

監修医師:
井林雄太(井林眼科・内科クリニック/福岡ハートネット病院)
目次 -INDEX-
肉芽腫性口唇炎の概要
肉芽腫性口唇炎は、口唇の持続的な腫脹を特徴とする慢性の炎症性疾患であり、寛解と悪化を繰り返すことが多い病気です。
肉芽腫性口唇炎の原因
肉芽腫性口唇炎の原因として、いくつかの要因が考えられていますが、明確に特定されていない場合も多いです。
1. 歯の病気や感染
むし歯、歯周炎、根の先に生じる病巣など、歯に関連する感染が原因になることがあります。特に自覚症状のない歯周炎や根の先の病巣が関与することが多く、細菌による刺激で口唇に腫れが生じる可能性があります。
2. アレルギー
食べ物、歯磨き粉やうがい薬、金属製の歯科材料などに対するアレルギーが関与する場合があります。アトピー性皮膚炎や喘息などのアレルギー体質を持つ人に発症しやすいという報告もあります。
3. 遺伝的な要因
Melkersson-Rosenthal症候群という遺伝的疾患との関連が指摘されています。この疾患では、口唇の腫れ、顔面神経麻痺、舌のひだ状の変化が特徴的です。
4. Crohn病
消化器疾患であるCrohn病との関連性が報告されており、特に子どもにおいては、Crohn病の一部として肉芽腫性口唇炎が現れる場合があります。
5. その他の要因
自律神経の異常による血流障害や、特定の細菌(Mycobacterium paratuberculosis)との関連性も示唆されていますが、はっきりした証拠はまだありません。
肉芽腫性口唇炎の前兆や初期症状について
前兆として考えられる症状
口唇の違和感や刺激感
塩分の多い食べ物を摂取した後に、口唇に軽い刺激を覚えることがあります。
口唇の腫れ
口唇が突然腫れ、短期間で消えることがありますが、再発を繰り返すうちに腫れが持続することもあります。
口唇周囲の赤み(紅斑)
腫れた部分の周囲が赤くなることがあり、顎や頬に広がる場合もあります。
硬結(かたまり)
腫れた部分に硬いしこりが触れることがあります。
その他の症状
稀に、顔の一部が動かしにくくなる顔面神経麻痺や、舌にひだ状の変化が現れることがあります。これらの症状が同時に起こる場合、メルカーソン・ローゼンタール症候群(MRS)という病気の可能性が考えられます。
初期症状
持続的な口唇の腫れ
腫れは口唇全体または一部に現れ、再発を繰り返すことがあります。
無痛性の腫れ
痛みを伴わないことが多いですが、まれに押すと痛む場合もあります。
片側または両側の腫れ
腫れは片側だけに現れる場合もあれば、両側に広がることもあります。
発赤を伴う腫れ
腫れた部分が赤くなることがあります。
口唇周囲の赤みや腫れ
口唇の周囲に赤みが広がる場合があります。
消化器症状
腫れと同時に下痢などの消化器症状が現れることがあり、特に炎症性腸疾患(Crohn病)との関連が疑われる場合があります。
その他の症状
顔面神経麻痺や舌の異常が見られる場合もありますが、これらは時間の経過とともに現れることが多いです。
これらの症状が現れた際は皮膚科を受診しましょう。
肉芽腫性口唇炎の検査・診断
肉芽腫性口唇炎は、主に口唇の腫れを特徴とする病気です。正確な診断を行うためには、以下の検査や診断手順が重要です。
臨床検査
血液検査
一般的な血液検査では異常が見られないことが多いですが、炎症の有無を確認するためにCRPを測定することがあります。
アレルギー検査
金属パッチテスト
金属アレルギーが疑われる場合に実施し、アレルギー原因物質を特定します。ただし、陽性であっても必ずしも症状改善に直結するわけではありません。
特異的IgE検査
食物アレルギーの可能性を調べますが、陰性の場合もあります。
その他の検査
ACE(アンジオテンシン変換酵素)やリゾチーム
サルコイドーシスとの鑑別のために測定することがありますが、特異的ではありません。
オルソパントモグラフィー(歯のX線撮影)
歯性病巣感染(歯歯や根尖病巣)が疑われる場合に実施します。
胸部CT検査
サルコイドーシスとの鑑別のために行いますが、異常がないことが多いです。
病理組織学的検査
皮膚生検
診断確定のため、口唇の病変部から組織を採取して顕微鏡で調べます。
組織所見
- 非乾酪性類上皮細胞肉芽腫(特徴的な所見)
- リンパ球や形質細胞の浸潤
初期病変では真皮の浮腫と血管拡張、慢性化すると線維化が見られることがあります。
鑑別診断
以下の疾患との区別が必要です。
- 開口部形質細胞症: 主に口唇や歯肉に紅斑やびらんを伴います。
- Crohn病: 腹痛や下痢などの消化器症状を伴う場合があります。
