術後に兎眼となるケースもあります。眼瞼下垂では上まぶたが下がって視界を妨げるのが問題となるため、上まぶたを上げる手術を行いますが、上げすぎてしまうと合併症として兎眼が起きます。
下まぶたの機能障害でも兎眼となり得ます。眼瞼外反といって、下まぶたが下がったり裏返ったりすることで、まぶたが完全に閉じず、眼球が乾燥しやすくなります。
眼球の突出
甲状腺疾患の患者さんでは、眼球が突出してくるなどの眼症状をきたすことがあります。甲状腺眼症といって、甲状腺ホルモンが過剰となるバセドウ病で起きやすいですが、甲状腺ホルモンが減りすぎてしまう橋本病でも稀に起きる症状です。甲状腺眼症の患者さんはまぶたが後退していることも多く、眼球突出と両方の影響でまぶたが閉じなくなってしまいます。
ほかに、目の奥に腫瘍ができて眼球を押し出してしまうような場合も、まぶたで眼球を覆いきれずに兎眼となることがあります。
その他の原因
パーキンソン病や筋強直性ジストロフィーといった筋肉の動きに影響が出る疾患では、無意識に行うまばたきが不完全となる場合があります。
寝ている間にしっかり目が閉じないケースは夜間兎眼と呼ばれ、ドライアイに似た症状を引き起こします。
兎眼の前兆や初期症状について
兎眼の原因として多い顔面神経麻痺では、顔の片側が動かなくなるため、目が閉じないだけでなく以下のような症状も出ます。
- 顔が曲がって見える
- 眉毛が下がる
- 唇が下がる
- よだれが垂れる
このような症状が現れたら、神経内科や脳神経内科を受診してください。
また、兎眼により目が乾燥すると、以下のような症状が出ます。
- 目の痛み
- かすみ
- ゴロゴロした異物感
朝や夜間に目が覚めたときに症状を強く感じる場合は、睡眠中にまぶたが閉じ切っていないのかもしれません。目の症状が気になる場合は、眼科を受診してください。甲状腺疾患など元々の病気がある方は、主治医に相談して紹介してもらいましょう。
兎眼の検査・診断
兎眼の診断は、問診、診察、検査によって行います。
問診
問診では、現在の症状について確認するほか、兎眼の原因を突き止めるために以下のような項目を確認します。
- 眼・顔・頭部に外傷や手術を受けたか
- これまでの病歴
病歴では特に甲状腺疾患、脳神経疾患、帯状疱疹が重要です。余力があれば、紙に書いて持参すると伝えやすいでしょう。
診察
診察では、以下のような項目を確認します。
- まぶたを閉じられるか
- まぶたの位置が正常か
- まばたきができているか
- 眼球の突出はないか
- 顔の麻痺はないか
- ベル現象の程度
ベル現象とは、目を閉じるときに自然と眼球が上を向く反射のことです。これにより黒目が隠れ、黒目を覆っている角膜も保護されます。
兎眼の原因として最も多いベル麻痺であれば、目を閉じようとするとベル現象が起きて白目になります。対して脳に原因がある場合は、目を閉じようとしても白目になりません。麻痺が見られる場合はベル現象の程度を確認することで、根本的な原因を推定可能です。
眼科的検査
視力や角膜の状態、角膜の乾きやすさなどを検査します。角膜の状態は、細隙灯顕微鏡(さいげきとうけんびきょう)という眼科用の顕微鏡で観察します。
角膜を観察する際は、傷ついた部分が見えやすいように、色素を含む点眼薬を使用します。兎眼やドライアイでは、上下のまぶたが合わさる部分の角膜に症状がみられるのが特徴です。
画像検査・甲状腺機能検査
眼球突出を認める場合は、眼窩のMRI(あるいはCT)検査を行う場合があります。甲状腺眼症を疑う場合は、甲状腺機能検査も併せて行います。
脳梗塞や脳腫瘍を疑う場合は、CT検査やMRI検査で脳の状態を評価します。
兎眼の治療
原因となる疾患が明らかであれば、そちらの治療を行います。同時に、まぶたを閉じるための治療と、傷ついた角膜の治療を、必要に応じて行います。ここではまぶたと角膜に対する治療について説明します。
まぶたを閉じるための治療
まぶたへの治療は、保存療法と手術療法に分けられます。
保存療法は、就寝時にテーピングでまぶたを閉じる方法がよく使われます。特にベル麻痺の場合は、後遺症なく治ることも期待できるため、保存療法で様子を見ることも少なくありません。
テーピングだけでは角膜を守りきれない場合、一時的に上下のまぶたを縫合することもあります。まぶたの外側3分の1を縫合することで、角膜を保護しつつ、投薬や診察のための隙間も残しておけます。角膜が治れば抜糸します。
自然回復が難しい場合は、まぶたの手術を検討します。顔面神経麻痺による兎眼では、まぶたを閉じる筋肉である眼輪筋の機能が衰えています。この場合は、まぶたの皮下に金の板を重りとして入れる手術や、顔面神経以外の神経で動く筋肉を移行させる手術が検討されます。
下まぶたが下がっている場合は、まぶたを引き締める手術を行い、下まぶたと眼球が密着するように調整します。まぶたの傷あとが引きつれて閉じなくなっている場合は、皮膚移植や粘膜移植が必要となる場合もあります。
このように、兎眼の手術は原因に合った方法を選択します。
傷ついた角膜の治療
まぶたを閉じるための治療と併せて、乾燥により傷ついた角膜の治癒を助ける治療も行います。こちらも保存療法と手術療法があります。
軽症の場合は、角膜を保護する点眼薬や、抗菌薬点眼・眼軟膏を用います。傷が深い場合は、油脂性の眼軟膏で、より強力に角膜を保護します。ソフトコンタクトレンズを装着する場合もあります。
さらに傷が深い場合や、角膜に穴が空いてしまっている場合は、羊膜移植を検討することがあります。羊膜を角膜表面に移植することで、角膜を保護し、再生を促すことが可能です。角膜が治れば、羊膜は除去します。
兎眼になりやすい人・予防の方法
兎眼になりやすいのは以下のような人です。
- 甲状腺疾患の人
- 帯状疱疹の経験がある人
- 麻痺がある人
- 意識のない人
- 脳卒中リスクの高い人
甲状腺疾患の人は、定期的に通院して病気をコントロールしましょう。もし目に違和感が現れたら、主治医または眼科に相談してください。
帯状疱疹の経験がある人は、ベル麻痺になりやすい可能性があります。ヘルペスウイルスは免疫力が下がると活発化しやすいため、疲れを溜めないよう心がけましょう。
麻痺がある人や意識のない人は、自力での閉眼が難しいことから兎眼になる場合があります。点眼薬などを処方されていれば、正しく使って目を守りましょう。手術室やICUでは、兎眼による眼障害を予防するために、意識がない患者さんの目をテーピングで保護することがあります。
喫煙習慣のある人や、高血圧や脂質異常症といった生活習慣病を持つ人は、脳卒中から来る兎眼のリスクが高いといえます。生活習慣を整え、ストレスを溜めない生活を心がけることで、兎眼に限らず病気を遠ざけることにつながります。
関連する病気
- 顔面神経麻痺(ベル麻痺)
- 甲状腺眼症(バセドウ病)
- 外傷性眼瞼損傷
参考文献




