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未熟児網膜症
佐伯 信一朗

監修医師
佐伯 信一朗(医師)

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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。

未熟児網膜症の概要

未熟児網膜症(Retinopathy of Prematurity, 未熟児網膜症)は、早産児における網膜血管の発達障害によって引き起こされる疾患です。適切な治療が行われない場合、重度の視力障害や失明に至る可能性があります。未熟児網膜症は1942年にT.L. Terryによって報告され、保育器の使用が増えたこととともに発症率が増加したと考えられています。網膜の血管形成は胎生期に進行し、通常は妊娠40週頃までに完了します。しかし、早産により子宮外環境へ適応しなければならなくなると、網膜血管の発達に必要な成長因子が不足し、異常血管の増殖が生じることがあります。この異常血管が進行すると硝子体内で線維化し、網膜剥離を引き起こすことがあり、失明のリスクを高めます。

未熟児網膜症の原因

未熟児網膜症の発症には、網膜血管の成長を調節する因子の変化が関与しています。胎内では低酸素環境に適応しながら血管新生が進行しますが、早産によって肺呼吸が始まると、酸素供給が急激に増加し、網膜血管の成長を促す血管内皮増殖因子(VEGF)の産生が低下します。この結果、血管の発達が阻害される第一段階が生じます。その後、網膜の虚血が進行するとVEGFが過剰に分泌され、異常血管が増殖し、未熟児網膜症が発症する第二段階に至ります。
未熟児網膜症の発症リスクには、多くの因子が関与しています。特に、出生体重1,500g未満または在胎週数32週未満の早産児は高リスク群とされており、酸素療法の管理が未熟児網膜症発症や重症化に大きな影響を与えます。また、低出生体重、全身状態の不安定さ、感染症、栄養状態の不良なども未熟児網膜症の発症に関与していると考えられています。

未熟児網膜症の前兆や初期症状について

未熟児網膜症の初期段階では、自覚症状はほとんどなく、視覚異常が現れるのは進行した段階です。眼底検査によって網膜血管の発達異常や新生血管の増殖が確認されることが主な診断の手がかりとなります。未熟児網膜症が進行すると、異常血管が網膜内に増殖し、最終的に硝子体内へ浸潤することで線維化が起こります。この状態が続くと、網膜が引っ張られて網膜剥離が発生し、視力低下や失明につながることがあります。未熟児網膜症の早期発見が重要なのは、このような重篤な合併症を防ぐためです。

未熟児網膜症の検査・診断

未熟児網膜症の診断には、網膜の発達状態を詳細に観察するための眼底検査が用いられます。出生体重が1,500g未満または在胎週数が32週未満の新生児は特にスクリーニングの対象となります。検査は通常、生後4~6週間頃に開始され、その後定期的に評価が行われます。未熟児網膜症の重症度は「国際未熟児網膜症分類」に基づいて分類されます。ステージ1からステージ5に分けられ、ステージ1および2は軽度で自然回復することが多いですが、ステージ3以上では治療が必要となる可能性が高くなります。特に、網膜血管の異常が広範囲にわたる「閾値未熟児網膜症」と診断された場合には、早急な治療が求められます。

未熟児網膜症の治療

未熟児網膜症の治療は、疾患の進行度によって異なります。軽度の未熟児網膜症では自然に改善することが多いため、経過観察が基本となります。しかし、重症例では積極的な治療が必要となります。治療の第一選択としてレーザー光凝固療法が行われます。これは、異常血管の増殖を抑えるために、無血管領域にレーザーを照射し、網膜の虚血を軽減する方法であり、未熟児網膜症治療の標準治療として広く用いられています。また、抗VEGF療法も選択肢の一つとなります。この治療法は、2019年に日本で保険適応となり、VEGFの過剰な分泌を抑制する薬剤(ラニビズマブやアフリベルセプト)を硝子体内に注射する方法です。レーザー光凝固と比較して、網膜の正常な発達を温存できる可能性がありますが、長期的な影響についてはさらなる研究が求められています。さらに、重度の網膜剥離が生じた場合には、硝子体手術が必要となることがあります。ただし、手術を行っても視力の回復が困難な場合もあり、早期治療の重要性が強調されています。

未熟児網膜症になりやすい人・予防の方法

未熟児網膜症は主に早産児に発生するため、妊娠の適切な管理が発症予防に重要です。特に、早産のリスクを低減するために、妊婦の健康管理を徹底することが推奨されます。適切な栄養管理や妊娠中の感染症予防、禁煙・禁酒、ストレス管理などが重要な予防策として挙げられます。出生後の未熟児網膜症予防策としては、適切な酸素管理が最も重要とされています。酸素濃度の管理を厳密に行うことで、未熟児網膜症の発症率を低下させることが可能です。また、早産児の栄養管理も重要であり、母乳栄養が推奨される理由の一つとして、DHAやEPAといった成長に必要な脂肪酸が含まれていることが挙げられます。

関連する病気

  • 低出生体重児
  • 早産
  • 周産期低酸素症
  • 高濃度酸素療法
  • 挿管人工呼吸
  • 気管支肺異形成
  • 血小板減少症
  • 低血糖
  • ビタミンE欠乏

参考文献

  • Quinn GE. Retinopathy of prematurity blindness worldwide: phenotypes in the third epidemic. Eye and Brain. 2016;8:31-36.
  • Gilbert C, Fielder A, Gordillo L, et al. Characteristics of infants with severe retinopathy of prematurity in countries with low, moderate, and high levels of development: implications for screening programs. Pediatrics. 2005;115:e518-e525.
  • Blencowe H, Lawn JE, Vazquez T, et al. Preterm-associated visual impairment and estimates of retinopathy of prematurity at regional and global levels for 2010. Pediatr Res. 2013;74(Suppl 1):35-49.
  • Darlow BA, Lui K, Kusuda S, et al. International variations and trends in the treatment for retinopathy of prematurity. Br J Ophthalmol. 2017;101:1399-1404.

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