- サルコイドーシス: 胸部CTで肺門部リンパ節の腫れを確認します。
- 血管神経性浮腫: 家族歴やC4値の低下を確認します。
その他、接触皮膚炎や固定薬疹も考慮します。
診断の進め方
- 問診
症状の経過、アレルギー歴、既往歴、消化器症状の有無を確認します。 - 視診
口唇の腫れ、紅斑、硬結を観察します。齲歯や金属製の歯科修復物の有無も確認します。 - 臨床検査
必要に応じて血液検査、アレルギー検査、画像検査を行います。 - 病理組織学的検査
皮膚生検により、病理組織所見を確認します。 - 歯科的検査
歯性病巣感染が疑われる場合は歯科口腔外科で検査を行います。 - 消化器内科への紹介
消化器症状がある場合、Crohn病の可能性を考慮し、専門医に相談します。
重要なポイント
歯性病巣感染の確認は不可欠です。必要に応じて歯科医と連携しましょう。
消化器症状がある場合は、炎症性腸疾患(特にCrohn病)の検査が必要です。
早期診断と治療が重要です。腫れや紅斑などの初期症状を見逃さず、適切な診断を受けることが推奨されます。
これらの検査と診断手順を基に、肉芽腫性口唇炎の正確な診断と治療を行うことが重要です。
肉芽腫性口唇炎の治療
肉芽腫性口唇炎は、さまざまな原因が関与する病気であり、治療の基本方針として原因の特定と除去が重要です。
治療の基本方針
原因の特定と除去
歯性病巣感染(虫歯や歯周炎など)が原因の場合、歯科治療が優先されます。
食物アレルギーや金属アレルギーが疑われる場合は、原因物質を避けることを試みます。
消化器症状がある場合は、炎症性腸疾患(特にCrohn病)の可能性を考慮し、消化器内科での精査を行います。
薬物療法
外用薬
ステロイド軟膏
炎症を抑える効果がありますが、効果は限定的な場合があります。口唇の特性を考慮し、弱めの薬を使用します。
タクロリムス軟膏
ステロイドが効かない場合に使用されることがあります。
内服薬
抗アレルギー薬(トラニラスト)
アレルギーの疑いがある場合に用いられます。口唇の腫れを和らげる効果が期待されます。
ステロイド内服薬
他の治療法が効かない場合に使用されますが、副作用に注意が必要です。
抗菌薬
歯性病巣感染が疑われる場合に使用します。
注射薬
ステロイド局所注射
病変部に直接注射することで高い効果が期待されます。
その他の治療薬
インフリキシマブ
Crohn病が関連している場合に使用される薬です。
ジアフェニルスルホン(DDS)
難治例に対してステロイドと併用することがあります。
治療の実際
歯科治療
虫歯や歯周炎が見つかった場合、治療を行うことで口唇の症状が改善することがあります。根管治療が必要になることもあります。
金属アレルギーの治療
パッチテストで陽性反応が出た場合は、該当する金属を取り除くことを検討します。
複数の治療法の併用
難治性の場合、薬物療法を複数組み合わせることで効果が期待されます。
肉芽腫性口唇炎になりやすい人・予防の方法
肉芽腫性口唇炎になりやすい人
肉芽腫性口唇炎は、以下のような特徴を持つ人に発症しやすいと考えられています。
- アトピー素因がある人
- アレルギー体質の人
- 遺伝的素因がある人
- 口腔内の感染がある人
- 消化器系疾患がある人
- 若年者から中高年の人
肉芽腫性口唇炎の予防法
肉芽腫性口唇炎を完全に予防する方法は確立されていませんが、以下の点を心がけることで発症リスクを減らす可能性があります。
口腔内環境を整える
- 定期的に歯科検診を受け、虫歯や歯周病を早期に治療する。
- 丁寧な歯磨きで、口腔内の細菌を減らす。
- 必要に応じて歯周病専門医の診断や治療を受ける。
アレルギー対策
- 食物アレルギーや金属アレルギーが疑われる場合は、アレルギー検査を受ける。
- 検査で判明したアレルゲンを避ける。ただし、金属除去が症状改善に必ずしもつながらない場合もあるため、慎重に行う。
消化器系の健康を管理する
- 下痢などの消化器症状がある場合は、速やかに医療機関を受診する。
- バランスの取れた食事を心がけ、消化器の健康を保つ。
生活習慣を整える
- ストレスを軽減し、免疫力低下を防ぐ。
- 十分な睡眠をとり、体調を整える。
早期発見・早期治療
- 口唇に腫れや違和感を感じた場合、早めに皮膚科や歯科口腔外科を受診する。
- 症状が長引いたり悪化したりした場合は、専門医に相談する。
自己判断を避ける
市販薬の使用や症状の放置は避け、必ず医師の診断を受けることが重要です。
参考文献
- 阿達直子ほか:臨皮,49:901—903,1995
- 千葉万智子ほか:日皮会誌,99:883—889,1989




