監修医師:
大坂 貴史(医師)
甲状腺疾患の概要
甲状腺は首の前にある小さな臓器で、体の代謝やエネルギー調整を行うホルモンを分泌します。甲状腺疾患は甲状腺に生じる病気のことで、甲状腺ホルモンの分泌が過剰になる「甲状腺機能亢進症」、逆に不足する「甲状腺機能低下症」、また甲状腺に炎症が起きる「甲状腺炎」や、腫瘍ができる「甲状腺腫」「甲状腺癌」などがあります (参考文献 1) 。
甲状腺疾患の原因
甲状腺疾患の主な原因は、自己免疫の異常や遺伝的な要因、そしてヨウ素の摂取量のバランスが崩れることなどです。自己免疫の異常では、体の免疫システムが誤って甲状腺を攻撃し、機能に影響を与えます。これが「バセドウ病」や「橋本病」の原因です。バセドウ病では、甲状腺刺激ホルモン (TSH) 受容体抗体 (甲状腺刺激免疫グロブリンとも呼ばれます) が産生されることにより TSH 受容体が刺激され、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されます (参考文献 2) 。一方、橋本病では自己抗体により甲状腺が破壊され、ホルモン分泌が不足します (参考文献 1) 。
また、遺伝的な要素も関係しており、特定の遺伝子型を持つ人は甲状腺機能低下症になりやすいことが知られています。さらに、ヨウ素は甲状腺ホルモンを作るために必要な成分ですが、過剰または不足すると甲状腺の機能に影響を及ぼすことがあります。ヨウ素の過剰な摂取は橋本病のリスクを高めます。一方で、ヨウ素の摂取不足でも甲状腺機能低下症を引き起こすことがあります。また、ヨウ素の摂取不足では単純性甲状腺腫 (甲状腺ホルモンの分泌は保たれるが甲状腺が腫れる病気) を起こすこともあります。その他、放射線被ばくなども甲状腺機能低下症や甲状腺癌の発症に関わるとされています (参考文献 1) 。
甲状腺疾患の前兆や初期症状について
バセドウ病などの甲状腺機能亢進症では甲状腺機能が過剰になるため、頻脈や手の震え、発汗が増える、体重が急に減少するといった症状が見られます。疲れやすくなり、不安感が強くなったり下痢などを起こしたりすることもあります。中でもバセドウ病では、甲状腺の腫れ、動悸、目が飛び出すように見える「眼球突出」といった特徴的な症状が見られることが多いです。
一方、橋本病などの甲状腺機能低下症では甲状腺ホルモンが不足するため、疲れやすさやだるさ、寒がり、体重増加、記憶力の低下、便秘などといった症状がみられます。また、皮膚が乾燥したり、唇や舌がむくんだりすることもあります。橋本病の場合は甲状腺が硬く腫れることもあります。特に高齢者の場合、これらの症状は認知症やうつ傾向として見つかることも少なくないため注意が必要です。
また、乳幼児では成長不良や黄疸から先天的な甲状腺機能低下症が見つかることもあります (参考文献 1) 。
甲状腺疾患の検査・診断
甲状腺疾患の検査と診断は、血液検査や画像検査、遺伝子検査を通じて行われます。まず、血液検査で甲状腺ホルモン (T3, T4) と、それを調整するホルモンである甲状腺刺激ホルモン (TSH) のレベルを測定します。甲状腺機能亢進症では T3 や T4 が高く、 TSH が低い結果になることが多く、逆に橋本病などの甲状腺機能低下症では T3 や T4 が低く、 TSH が高くなります。ただし、T3, T4 は甲状腺の病気であっても基準値の範囲内で収まることもあります。
さらに、甲状腺の抗体検査を行い、バセドウ病や橋本病といった自己免疫性疾患の有無を確認します。バセドウ病では 抗TSH受容体抗体 (TRAb) および TSH受容体刺激抗体 (TSAb) が陽性になります。無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎でも陽性になることがあります。一方、橋本病では抗サイログロブリン抗体 (TgAb) または抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体 (TPOAb) が陽性になることが多いです。バセドウ病でも陽性になることがありますが、だからといってバセドウ病であるとは言えないため注意が必要です。
そして、甲状腺の大きさや形、結節 (しこり) の有無、血管分布などを調べるために、超音波検査 (エコー) が用いられます。バセドウ病では血流が豊富で、無痛性甲状腺炎では血流が少なくなることが多いです。
また、先天的な甲状腺機能低下症が疑われた場合は遺伝子検査が行われることもあります (参考文献1) 。
甲状腺疾患の治療
甲状腺機能亢進症の中でもバセドウ病の場合、治療法としては抗甲状腺薬による薬物療法、放射性ヨード内用療法、手術による外科治療があります。抗甲状腺薬は甲状腺ホルモンの過剰な分泌を抑える治療法で、日本では 約9割 の患者さんが最初に抗甲状腺薬による治療を受けています (参考文献 4) 。放射性ヨード内用療法では、甲状腺癌がヨードを取り込む性質を有することがあるのを利用し、I-131と呼ばれる放射線を放出するヨードのカプセルを内服することで施行する放射線治療です。中高年の患者さんで、抗甲状腺薬による治療では副作用が出たり効果が十分でなかったりした場合や、手術後に再発してしまった場合に選択されることの多い治療法です (参考文献 5) 。そして、若年の患者さんで抗甲状腺薬による治療で副作用が出たり効果が十分でなかったりした場合に、手術で甲状腺の一部または全体を摘出することもあります (参考文献 4) 。
一方、甲状腺機能低下症の中でも橋本病では、ホルモン分泌が不足しているため、合成された甲状腺ホルモンを薬として補充します。そして、 TSH の血中濃度が基準範囲内に収まるように調整します。この治療は通常、長期的に続ける必要があります (参考文献 1) 。
また、甲状腺に結節や腫瘍がある場合には、がんの疑いがあれば手術での摘出が検討されます。遠隔転移している場合は甲状腺摘出の他に放射性ヨード内用療法を行ったり、癌の種類によっては分子標的薬による治療を行うこともあります (参考文献 1) 。
甲状腺疾患になりやすい人・予防の方法
甲状腺疾患は女性に多く見られ、男性に比べて甲状腺機能亢進症は 約5倍 、甲状腺機能低下症は 約5~8倍 かかりやすいです。バセドウ病は比較的若年の女性に多く、一方で中毒性結節性甲状腺腫は高齢の女性に多くみられます (参考文献 2,3) 。
参考文献
- 1.南学正臣 et al.「内科学書 5 改訂第9版」(中山書店、2019年)69-103ページ
- 2.UpToDate, “Disorders that cause hyperthyroidism”
- 3.UpToDate, “Disorders that cause hypothyroidism”
- 4.矢崎, 義雄/赤司, 浩一/渥美, 達也(編)「内科學 第11版」(朝倉書店、2017年)
- 5.東京大学医学部附属病院放射線科放射線治療部門「I-131内用療法」