監修医師:
柿崎 寛子(医師)
網膜芽細胞腫の概要
網膜芽細胞腫(もうまくがさいぼうしゅ)は、5歳未満の乳幼児に発症が多い悪性の目の腫瘍です。成人での発症は非常にまれですが、発症しないわけではありません。
網膜芽細胞腫は網膜という、目の奥にある光を感じ取る組織で発生し、網膜の細胞が異常増殖することで腫瘍ができます。
片方の目にのみ発症する(片眼性)ケースが多いですが、両方の目に同時に発症する(両眼性)こともあります。発症者のうち、片眼性と両眼性の割合は2:1程度だといわれています。
進行すると、腫瘍が眼球の外まで広がり、生命に関わる危険もあります。早期発見をし、早期に治療できるかが生命予後に大きな影響を与えます。
網膜芽細胞腫の原因
網膜芽細胞腫の原因は、がん抑制遺伝子の1つである「RB1遺伝子」の変異が関わっていることがわかっています。
RB1遺伝子は、細胞の成長を抑える働きがあり、細胞の異常な増殖を防ぐ役割を担っています。しかし、RB1遺伝子に異常が起こると、細胞増殖のコントロールが効かなくなり、腫瘍が形成されると考えられています。腫瘍が小さいうちは症状を認めず、腫瘍がある程度大きくなってから発症することが多いです。
RB1遺伝子の変異は、先天性(遺伝性)のものと、散発性(非遺伝性)のものがあります。先天性の場合、生まれながらにしてRB1遺伝子の変異があり、腫瘍は両目に発生することが多いです。全体の約40%が先天性と言われています。
一方、散発性の場合は後天的に遺伝子変異が起こるもので、腫瘍は片目のみに発生し、子どもに遺伝することはありません。
網膜芽細胞腫の前兆や初期症状について
網膜芽細胞腫の早期発見には、特徴的な症状を知ることが重要です。
白色瞳孔
正常な瞳孔は黒く見えるものですが、網膜芽細胞腫がある場合、瞳孔に入った光が奥にある腫瘍で反射して、白く見えることがあります。これは白色瞳孔または猫目現象と呼ばれていて、早期発見のために重要な症状となります。
実際に、子どもの目の異常に親が気づき、医療機関を受診するケースは少なくありません。統計上、最もよく見られる初発症状は白色瞳孔です。
斜視
斜視は、2つの眼球が別の方向を向いてしまう症状です。本来、物を見るときは両目とも同じ方向を向いています。しかし、網膜芽細胞腫を発症して片目の視力が低下すると、両目で物に視点を合わせることが難しくなります。その結果、片方の目が内側や外側に向く斜視が見られることがあります。
眼球突出
網膜芽細胞腫が進行すると、腫瘍が大きくなり、眼球の後ろに圧力がかかることで、眼球が前方に押し出される「眼球突出」が見られることがあります。腫瘍が眼球内でスペースを占拠するため、正常な位置を保てなくなるためです。
眼球突出は、見た目にも明らかな変化をともなうことが多く、家族が異変に気付きやすい症状のひとつです。
網膜芽細胞腫の検査・診断
網膜芽細胞腫の診断では、主に眼底検査が行われ、必要に応じて画像検査、髄液検査や骨髄検査、遺伝子検査を行うこともあります。
眼底検査
眼底検査は、眼科医が網膜や視神経の状態を確認するための検査です。眼底鏡という機器を使って、網膜に腫瘍があるかどうかを直接目で見て確認します。
腫瘍がある場合、眼底に白い斑点や異常な反射が見られることがあります。眼底検査は比較的簡単な検査で、網膜芽細胞腫の初期発見に役立ちます。異常が見つかった場合には、さらに詳しい検査が必要とされます。
画像検査
CTやMRIは、目の周りや頭部の詳しい状態を確認するための画像検査です。特に、腫瘍が目の外に広がっている場合や、眼球の突出が見られる場合には、MRIを使って腫瘍の広がりを確認します。これにより、腫瘍が目だけでなく他の部位に影響を及ぼしているかどうかがわかります。
他にも、まぶたの上から超音波を当てて、腫瘍の位置や大きさを画像で確認する場合もあります。体に負担をかけずに目の中の状態を調べられるため、安全で有効な方法です。
また、PET検査やシンチグラフィーといった検査も行われることもあります。これらの検査は、腫瘍が他の臓器に転移しているかを調べるために行われ、全身の状態を確認するために役立ちます。網膜芽細胞腫が目以外の部位に広がっているかを調べることで、より広範な治療が必要かどうかが判断されます。
遺伝子検査
網膜芽細胞腫が遺伝性の可能性がある場合には、RB1遺伝子に異常がないかを調べる遺伝子検査が行われます。家族に同じ病気の方がいる場合や、遺伝性の疑いがある場合には、早期の診断と治療のために遺伝子検査が推奨されることもあります。
また、出生前または出生直後に検査を行うことで、早期の対応が可能となり、治療の選択肢も広がります。
網膜芽細胞腫の治療
網膜芽細胞腫の治療は、腫瘍の大きさや進行状況、片目か両目かによって、適切な方法が選択されます。
網膜芽細胞腫では、視力への影響や見た目を考慮して、眼球を摘出するかどうかの判断を慎重に行う必要があります。腫瘍が眼球外に広がっている場合は、眼球の摘出が第一選択肢となりますが、腫瘍が眼球内にとどまっている場合は、できるだけ眼球を温存する治療法が検討されます。
放射線療法
腫瘍が目の中にとどまっていて、比較的小さい場合には、腫瘍を縮小したり破壊したりすることを目的に放射線療法が検討されます。この治療法では、放射線を腫瘍に直接照射し、がん細胞を攻撃します。
しかし、乳幼児に対して放射線療法ができる医療機関は限られているため、治療を受けられる病院が少ないのが現状です。
レーザー治療や凍結療法
小さな腫瘍に対しては、レーザー治療や凍結療法が行われる場合もあります。レーザー治療ではレーザー光を使って腫瘍を焼き、凍結療法では低温で腫瘍を凍らせて破壊します。
化学療法
化学療法では、抗がん剤を全身に投与して腫瘍を小さくします。腫瘍が大きい場合や、複数の腫瘍が存在する場合、または他の治療法と組み合わせて行われることが多いです。化学療法は、腫瘍が再発した場合にも使用され、腫瘍の成長を抑える役割を果たします。
眼球摘出
腫瘍が非常に大きい場合や視力が失われている場合、または命を脅かすほど進行している場合には、眼球を摘出する手術が行われることがあります。
眼球摘出は、腫瘍が他の部位に転移するリスクを減らすために行われます。摘出後は外見上の配慮から義眼を使用します。
網膜芽細胞腫になりやすい人・予防の方法
網膜芽細胞腫は主に幼い子どもに発症する病気で、家族に同じ病気の人がいる場合は発症リスクが高まります。遺伝の影響があるため、予防は難しいですが、家族にこの病気の人がいる場合には、早い段階で発見することが重要です。
子どもが生まれてからすぐに眼科での定期検診を受けると、腫瘍を小さいうちに見つけることができます。
また、両眼性網膜芽細胞腫の発症に関わるRB1遺伝子に異常があるとわかっている場合は、専門医と相談しながら、定期的に目の状態をチェックすることが重要です。